第30章|貿易事務 砂見礼子の困惑 <7>管理職のサービス残業 その5
<7>
自宅に帰ると、夕食を終えた娘のみちると夫の佑介がリビングでくつろいでいた。
みちるはタブレットで動画を熱心に見ていてこちらには視線も向けない。
夫もスマホを見ながら寝転がっていたようだ。
「あ。礼子ちゃん。おかえり~」
キッチンに目をやると、使い終えた汚れた食器がそのままシンクに散乱していた。
「ただいま。みちる、明日の宿題終わったの? 」
「ん~・・・・・・・・・まだ~・・・・・・・・・」生返事だ。
「宿題、確認してない? 」佑介に目配せしたけれど、面倒そうに「してないよ」と答えるだけだった。
「みちる。タブレットもう終わり。先に宿題やらないと、もう寝る時間が迫ってるよ」
「は~い・・・・・・」やる気のない返事だ。
私が課長になる前よりも少しばかり荒れたリビングの床には、読みかけの漫画やお菓子の袋が落ちている。
――――佑介、今日はちゃんと食事を食べさせてから、量を決めておやつを与えたのだろうか。
――――夫は娘に、今日は好きなだけお菓子を食べていいよ、なんて気軽に言ってしまうことがあるから要注意。
内心モヤモヤしたけれど、いま口を開くとキツい言葉が出てしまいそうなので、黙ったまま洗面所に行った。
手を洗って念入りにうがいをする。もし私が風邪なんかひいたら大変だ。
掃除をさぼっている水回り。
洗面台のちょっとしたホコリや水カビは、急いでいれば目にも入らないけれど、来客があったらこの状態では恥ずかしくて見せられないという程度にはしっかり発生している。
洗濯機を見ると、洗い物がこんもりとカゴに溜まったままになっていた。
ふいに思い出す。
そういえば今日、スマホに学校からお知らせメールが届いていたけれど、内容はまだ確認していなかった。あとで見ておかないと。
集金のお知らせ、個人面談のスケジュール、学校のイベントで使う用具のサイズ確認、アンケートなど、学校からはこまごまとした連絡が断続的に届く。
佑介のアドレスにもお知らせメールが届く設定にはしているけど、リアクションはいつも私がしている。親がしっかり返答期限を守っていないと、学校に迷惑をかけるし担任の心象も悪くなる。ブラック労働が話題になっている学校の先生に、だらしない親の未提出物のリマインドまでさせるわけにはいかない。
―――――あれ。そういえば忘れてたけど、みちるの英検5級の試験日いつだっけ?
今回は初受験だから、ある程度親が一緒に準備してやらないと・・・・・・
―――――あ、そうだ。明日は朝イチで取引先へのメールを返さなくちゃ。
リビングからみちるが咳をする音がした。
―――――えっ。まさか風邪ひき始めてないよね?
子供が風邪で熱でも出したら、詰まったスケジュールを全部バラバラに解体してもう一度組みなおす必要が出てくる。この状況でそれは勘弁してほしい。
ああ。頭のメモリがフリーズしそう。眠い。
ベッドに横になってこのまま寝落ちしたら気持ちいいだろうなぁ・・・・・・
ちょっと時間は夜遅いけどまぁいいか、と、洗濯機のドアを開けてたまった洗濯物を放り込んだ。
うちの洗濯機は数年前に買い換えた。
全自動で洗濯から乾燥まで終えてくれるすぐれものだ。
私が電源を入れると、液晶画面に時刻とメッセージが表示された。
―――――『遅くまでお疲れ様です』
ピッピッとボタンを押すと、洗濯機は指示通り粛々と運転を始める。
全自動洗濯乾燥機は本当に重宝する。
高かったけど買ってよかった、と何度も私に思わせてくれる逸品だ。
(文句も言わず、ボタンひとつで洗濯物をふかふかに仕上げてくれる洗濯乾燥機。かわいいヤツよ・・・・・・)
人間のようにプライドに配慮する必要もなく、私の面倒を素直に肩代わりしてくれる相棒。
その存在に一瞬心癒されつつ、リビングに意識を戻した。
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