第50章| プリーズ・トラスト・ミー <7>凄腕シゴデキの新人保健師!? その1 青山通りのネイルサロン

<7>



 木須社長の言っていたネイルサロンは、外苑前駅と表参道駅の間、青山通り沿いにある。


灰色のレンガ造りで、一階にクラシックな洋服店が入っている大きなビルが目印、と聞いていた。そのビルの脇の小さな通りのこれまた小さなビルに、噂のネイルサロンはあった。


隠れ家的な雰囲気なのはいいんだけど、そもそも入り口が、ギリギリ人が入れるくらいの幅しかない。こんなところに本当に有名芸能人が来てるのかな? と思った。



「こんにちは、お邪魔しま~す・・・・・・。あの~。『株式会社E・M・A』の保健師、足立と申しますが・・・・・・」



バッグを身体に寄せてなんとか入れるくらいのドアから身を乗り出して声をかけると、細長く狭い空間に作られたカウンターで、今も数名のお客さんが手のネイルをしてもらっているところだった。



リーダー格と思われる一人のネイリストが反応してくれた。


「あ~。凄腕保健師の足立さんっ。お話は木須社長から聞いています。今ちょっと手が離せないから、そこの角でお待ちいただけますか」


言われるままに店内の隅っこに立った。


お店全体はLの字型になっていて、L字の一辺が手のネイルをしてもらうカウンター、もうひとつの辺が背もたれを倒せる大きな椅子を置いてあるスペース、どん詰まりの先にあるわずかばかりの小部屋がスタッフの控え室という作りらしい。


カウンター部分の奥行きはさほど広くないので、壁際からネイリスト、細長いテーブルカウンター、カウンターごしに向かい合って座るお客さんと並んでいると後ろの余りスペースはほとんどない。


手のネイル施術を受けているお客さんの後ろを移動するときは、座っているお客さんの背中と自分の身体が触れあわないように、慎重に気をつけて横歩きしなければならなかった。



少しの間をおいて、ちょっとお待ちくださいね~、とお客さんに声をかけてから近寄ってきたリーダーらしきネイリストに促され、お客さんの施術が落ち着くまで、スタッフ控え室の前の簡素な丸椅子で待たせてもらうことになった。



――――――――温泉にあるマッサージチェアのようなあの大きな椅子は、足の爪にネイルをする人用かなぁ・・・・・・



ちょうどそこに座っている女の人が、太ももに毛布を掛けられ、素足で爪を出してネイリストを待っているようだった。あまりジロジロ見るのも不躾なので視界の端に目を遣って考えた。



――――――――そういえば、私、ネイルサロンに来たことってなかったなぁ・・・・・・




看護師として病棟で働いている時、手のネイルは禁止だった。

だからサンダルを履く夏に、マニキュアを買ってきて自分で足の爪に塗ったことくらいしかない。




手持ち無沙汰に丸椅子に座り、ふと目に入った、ネイルのサンプルをじっと見る。



20センチ四方くらいの透明なアクリル板に、爪を模した楕円形のネイルチップが貼り付けられ、そこに見本として色とりどりのネイルカラーが塗られている。



先端にラメを付けた、ピンクベージュのグラデーション。オーロラカラー。マグネットネイル。

キラキラのストーンを組み合わせて器用に描かれたクリスマスツリー。

クリスマスの象徴的な花であるポインセチアや、雪の結晶。タータンチェック柄。



自分でやるのとは、仕上がりのレベルが全然違う・・・・・・。



細部まで慎重に磨かれた小さな宝石のように、うるうる、ツヤツヤと光るサンプルを見ているだけでも楽しい気分になった。


これが手の指についていたら、確実にテンションが上がるだろうなぁと思う。

貯金に余裕ができたらいつかお客さんとして来てみたいかも、と想像してしまった。



――――――――・・・・・・――――――――・・・―――・・・ー



「すみませ~ん。足立さん、お待たせしちゃいました~」


施術を受けていたお客さんが帰ったあと、さきほど声をかけてくれたリーダー格っぽいネイリストの人が、あらためて私のところにやってきた。

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