第10話 お嬢様、あなたは生きる媚薬です。

「ふぅ……」


 灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした異端執事、デセオ・バーリッシュは、仕えている令嬢、ピノ・アリーレンの部屋に戻ってきた。

 そして、深呼吸を一つ。


「すーはー……」


 ゆっくりと目を閉じた。


(この部屋ともお別れか……。俺はこの部屋が好きだ。木製のアンティークで揃えられた、シンプルだけどお洒落な家具。そこにお嬢様の優しさ溢れる、アイボリーやベージュなどでまとめられたクッションたち。そして、ラタンやウッドチップなどの籠と、さり気なく自然を取り入れている。これぞまさに!)


 デセオは、目をかっ開いた。


(ザ・お嬢様の部屋! 控えめな可愛さがたまらない! あっちを見てもお嬢様! こっちを見てもお嬢様! ここに来ればお嬢様のあの柔らかいこと間違いないお体に包まれているようで! 俺はずっと夢見心地だった! それに何より!)


 今度は真顔になり、深呼吸をまた一つ、


「すー、はー……。……ああっ」


 したかと思ったら、口元と股間を押さえた。


(お嬢様は強い匂いを好まない。なのに、お淑やかで優しい甘い香りがこの部屋に充満している! 香水ではないなら何だ! 媚薬か!? 媚薬入りの香水か!? 俺は生きる手引書マニュアルだが、お嬢様は生きる媚薬だったんだ! そうに違いない! そうでなければ、こんなに毎日! 興奮するはずがない!)


 変態妄想、この間、僅か三十秒。最早、神技である。


 そして、この間も、純真無垢、且つ真面目なピノは、


「旅なんて初めてするから何を持っていけばいいかわからないよー……。でも、なるべく身軽で行くべきだよねっ」


 アンティーク調のタンスの引き出しを開け、必死に荷造りをしていたのだった。

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