第23章|人生ゲーム <16>産業医鈴木と保健師足立の会話

<16>



 秋の赤坂の街を、産業医の鈴木と保健師の足立が並んで歩き、『株式会社E・M・A』の入っているオフィスビルに連れ立って入った。二人はエレベーターホールで立ち止まる。周囲にほかの者はいない。



「『シューシンハウス』の件、うちの緒方社長が社外コンサルタントとして入って、本格的なハラスメント対策委員会を設置したようです。あの会社も色々ありましたから、働きやすい環境が整うといいですね」鈴木が言った。


「はい……。それにしても唐田さん、原須支店長とお付き合い? されていたなんて……。私はてっきり『イースタグラム』の写真を見て、唐田さんが原須支店長からもセクハラを受けていると思ってしまっていたんですけど……。ちょっと違ったんですね……」


「恋人同士という感じではなく、“強引に手をつながれてしまった”というコメント付きで写真を出していたのは、モテ自慢をさりげなく“匂わせ”したかったのか……、あるいは、唐田さんのアカウントを見ている他の男性の目を意識しての立ち回りだったのかもしれないですね。SNSのコミュニケーションも、色々と複雑なようです」


「産業医面談のあと、私たちからは『イースタ』のこと、会社側に言いませんでしたが、結局“怪文書”のせいで、社内の皆さんにも全部バラされちゃったんですね……」


「ええ。インターネットの匿名性は意外と限られたものなのかもしれません。特に写真を載せると、思わぬ部分がヒントとなって個人特定されることが多いとか。

しかし足立さん。どうして写真で唐田さんと手を繋いでいるのが原須支店長だと、すぐにわかったんですか?? 」


、です。私、看護師なので……ていうか、採血がド下手だったので、今でも人の手の甲の血管を無意識に見ちゃうんです。原須支店長は手の甲の血管の形がすごく特徴的だったから、記憶に残っていました」


「へぇ………………………」


「ん? なんですか? 」


「折口さんとのLIME連絡の件で言い合いになったとき、僕、足立さんに『愚かで未熟』と言ってしまったじゃないですか」


「あ、はい……。まぁ、否定はできないんですけど……」


「いいえ。あれからずっと考えていました。『愚かで未熟』はちょっと違ったな、と。それで『』、のほうが近いかな? と思っていたんですが……」


「えっ。ひどい!! 」


「でも、今の話を聞くと、僕は全然気づかないことに、足立さんが気づいておられることもあるようなので、“鈍感”も違うなぁと思って………。やっぱり、もう少し考えます」


「もうっ……。わかりました。よーく考えてください。どうせなら、いい感じのキャッチフレーズで、けなしてくださいよ! 」


「ははは。なんですかそれは」


鈴木が大きな口を開けて笑った。つられて足立も笑う。


「私、……成長したいです。保健師としてもですし、女性としても…………。鈴木先生にあの時、可愛くないし色気もない、って、ズバッと言われてしまったの、けっこうショックでしたから……」


「えっ? ……僕、一度もそんなこと言ってませんが」


「言いましたよ! ……“折口さんがあなたに好意を抱くのは、可愛いからでも、美人だからでも、セクシーだからでもありません。あなたが、保・健・師・だ・か・ら・です”って……」

足立が鈴木の声真似をした。


「それは文脈の曲解というものです」

鈴木がエレベーターのボタンを押して、独り言のようにボソっと呟いた。「……僕は、足立さん、魅力あると思いますよ? 」


「………へっ? あ、今ちょっと声が小さくて、よく聞こえなかった…… 」


「やっぱり、なんでもありません」鈴木がくすりと笑う。


「えっ。もう一度、はっきり言ってください。気になるじゃないですか! 」


「嫌です。自分で考えてください」


「どういうことですか? よけいに混乱しちゃいますよっ……………」



エレベーターが着いた。

2人は揃って、到着したエレベーターに乗りこんだ。

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