第36章|砂見礼子の奮闘 <5>会社での変化

<5>



――――――『ブルーテイル商運株式会社』オフィスにて。



「飛石さんっ、この書類、一人で完成させたの? すごい! 成長してる。私のときはできるようになるまで数ヶ月はかかったよ! 」


先日入社した派遣社員の飛石さんと、ハイタッチをした。


「砂見さんのご指導がわかりやすいんですっ。私、貿易事務の基本のキが少しだけ分かってきた気がしてます。ありがとうございます」


未経験者ということで心配されていた飛石さんは、確かに未経験者だったものの、派遣会社のうたい文句通り、真面目によく働く人だった。教えてあげたことをちゃんと吸収してくれるから、早くも限られた事務処理の範囲では、戦力カウントできる状況になりつつある。


「ほんと助かる。これからもよろしくねっ」


「はい! 」



 振り返ると、後輩社員の早乙女さんが『職場状況チェックシート』に手書きで文字を書いている。


「早乙女さん、『社内交換留学』、そっちのチームはどう? 」


「お互い、勉強になってると思います。砂見さんの代わりに営業チームから来た楠木さん、頑張って貿易事務の仕事も覚えてくれてて。『営業が仕事取ってきてから貿易事務チームに渡すまでのタイムラグが、こんなに貿易事務チームの仕事を遅らせているとは思わなかった』って言ってくれたんです。これから営業からの仕事が早く回ってくるようになれば、私たちの残業、もっと減らせると思うんですよね」


「そっか~! それは良かった。私もこのあいだ、灰原課長と営業同行して『オタ・オタ商事』っていうところから正式見積もり頼まれたんだけど、灰原さんが会社に持ち帰ってからゆっくり処理してるから、とにかく早く貿易事務チームに渡してくれ、って頼んだわ。

でも営業チームは営業チームでけっこう大変よねぇ。だいぶ気温下がってきてるから外回りは寒いし、私、今日、筋肉痛で足パンパンだもん」


「お疲れ様です。ところで砂見さん・・・・・・この『職場状況チェックシート』って、このあとどうするんですか? 」


「うん。みんなに書いてもらったあと、管理職会議にかけようと思ってるの。ストレスチェックで挙がった『高ストレス職場』のメンバー一人一人に、職場のストレス源になっているところと、その解決案をリストアップして出してもらう・・・・・・。出た案の中で、明日からでも取り組めることがあれば、ひとつでも変えていきたいの。少しでも働きやすい職場にしたいし、来年のストレスチェックで、みんなの感じ方の変化がわかるのが楽しみでしょ。

あ、何を書いても、社員個人を責めることはしない約束になってるから、安心して書いてね」


「そうなんですね。じゃあ本気で書いておきますね! 」



『職場状況チェックシート』は、ウチの会社の産業医が所属している会社、『株式会社E・M・A』の勉強会に参加したとき、出てきたひな形をそのまま使わせてもらった。



「お願いね~」


「あの・・・・・・、砂見さん」早乙女さんが言った。


「ん? 」


「私、砂見さんが課長になって、よかったと思います。職場環境が良くなりそうで、前向きになれます」



「えっ・・・・・・・・・あ。あはは。やだ~。ありがとう」




――――――早乙女さん、そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・・・・・・・。



ストレスチェックの件と、残業過多解消の件は、ある程度自分で道筋を付けるつもりだ。


だけど管理職は、次々と降りかかってくる会社の経営課題を背負う役割だ。


私には支えるべき夫がと子供がいる。思うように残業もできないし、これからまた別のテーマが入ってきたら持ちこたえられるか不安だ。ならば会社では、誰かが決めたことを言われた通りにやっておく下っ端の係でいるほうがいいんだと思ってる。


どうせ、同僚の灰原課長にだって歓迎されていないのだ。ハラスメントが許されない時代だから、口に出して面と向かっていじめられないだけで。



男だけの神聖な土俵に初めて立たせて貰う女の役、ガラスの天井をぶち破る役は、罵声や負傷を覚悟したうえで、それでも上に登りたい人だけがやればいいことだ。

私にはとうてい無理だ。勇気ある撤退が賢い。



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 少し仕事が落ち着いた合間に、デスクの上の書類の束に紛れている、紙の資料を見直した。


産業医や保健師を派遣している会社、『株式会社E・M・A』の勉強会資料・・・・・・・・・



“中間管理職・ミドルマネージャー向けの

『ストレスチェックの集団分析結果を生かした、現場からの組織マネジメント』”



『ブルーテイル商運株式会社』のような中小企業では、残念ながら昇進した社員を対象としたしっかりした管理職研修は行われていない。それに、私が管理職になったのは突然のことだったから、最初は何をしたらいいのかよくわかっていなかった。


そんなタイミングでたまたま参加したこの勉強会で、中間管理職の役割についても学ばせてもらったのは、ありがたかった。



でも・・・・・・。


でも・・・・・・・・・・・・。


資料に書いてある、ここの意味が私、よくわからないんだよね。


英単語の和訳はわかるんだけどさ。




資料の文字を指でなぞった。



“【中間管理職に求められる、最も大切な役割とは――――――】”




「・・・・・・・・・

これ、いったい、どういう意味なんだろう・・・・・・・・・・・・」


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