第36章|砂見礼子の奮闘 <6>営業同行の続き

<6>



 オフィスで貿易事務チームの仕事を見たあとで、今日も灰原さんと営業同行することになった。


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……


『オタ・オタ商事』にて。


メイド服の女社長から、新しく輸送案件を受注することに成功した。

どうやら特製の抱き枕を、シンガポールで開催されるアニメ・マンガファン向け展示会におくり、現地でサンプル展示と直売会を行いたいらしい。


シンガポール進出は『オタ・オタ商事』にとっても初めての試みだという。



オタ・オタ商事の入る雑居ビルを出たとき、灰原さんが言った。


「案外あっさり、新規案件取っちゃったな~、砂見さん」


「え・・・・・・別に、私が案件取ったってわけではないので・・・・・・」


「いや。お見事だったじゃん。積み荷の梱包方法、LCLコンテナ内での配置、利用船のスケジュール。相手の希望に合わせた速やかで具体的な提案ができてたよ。貿易事務の経験が営業にも活きてたよ」


「ハァ・・・・・・」


私は社内交換留学で一時的に営業チームに来ているだけなので、新規契約をとっても、別にそれほど嬉しくはない。たぶん小型の単発案件だろうから、会社にとって大した成果とも言えない。残念だけど。


「なんだよ。せっかく花を持たせてやったのに反応薄いなぁ」


「灰原課長、ひと言、多いんですよ」私は軽く灰原さんをにらみつけた。


「ハハハ。それにしても、マンガとかアニメとか、本当に世界で人気なのかねえ? 輸送費かけてシンガポールまで高級抱き枕を運んで、儲かるのか? 俺たちが子供の頃は、ああいうのはどっちかって言うと二流文化みたいな扱いだったけど」


秋葉原駅までの路上を歩きながら話す。


「今の日本にとっては重要な輸出品のひとつなんじゃないですか。コンテナ船に載るのは珍しいかもですが」


「そっか。ま、うちの息子も、部屋に籠もってずーっとアニメ見て、ゲームして、だもんな~。若者なんだから、外に出てスポーツでもしてくれよ、って感じだけどな」


「あっ。そういえば灰原さんの息子さんって、あの慶葉大学の附属中学に合格して通ってるんですよね? 噂で聞きました。偏差値70越えの中学校なんでしょう? しかも将来は慶葉大学への進学がほぼ確定だなんて。すごいですよね・・・・・・」


社内交換留学で貿易事務チームに来た楠木さんが情報源で、この前知った情報だった。


「その話、聞いちゃったの? へへ。耳が早いなぁ。正直、俺はよくわかんねぇんだけどね。嫁さんが血まなこになって中学受験乗り切ったから。俺はとにかくATMになって、金を稼いでくる役割だったの」


「賢いお子さんなんですね。うちなんて、小学校4年生の娘に『英験5級にチャレンジしてみたら? 』って提案してみたけど、一切、自主的に取り組む様子がないですから」


みちるの試験勉強はぜんぜんはかどっていない。せっかく英験用のドリルを買って部屋に置いてあるのに、この前見たら未使用状態で真っ白のままだった。


「ふーん。5級か。うちの子は、確か小学校に入るか入らないかくらいで取ってたなぁ。そういえばうちの嫁さんが言ってたんだけど、今は英験の受験会場って未就学児がわんさかいるらしいよ。けど、幼稚園児が自分から英験受けたいって言うわけじゃないじゃん? だから結局、学業成績も、親の意識とやらせ方次第、ってことだよな」


「うわ・・・・・・すごいですねぇ。やっぱり子供の教育も、専業主婦の奥さんがいると強いんですかね~」



――――――遅くまで学童にいる共働きの子供と違って、奥さんが主婦なら下校後の時間を全部、教育に使えるんだもんね・・・・・・



灰原さんの話を聞いて、ますます、課長を続けたいというモチベーションが落ちてしまった。


学童代わりに一応、学習塾にも通わせているけど、みちるの成績はどうもぱっとしない。


一方で灰原さんの息子は、中学生にしてもう、将来高学歴になることがほぼ確約されているのだ。

本人の才能もあっただろうけど、親の努力もあったに違いない。


慶葉ボーイのキラキラしたキャンパスライフ・・・・・・。

きっとそのまま、にも入社できるんだろうな。

名も知れないような中小の貿易関連企業じゃなくて、憧れの総合商社とか・・・・・・。


もし私が灰原さんの立場だったら、どんなに毎日鼻高々で、安心して過ごせるだろう。

人生安泰。すごく羨ましい。みちるにも親が勉強を教えてあげたほうがいいのかもしれない。

ジリジリと焦りのような気持ちが胸に湧き上がった。



「さぁな。どうだか。学費ばっかりかかって、生活は苦しいよ? 嫁さんの受験熱に付き合わされて、俺は毎月カツカツ、クビ回んねぇのよ」


「じゃあ、灰原さん、タバコをやめたらいいんじゃないですか、毎月のタバコ代が浮きますよ。禁煙は健康にいいから、将来的には医療費も減りますよ」


「ちぇっ。うるせぇなぁ。でさ、いいか、砂見さん」

灰原さんが話題を変えた。

「次のお客はなかなか強烈だから、気をつけろよ? 取り扱い金額は大きいけど、なんせ変わり者なんだ。寄生虫知識ネタとかゲテモノ料理が好きで、挨拶回りに行くと奇怪な食事会に誘われるけど、断ると途端にへそ曲げるから、断るなよ」



「・・・・・・ゲテモノ料理? 」



「そう。カエルとかジビエとかだけじゃなくて、珍しいやつが好きな人なんだ。ネズミとかサソリとか、ゾウ肉とか」


「へぇ。ゾウ肉って、美味しいんですか? 」


「俺は、ゾウは未経験。日本では食材として流通する量が極端に少ないらしいから。ただ『ゾウ肉はリみたいに固いだけに』、って・・・・・・」



「・・・・・・?? 」



「ちょ、今のは俺の考えたネタじゃねぇよ? あの貿易商のおっさんが言ってたんだよ! 」


「あははは、ウケる。なかなか面白い人ですね! 」


「そぉ? ちなみに俺の持ちネタはさぁ~、『ゲテモノ好きの貿易商に犬と猿を食べさせられて、体の中で犬猿の仲になっちゃいました~☆ ワンワン、エーン。』ってやつなの。こっちもけっこう面白くない? 」灰原さんがわざとらしい泣き真似を見せた。


「・・・・・・・・・。灰原さんのネタは、イマイチ面白くないです」


「何っ!? し、失礼だな!! 砂見さんに、笑いのセンスがないだけじゃねーのぉ? 」



そんなこんなで、灰原さんと冗談を言い合っていたら、現場に着いた。

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