第2章 お嬢様の優しさと強さは、私は知っております。

第15話 お嬢様、私の無知を、お許しください。

「婚約者を探す、と言っても、具体的にはどうしたらいいんだろう……」


 婚約者とのディナーのためにあしらえた、ピンクのパフドレスのまま出てきてしまったピノ・アリーレンは、困惑した表情を浮かべた。


「恐れながら、ご提案がございます、お嬢様」


 隣を歩いていた、灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした、変態執事デセオ・バーリッシュは、胸に手を当て静かに傅いた。


「お嬢様はシャイなために、あまり外に出る事に気が進まず、また対人関係も苦手なために、出会いが少なかった、と存じます」


「……うん、そうですね」


「なので、まずは、この国を知る事から始めてはいかがでしょうか? 婚約者探しは、それからでも遅くないと、わたくしは思います」


「なるほど……」


 ピノはうんうんと頷いた。


「従って、国立動物園に行きませんか?」


「えっ?」


 ピノの声が少し上ずった。


「見当違いでしたら、申し訳ございません。ですが、わたくしがムムたんの話をしました時、お会いしたそうにされておりましたので」


「わ、私、口に出ていました?」


「いいえ、口には出しておりませんが、お顔に出ておりました」


「恥ずかしいなぁ」


 ピノは両手で頬を触った。


(ああっ、小さく可愛らしい、肉厚なのに柔らかい手が! ぽよぽよした可愛らしい頬を挟んでいる! あの間に俺の欲望を挟めたらどんなに幸せか!)


 デセオは、紳士的な穏やかな笑みでピノを見つつ、妄想を繰り広げていた。


「では、参りましょうか。国立動物園へ」







 ファレンダー国立動物園。


 この世界で一番大きな動物園で、世界のあらゆる動物が集まっている。

 獅子や象などの有名なものから、この世界にしかいない、尾に花を咲かす花キリンブルームジラフ、一声鳴くと天気が変わると言われている、天候オウムクライメットパロットなど、摩訶不思議な動物もいる。


 その中でも、マスコット的存在で人気なのが、


「あっ、あれがムムちゃんですねっ」


 皇帝ペンギンカイザーピングイーンの、ムムである。

 いつもは人混みで中々見れないが、今日は珍しく来場者が少なく、最前さいぜんで見れるようだ。


「わーっ、可愛いですねー」


 皇帝ペンギンカイザーピングイーンエリアの氷の上にいるムムは、寸胴体型で体長は約百三十センチ、体重は約四十五キロ。頭部と外側の羽は黒で、上胸は黄色、腹部は白で側頭部の耳の周辺は橙色。下嘴したくちばしに黄色の筋模様が入っている。そして、ボーっとこちらを見ている。


「——……」


 デセオは、エリアの外側から瞳をキラキラさせてムムを見ているピノを、微笑ましく愛おしそうに、且つ興奮して見ていた。


 が、突然、案内の立て札を見ると、彼はムム、立て札、と交互に二回見た後、


「何ということだ!」


 鉄製の案内札に頭を数回打ちつけた。


「お、お客さま! 園内の物を壊すようなことは——」


「あぁ?」


 額から流れ落ちる血を舌で舐め取る仕草は、暗殺者アサシンそのもの、


「すっ、すいませんでしたー!」


 注意をしようとした飼育員は、怯えて走っていってしまった。


「デセオさん、額から血がっ……」


 ピノはドレスのポケットから花柄レースのハンカーチーフを取り出すと、デセオの額に当てた。


「お嬢様、わたくしの無知を、お許しください」


 デセオはピノの手を取ると、申し訳なさげに目を伏せた。


「え……?」


「今までわたくしは、ムムたんを女性レディだと思い、お嬢様のようだと慈しんでおりました」


「う、うん……」


「ですが、ムムたんは男性でございました」


「えっ……?」


 ピノは、デセオの額を抑えつつ、案内板を見た、そこにはこう書かれてあった。



皇帝ペンギンカイザーピングイーン、ムム。食いしん坊で元気いっぱいな男の子です』



 と。


「ムムちゃん、いや、ムムくん、男の子だったんだー」


わたくしは同性愛は否定派ではございません。ですが、男性のムムたんをお嬢様だと思うなど! お二人に失礼極まりなく! 況してや! ムムたんをお嬢様と思い! 自分を慰めていたなど! 専属執事失格でございます!」


「え、うん。よくわからないけれど、気にしないでください」


 ピノは、純真無垢なために、しもの話はストレートに言わないと伝わらない。それを知ってか知らずか、デセオは続ける。


「こんな無知なわたくしでも、これからもお傍に置いていただけますか?」


 デセオはわざと瞳を潤ませ、上目遣いでピノを見た。

 見た目は美男のデセオに、そのように見つめられたピノは動揺し、頬を紅潮させると、何度も勢いよく頷いた。


「もっ、もっ、もちろんですよ! ずっと私を支えてください!」


「おおっ、なんとお優しい! やはりお嬢様は天使だ!」


 デセオは自分の額を押さえてくれていたピノの手をそっと両手で包んだ。


「お嬢様の可愛らしいハンカーチーフが、わたくしの血で汚れてしまいました」


「気にしないでください。デセオさんの怪我の方が心配ですから」


「お嬢様はどこまでもお優しいですね。ですが、それではわたくしの気が済みません。先程の無礼も兼ねて、お詫びに贈り物をさせていただきたく思います」


「贈り物? ですか?」


「はい、土産屋へ行きませぬか?」

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