第9話 お嬢様、あなたはとても愛らしい。
「……お嬢様?」
「え? あ、何?」
「手と足が同時に出ておりますよ」
「えぇっ!? わ!?」
ピンクのパフドレスを着た、肩までのウェーブがかった焦茶の髪に、茶色の大きく可愛らしい瞳の、ピノ・アリーレンは、自分の手足を見てさらに驚いた。
「とてもお可愛らしかったので、ずっと黙っていようと思いましたが、それは専属執事としていかがなものかと思い、ご指摘をさせていただきました」
「うぅー……、もっと早く言ってくださいよー」
ピノの顔がじわじわと赤く染まっていく。
「もしかして、緊張されていますか?」
「それはそうだよー……、だって、性的な目で見ているって……」
「減滅、されましたか……?」
灰色の短髪に銀のラウンドピアスをしたデセオ・バーリッシュはわざとらしく眉を下げ、塩らしい声を出した。それを見てピノは勢いよく首を横に振った。
「幻滅なんかしません。だって、それって……、女性として好ましく思ってくれている、ってことですよね?」
「左様でございます」
「そんなこと言ってくれる男の人はいなかったから……、どうしたらいいかわからなくて、緊張しているけれど……。うん、嬉しいです」
ピノは、恋する乙女のように、頬を淡く紅潮させた。
「うっ……」
デセオは一瞬、股間を押さえかけたが、止まった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫でございます」
デセオは微笑みつつ、手を伸ばし“執事スイッチ”とやらを押した。
「それはな、ただ世の中のクソヤロー共が見る目がないだけでございます。ま、俺としては敵がいなくてありがたいですがね」
「敵?」
「恋敵でございますよ」
「恋っ……」
ピノの顔がさらに真っ赤になった。
「ふふふ」
「……デセオさん」
「はい」
「からかって、楽しんでますよね?」
「おや、バレてしまいましたか。申し訳ございません。お嬢様の反応がお可愛らしくて、つい」
「むー……。それに、スイッチをオフにしても、私と話す時はあまり変わりませんよね?」
「そうですね。専属執事ですので、どうしても畏まってしまいますね」
「…………」
黙ってしまったピノを見て、デセオは口を手で押さえ、何か考え込んだ。少しして、口から手を離すと、人の悪い笑みを浮かべた。
「俺としてはまぁ、こっちの方がありがたいが」
「——」
カパルに話すように話しかけられ、ピノは体をピンッと硬直させた。
「この喋り方にすると、今みたいに体を硬くするだろ?」
そして、顔を近づけ、わざと耳の近くで囁いた。
「——デセオさん!」
「はい」
「スイッチずっとオンにしてそのまま封印してください!」
「封印、か。じゃあ」
デセオは燕尾服に手をかけ、脱ごうとした。
「わわっ! 何で脱ごうとしているんですか!」
「え? スイッチをオンのまま封印したいんだよな? じゃあ直に肌に触れて押し込まないと、封印できないぜ?」
「——……」
ピノは目を丸くし、顔を真っ赤にすると、頬を膨らませた。頬を萎めると、「うーん、うーん」と、唸り出した。
(悩んでらっしゃる悩んでらっしゃる、そのお顔も愛らしい! さっきの頬を膨らませたお顔など世界で最初に生まれた人間が食べたと言われている、あの禁断の果実のようだ! ……いや、あながち俺は間違っていない。ピノお嬢様という禁断の果実を食べれる日を、心待ちにしているのだから!)
変態執事デセオの最終目標は、ピノと男女の営みをする事である。
「うー……、わかりました! これからはオフにすることを禁じます! 特に二人きりの時は!」
「二人きりの時がより面白いんだが、まぁそれが望みなら。あ、ちなみに」
「はい?」
「このように自動スイッチもございまして、これは
デセオは胸に手を当てると、ゆっくり傅いた。
「そっ、それはダメです! それだけは封印しましょう!」
「よいのですか? この自動スイッチ、気分屋でじっとしていない動くスイッチなのです。ですので今は、
「こかっ……」
もちろん、そんなスイッチはない。
だが、ピノは純真無垢、したがってとても信じやすかった。
だからピノは、思わずデセオの下半身を見て、顔から耳、首まで真っ赤になった。
「——わかりました! 諦めます!」
ピノはまた頬を膨らませると、自室に戻っていった。
ピノの姿が見えなくると、デセオは目を瞑り天井を見上げた。
(あの可愛らしい頬には、何が入っているのだろうか。あんなに可愛らしいんだから、きっと“可愛い”が入っているんだろうな。ああ、それにしても。俺の裸体をお見せできなかったのは残念だ。慌てふためいて恥ずかしがるお嬢様を目に焼き付けたかった)
デセオはこのような妄想を、真顔で三秒で思い、顔を戻した。
「さて、俺も自分の支度と、お嬢様の支度をお手伝いせねば」
そう言ってピノの自室に向かった時は執事の顔をしていた。彼の言う、今は股間にある自動スイッチが入ったということなのだろう。
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