第11話 お嬢様、これはあなたの命です。

「さて、どうしたものか」


 灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした、変態執事デセオ・バーリッシュは、主であるピノ・アリーレンを見つめた。


「うーん、これは? 荷物になるかー。じゃあ、こっちは?」


「…………」


 そして、またしても口元と股間を押さえた。


(真剣に悩まれるあまりお尻を突き出してしまっている! 愛らしいお尻が俺を見ている! いつまでも見ていたいし、できることならそのお尻に顔を突っ込みたい!)


 真顔且つ頬を紅潮させ、デセオはピノの尻を凝視していた。


(だが、俺は専属執事。お嬢様が困っているのに黙って見ているわけにはいかない)


 口元と股間から手を離すと、デセオは執事の紳士的な顔になった。彼の言う今は股間にあるという、執事スイッチが入ったのだろう。


「お嬢様」


 そっとピノの背後に近づくと、顔を覗かせた。


「持っていくのは、ランジェリーだけでよろしいかと。服などは道中で買えばよろしゅうございます」


「そっ、か。そうだねっ」


 デセオにアドバイスをもらったピノは、安堵の笑みを浮かべた。


「私がお嬢様に似合う洋服をお選び致します」


 デセオが胸に手を当て、傅こうとしたら、


「それはダメです!」


 ピノは慌てたように後ろ手でアンティーク調のタンスの引き出しを閉めた。


「何故でございましょう」


 デセオは、胸に手を当てたまま顔を上げた。


「だって、デセオさん……、露出の高い服ばかり選ぶじゃないですか!」


「それの何がいけないのですか!」


 デセオは胸から手を離すと、声を上げた。


「そのお可愛らしいぽよぽよとした二の腕! 御御足おみあし! 隠す方が二の腕様と御御足おみあし様に失礼でございますよ!」


「に、二の腕様……? お、御御足おみあし様……?」


 さすがにピノも引いたようだ。


「しかも! お色は黒ばかり! 本当は今っ、着ていらっしゃるような! 可愛らしい淡いピンクとかが好きなのに! そしてお似合いなのに!」


「だって……、少しでも引き締まって見えるようにしたいから……」


「それもこれも!」


 デセオが右手で頭を押さえ、天を仰ぐと、


「貧民執事!」


「テメェのせいだ!」


「ひぃっ!」


 タイミング悪く入ってきた、焦茶髪のリーゼント頭に口髭を蓄えた、ピノの父親カパル・アリーレンは、天を仰いだ格好のままのデセオに睨まれ、怯えた。


「旦那様……、邪魔しないでいただけますか? 今、いかにお嬢様の体型が素晴らしいかをご理解していただくため、お話中ですので」


「そ、そんなことよりな!」


「そんなこと?」


「ひぃっ!」


 ギロリと、飢えた野生動物のように、かつての暗殺者アサシンのような目で睨まれ、カパルはたじろいだ。


「お嬢様のお可愛らしさを伝えることは、世の中で最も尊い事なのに、そんなこと? ……はぁ、まぁいいです。一分以内に、済ましてくださいませ」


 デセオは、深く悩ましげ且つ呆れたようなため息を吐いた。


「食器棚にあったティーセットはどうした!」


「ああ、それなら、こちらに」


 デセオは胸から白いハンカーチーフを取り出し、自分の左手に被せ、ふわりと取ると、


「ございますが」


 濃い落ち着いたモノトーン陶器のソーサー付きティーカップと、ティーポット、プレートセットが現れた。

 一番下のプレートは黒と灰色、地味すぎない色で、サラダやスコーンなどを載せるとよく映える。

 その上のソーサーは、プレートより一回り小さく、白地に濃い灰色で薔薇が描かれている。

 一番下のティーカップは、少し小さめの黒と白。こちらもシンプルすぎず派手すぎない色合いと、小さめのサイズが可愛らしい。


「それだぁ! まさか持っていく気じゃないだろうな!」


「持っていきますが、それが何か」


「何だと!」


「まぁ、おもてなしというのは、高級な食器、茶葉を使えばいいというものではございません。その方を大切に思う心で、一味も二味も美味しくなるのでございます」


「そ、そうだろう! じゃあ——」


「ですが」


 デセオはティーセットを自分の目線の高さまで上げ、愛おしそうに見つめた。


「これは、就職祝いにと、お嬢様がわたくしにくださったもの。それに何より、これを持っている時のわたくしは、絵になるとお嬢様は褒めてくださる。よって、わたくしと共にあるべきものでございます」


 デセオは左手にティーセットを載せたまま、右手は胸に手を当て、食器は落とさない絶妙なバランスで傅いた。


「そっ、それを使うと他の執事でも美味く感じるんだ! 寄越せ!」


「——やっぱり他の奴らが使っていやがったのか」


「ひょわっち!」


 突然の執事スイッチオフによる、ドスの効いたデセオの声に、カパルは奇声を上げた。


「俺は傷を付けないように優しく丁寧に、それはもうお嬢様と接するように扱っていたのに、気がつくと細かい傷が増えていた。……へぇー、やっぱりな」


「そ、そんなもんはまた買えばいいだろう!」


「何もわかっちゃいねぇな、カスル」


「お前またっ……」


「同じ物じゃ意味がねぇんだよ。就職祝いにくださった物だから大切なんだ。このピアスだってそうだ」


 デセオは体勢を戻すと、右人差し指で銀のラウンドピアスをトントンと指した。


「これは、俺がお嬢様にお仕えして初めての誕生日にくださった物。だから意味がある、ずっとしている、いくらお嬢様が同じ物をくださると言ってもいらねぇ」


 いつの間にか胸ポケットに入っていたハンカーチーフを取り出すと、ティーセットに被せ、消した。そして、またハンカーチーフを胸ポケットに仕舞った。


「富裕層のテメェにゃわからねぇだろうよ。金で何でも買えるテメェには。欲しいものも買えず、飲食物さえ手に入れる事ができない、貧民の俺の気持ちなんざ」


 デセオは、悲しげに苛立ったように嘲笑した。


の贈り物がどんなに嬉しいか、なんてよ」


 そして、ふっと寂しげに笑うと、真っ直ぐにカパルを見据えた。


「だから、このティーセット、何よりこのピアスは、お嬢様の命そのものだ。俺は常にお嬢様の命を身につけている。そう思い、気を引き締め、ピノお嬢様にお仕えしている」


「デセオさん……」


 デセオの後ろでピノは瞳を潤ませ、小さく感嘆の声を漏らした。


「ティーセットは渡さねぇし、ピアスは執事として異端だと言われようが外さねぇ。これは、お嬢様の、命だ」


「ぐぬっ……」


 真摯しんしな言葉に、カパルはまたしてもぐうの音も出なかった。

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