第50章| プリーズ・トラスト・ミー <1>渋谷で待ち合わせ

<1>



季節のわりに暖かい日だった。


私の地元、北海道ではもう雪が降り始めてもおかしくない時期だというのに、東京の空気はどこか生ぬるくて、澄んで肌に刺さるような冷たさは感じられない。


今日は荒巻先生・持野さんと渋谷駅近くの会社の前で待ち合わせの約束をしている。メトロを乗り継いで駅に到着してから、目的の出口を探した。



平日朝の通勤時間帯は過ぎているけれど、駅は相変わらず多くの人々でごった返していた。東京の地下鉄出口はたくさんある。広い駅構内は迷路みたいで行き先が非常にわかりにくい。地上の平地でさえ方向音痴なので、各路線が上下に入り乱れるターミナル駅はなおさら苦手なのだ。


案の定、人の波それぞれが四方八方へ行き交う中で目当ての出口番号を探したものの、看板の表記を見逃し、間違ったほうに進んでいたと気付いて来た道を戻ることを何度か繰り返した。行ったり来たりしているとあっという間に時間を浪費してしまい、待ち合わせ時間が迫ってくる。



やっと目当ての出口を見つけたあとも、人混みのせいで、思うようには進めなかった。


人間がびっしり詰まった階段では、降りてくる人たちとぶつからないように左側に寄りながら、周囲と歩みを揃えなければならない。

仕方ないので前の人の背中にぴたりと付いて、ゆっくり一段ずつ進んだけれど、内心はサッと走り出したいような焦りでジリジリとした。



現地集合の訪問先企業は、渋谷駅から原宿方向に向かってしばらく歩いたところにある。



(ああ~、待ち合わせに遅れちゃうかも~~っ・・・・・・)



地上に出てからは人をけて、できるだけ早足でアスファルトの通りを進んだ。息が弾んで、すぐ全身に汗ばみを感じた。



――――――――このハーブ飲むと代謝が上がるのか、とにかくすっごくドキドキして汗をかくの。あたしなんか病棟で働いて動き回ってると、午前中だけで下着がビショビショになるくらい。



トモコの言葉を思い出した。


日常生活に差し支えるほどの体調変化があるわけでもないけれど、トモコに勧められて新しく飲み始めたハーブが効きはじめているような気がしなくもない。心なしか胸の鼓動も強く感じられる。



小走りしながら、道行く人を見た。どの人の顔も遠く思える。こんなにも気が狂いそうなくらい多くの人間が存在する首都・東京にいて、しかもこうして一応、人並みには空気を読みながら暮らしているのに、心の芯を温め合えるようなたった一人の彼氏さえ簡単に見つけられない自分の情けなさが苦しかった。


でも一方で、このハーブがきっかけで人生が変わるかもしれないし、というかすかな希望のようなものも感じていた。



先日ファミレスでトモコと一緒にシェア会を視聴した会社のハーブには、実はサンプルをもらった品以外にも、たくさんの製品・種類があるらしかった。


わかった、買うよ。と言ったあと、日を改めてハーブの飲み方などの細かい説明を聞いた。


触れ込みでは “飲むだけで、食べても痩せる” という話ではあったけれども、トモコからは「食事制限と併用するのが一番効果あるから、そうしたほうがいいよ」と言われた。


8種類のハーブをスケジュール通りに飲むと聞いて、やっぱりやめておけばよかったかも・・・・・・と思わなくはなかったけれども、お金を渡した後では今さら言い出せる感じではなかったから、トモコの勧めのままに『10日間爆やせプラン』を始めることになった。



本来、ハーブ購入の正当な手順を踏むなら、購入者は全員、月額を支払ってまずハーブ販売会社の『会員』になる必要があるらしい。


会員に対しては、ハーブ成分の勉強会、個人のニーズに会わせたプラン作成サービス、シェア会で見たお小遣いのキックバック制度に参加する権利がついてくるという。


でも私は会員登録をしていないので、トモコから割安で(と言っても高いけど)ハーブを譲ってもらえる代わりに会員特典は受けられない。ハーブのダイエットプランは、会員になっているトモコがプランナーから勧められたのを丸々コピーして、見よう見まねで行うことになった。



ダイエットプランはこんな感じだった。


朝と夜は食事を摂らない。昼食は極力控えめにする。

代わりに複数種のハーブを指示通りに飲んで、水分を最低1日4リットル摂るように。


つまりベースは『摂取カロリーを大幅に減らす』という手法なのだけれど、そこにハーブを併用することで、栄養失調にならないように各種栄養素を補えるほか、代謝を上げる成分、伝統医療の有効成分などを一緒に摂ることができ、ただのカロリー制限とは段違いの成果が出せるという・・・・・・・・・。



スマホ画面の地図を祈るような気持ちで見ながら、なんとか目当ての会社までたどり着くと、既に現場には荒巻先生と持野さんが到着していた。



「あっ。すみません、お待たせしました!! 」頭を下げて二人に駆け寄った。



「おぅ、来たか。今、『』、って、話してたとこや~」



初っぱなからさっそく、荒巻先生がダジャレのジャブを打ってきた。


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