第36章|砂見礼子の奮闘 <2>営業同行 その2
<2>
エレベーターもないビルだった。コンクリートの階段を上って『オタ・オタ商事』の事務所に入ると、メイド服を着たアニメ声の女の子が出迎えてくれた。細身の身体にぴったり合った衣装は市販品ではなくオリジナル服だろうか。白くて破れそうに薄いニーハイソックスと厚底の靴がまぶしい。奥の座席には何人か、でっぷりと脂肪を蓄えた男達が座ってパソコン画面をのぞき込んでいた。
「本日はお越し頂き、ありがとうございますぅ♥ ウチのアイテムを海外展開する際、ビジネスパートナーとなってくださる会社を探しておりまして~」
出迎えてくれたメイドさんの顔にはいわゆる『地雷メイク』が施されていた。ツインテールに結った頭を下げ、自爪の二倍の長さはありそうな爪を使って器用に取り出した名刺を差し出してくる彼女を見て、最初は受付兼、事務の人かと思っていたのに、出された名刺には『代表取締役』と書いてあった。名刺を受け取るとき、黒く塗られた人差し指の爪にぶら下がった、数センチサイズのテディベアのチャームがせわしなく揺れていた。
――――――あ、この人が社長なんだ・・・・・・・・・。
意外に思いながら商談に入る。灰原さんが話を切り出した。
「早速ですが、弊社のホームページを見てお問い合わせいただいたきっかけは・・・・・・」
「実はウチの商品は既にある程度、海外展開してる実績があるんです。中国・韓国・台湾からホームページを見て注文してくださるお客様がいらっしゃるので、その都度、海外発送はしてきておりまして。でもけっこう発注数が多いので、輸送方法も考えなきゃって思ってて。まとめて現地倉庫に送ってそこから発送するほうが割安かなーとか。だけど、ウチはまだまだ零細だから、そこまで荷量が多くもなくて、中途半端なんですよぅ」
「なるほど。小口混載が基本となりそうですね」
「ええ。でもウチの商品ってそれなりに大きいものもあってぇ」
女社長が指さした先には、何十体もの人型クッションがビニール袋に入って並べられていた。クッション表面にはキャラクターがプリントしてある。男性キャラのものもあるし女性キャラのちょっとエッチなものもある。
「抱き枕・・・・・・ですか」私が訊いた。
「そうです。等身大が基本なんで、一番大きいのが190cmあります。キャラの姿勢によっては横幅もけっこう大きくなりますし、タオルやTシャツ、マグカップなんかと比べると、どうしても場所取るんですよね〜」
「あれはいかにも、嵩張りそうですね。輸送途中では空気を抜いてカサを減らされてはどうですか」灰原さんが提案する。
女社長が憤慨した声を出した。
「ダメ!! それは絶対にダメ!! 抱き枕を購入されるお客様は、モノを買われているんじゃないんです! 大好きなキャラと添い寝できる時間を楽しみにしてポチって購入ボタンを押しておられて、推しが自宅に来る日を今か今かとお待ちなのです! それなのに届いた推しの姿が真空パックに入れられたみたいにへにょへにょになっていたら、箱から出す瞬間に、トキメキのお気持ちが、完全に萎えちゃうじゃないですかぁ!! 」
後ろでPC画面を見ていたオタクっぽい男性陣も、いっせいにこちらを振り向いて社長の言葉に同意するようにうなずいた。
「は、ハァ・・・・・・」
「私たちは、クオリティの高い抱き枕づくりに全力を傾けているのです! ぎゅーっと抱きしめたときお客様が受け取る五感にも気を遣っており、表面素材は今治市の町工場と相談して作った特製の布地! 肌触り抜群! さらにキャラごとにワタの量と配置、体臭をイメージした香りの種類を変えています! 推しを愛する気持ちに綻びがないよう、糸のほつれなども検品でしっかり見つけて取り除いた、この最高品質の日本製抱き枕をお客様の元にお届けするため、梱包費と輸送費をかけてでも、クッション圧縮という方法はぜったいに採りたくありませんッ」
「そ、そうなんですか・・・・・・。で、でしたら、出荷の頻度、出荷ごとの平均個数、発注エリアの傾向、重量、インコタームスの取引条件、CFS倉庫までの配送手配方法など、詳しく教えて頂けますか、もしかしたら現地で弊社が持っている輸送手段をうまく使い、時期を工夫することで、ご希望通りの形で、今よりも安く、御社の抱き枕を海外にお届けできるかもしれません」私が言った。
「ええ、ぜひ。貿易の専門用語はよくわからないんです。詳しく教えて頂けます? あと、お見積もりはいただけますか? 」
「あっ、はい。もちろんです。イチからご説明させていただきますね。正式なお見積もりはお時間を頂戴しますが、類似ケースから、ざっくりした費用感なら今日この場でお出しすることができますよ」急いでノートとペンを取り出した。
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