3-4 Uninvited French

 刑事の娘の言葉に、2人の男子高生は言葉を失う。……伊万里なら、十分やりかねない。しかし、それは2人の日本人の心臓に、残酷な現実を突き付けようとしている。

「……旭鷲教会に隠された旭鷲会の実態がバレては不都合。だから、旭鷲会の信条と相反する連中を全て排除して情報統制をしたい。その全てが、銃社会化の真実のためだとするなら……」

そう言いながら澪は、軽く戦慄する。自分でも言っていて怖くなるようなことに、触れようとしているからだ。

 「真実ね……」

と、流雫の同時通訳の声に被せたアルスは問う。

「……ルナから話を聞いて、俺も少し調べてみた。……日本の銃社会化には、不可解な点が多過ぎる。法改正の成立から施行まで数日しか無かったこと、その初日から大量の銃が流通し始め、そして所持資格の取得も含めた一連のシステムが動き始めたこと」

「……ルナ、何を言いたいか判るか?」

その声に答える前に、流雫は澪に

「翻訳アプリで追って」

と言った。日本語で話すには、あまりにもナーバス過ぎる。周囲に聞かれるとマズい。恋人がマイクボタンを押したのを見て、流雫は

「水面下で、それもトップシークレットとして、銃社会化のシステムが構築されていた。銃刀法改正の議題が提出された時点で、ゴーサインさえ出ればすぐにでも施行できる状態だった……」

と、答えを切り出す。

 「計算外だったのは、反対派の存在か?国会の紛糾は、フランスでも連日ニュースだったからな」

「しかし、強引にでも成立させることが必須だった。だから押し切って、成立にこぎつけた」

2人の遣り取りが日本語の文章として、画面に流れる。澪は片っ端から保存ボタンを押していく。

 「……ルナ、お前……トーキョーアタックの1ヶ月後に銃を持ち始めたよな?」

アルスの問いに

「うん。あれがきっかけで銃の議論……、……え……?」

と言葉を切った流雫は固まる。アンバーとライトブルーのオッドアイの瞳は微動を繰り返すが、半ば焦点を失っているようにも見える。

「ルナ?」

「流雫?」

両サイドの2人が同時に、その顔を覗く。

 ……もうこの際、他の推理は全て当たっていて構わない。ただ、これだけは外れてほしい。それだけは叶えてほしい……。

 流雫は意を決したように、声を絞り出した。宛ら、自分自身への処刑宣告だった。

「トーキョーアタックは……銃社会化のために引き起こされた……」

画面に流れる恋人の言葉は、澪の脳に特大の雷を落とした。

「っ……!!」

澪は思わず、流雫の手を強く握る。……その手は、震えていた。


 ……台風に見舞われた空港で、流雫は伊万里に向かって叫んだ。

「何故トーキョーアタックを起こした?お前の私利私欲のために引き起こしたのか!!」

……その通りだった。しかし、それは難民排斥の機運のためだと思っていた。それはそれで間違っていない。そして、トーキョーアタックとそれに関連したトーキョーゲートは解決したハズだった。

 だが、旭鷲会と伊万里の接点を軸にすると、途端に銃社会化のためのテロと云う側面も浮かび上がる。

 ……2022年に入り、外国人による犯罪が急増、且つ凶悪化した。政府は、インバウンド復活の副産物だと説明していたが、同時に物理的な自衛策が喫緊の課題となっていた。一部SNSでは、究極の自衛策として銃の所持も辞さないと云う意見も少なからず有ったが、それは日に日に強くなる。

 何時しか、銃の所持に賛同しない者は非国民だとして叩かれるようになった。SNS上での話でしかないのだが、その声が強まる一方だった。そして……あの惨劇が起きた。

 ……誤解を招く言い方をすれば、トーキョーアタックは銃社会実現のための、最後の引き金として引き起こされた……。


 「トーキョーアタックは……終わってない……」

日本語で呟く流雫の声は、震えていた。……かつての恋人を殺した惨劇が、終わったと思っていた惨劇が終わっていなかった。トーキョーアタックが終わっていないなら、トーキョーゲートすら終わっていない。

「……流雫……っ……」

澪は、最愛の少年の名を呼ぶことが精一杯だった。

 流雫と一緒に戦って、トーキョーゲートの真相を追ってきた。年末の、捜査終結の会見を見た流雫が

「これで誰もが報われる……救われると思いたい」

と送ってきたメッセージ。そのままだと遡るのが大変だから、スクリーンショットで保存してあるが、その誰もがが誰のことを指しているのか、澪には判っていた。

 ……ただ、今の話が真実なら、未だ誰も救われていない。その現実を、流雫は嘆いていた。

「……ルナ?」

と名を呼ぶアルスは、レンヌで知り合った日本人が何を思っているのか判らない。澪は

「……少しだけ、待っててください……」

と短い英語で言い、流雫の腰に手を回した。

 唇を噛む恋人が、頬を濡らすのが判る。澪は悲しげな表情で、その苦しみを癒やそうと抱き寄せた。

「澪……」

最愛の少女の名前を呼ぶことしかできない流雫を、何も言わず慰めようとする澪。アルスは、その様子をただ見つめていた。

 ……自分には何も言えない。目の前の日本人2人だけが触れられること。そして、ルナにとっての女神……ミオの献身は、だからこそシルバーヘアの少年が何よりも大切にしたい、護りたいと思えるのだ、と。


 どんな不都合でも、受け入れる覚悟はできていたハズだった。しかし、これが真実だとすれば……受け入れるには残酷過ぎる。ただ、今度こそ外れている……とは思えなかった。

 ……しかし、その重い真実に、屈するワケにはいかない。僕には、澪がついてる。だから、立ち上がれる。

 数分経って、流雫は

「……サンキュ……澪……」

とだけ囁く。そして、瞳を濡らしたままアルスを見つめ、

「……全て、当たってると思う……」

と言った。それ以外に、違和感無く全てをつなげられる理由が、流雫には見つけられない。

 「……難民を捨て駒として使えるOFAがオペレーション部門となって、OFAと旭鷲会……そして伊万里の目的のために動いた。そして、誰もが銃を持てるようになった」

その流雫の言葉を画面で追いながら

「でも」

と澪は口を挟む。

 「……どうして、銃社会化する必要が有ったの……?」

「……行き着くところは、利権だろう」

と、通訳した流雫に向かってアルスは返した。

「銃と云う産業を成立させるために銃社会化させ、その権益を独占する。……外国人犯罪の急増も、そのために仕組まれたもの。……そうだとしても、今の日本じゃ一蹴できないだろ?」

その言葉に、流雫は頷く。……何が起きても不思議じゃない、それが今の日本の現実だ。2年前は、何も知らず生きていられたのに。

 「……銃産業のために、トーキョーアタックを起こして銃社会化、それで懐を膨らませて嗤っている連中……」

「旭鷲会の思想に染まった議員にとって、その真実は何よりもトップシークレット。バレれば自分の政治家生命どころか、自身の命そのものも終わるほどの……」

日本人高校生2人は、呟くように続けた。そして流雫が

「だから、情報統制をしてまで隠したい……」

とフランス語で言うと、アルスは

「確かに、それ以外にここまでやる理由が無いな……」

と答える。それと同時に澪は

「……一度、父に話してみる?」

と、流雫に問う。彼は頷き、

「……そうしないと、僕たちじゃどうしようも……」

と答えた。

 ……開けようとしたブラックボックスは、パンドラの箱じゃない。希望が残っているとは思わない。だから、希望を探して掴むしかない。


 臨海署は目と鼻の先、しかし澪の父は非番だった。だから3人は警察署に顔を出さず、そのまま新宿まで行って別れることにした。日本語と英語を使い分けながら

「流雫、またね。アルスも、また」

と言い、手を上げた少女と微笑む流雫を、鋼鉄製のドアが仕切る。列車が動き出すのを見届けた澪は1人、ベンチに座る。

 ……トーキョーアタックが終わっていない現実を突き付けられた。流雫が泣いたのは、当然のことだった。美桜や大町……だけじゃない。不法入国とは知りながらも、祖国よりは安寧を享受できると夢見て流れ着いた日本で、テロ犯として捨て駒にされた難民も、誰も救われていない。

 宗教難民に近い過去を抱えているが故に、自分に銃口を向けた連中すら不憫に思える流雫。彼が抱える悲しみや苦しみに、もっと触れたい……最愛の少年が、何時だって立ち上がれるように。

 澪は誰に対してでもなく頷くと、立ち上がった。


 ペンションでは、宿泊客が共用リビングから消えた後、レンヌからの来客のために細やかなパーティーが開かれた。鐘釣夫妻も、母アスタナの影響で、フランス語は簡単な会話ぐらいなら話せるから、流雫の通訳の出番は少ない。

 それが終わると、2人は流雫の部屋へ行く。これから当分、ベッドを使わず床で寝ることになるが、別に構わない。

 一通り部屋を見回したアルスは、机の上のミニカーに目が止まる。毎年ル・マンで見掛けるレーシングカーを模している。

「これ……」

と声を出した少年の隣に、部屋の主は近寄る。

「うん。……物心ついて初めてのクリスマスプレゼント。母さんの故郷で、これが夜通し走り回ってる……そう思うと、フランスを思い出すんだ」

「あの日も、この車を握り締めて、バスティーユ広場を歩いてて、それで……」

と言葉を途切れさせた流雫が、何を思い出しているのか、アルスには判る。

 「………あの時のことを忘れないためにも、そして、僕のルーツがフランスなのを忘れないためにも。だから、机の上に飾ったまま。何時でも目が届くようにと」

そう言った流雫の表情は穏やかだったが、それが余計にアルスに後ろめたさをもたらす。フランス人の少年が、無意識に眉間を皺を寄せたことに気付いた流雫は言った。

「……アルスが気にすることじゃない。プリュヴィオーズ家は、ノエル・ド・アンフェルに反対だったんだろ?それで教団内での地位が落ちたのも、アルスは正しかったと思ってる?」

「……何故そのことを知ってる?」

「その本に書かれてる。ド・ゴールの書店で見つけた」

と流雫が答えながら、机に置かれた本を指すと、アルスは苦笑を浮かべた。日本で入手できないからだが、空港で偶然見つけたにせよ持っていることに驚きだ。

 「正しかったと思ってる。そうでなきゃ、お前に力を貸す、など言わん」

そう言ったアルスは口角を上げる。その表情を見つめる流雫は、話を切り出した。

 「……どうして日本に?よりによって、河月に?」


 ……アルスが通う学校のプログラムとして、河月創成高校に短期留学するのは決まっていた。誰が行くか、となった時に、アルスが名乗りを上げた。日本に興味が有るからと云うのが理由だったが、アリシアは多少呆れていたらしい。

 そして、ホームステイ先を決めることになった時に紹介されたトラベルエージェントが、アスタナ・クラージュだった。その名字に、目の前の淑女がルナの母親だと思ったアルスは、ルナの話題を出した。

 それがきっかけで、ルナが住んでいると云うペンション、ユノディエールに世話になることが決まった。

「……そう云うワケだ」

とアルスは言った。 

 通っている学校に、そう云う留学生の受け入れプログラムが有ること自体、流雫は初めて知った。しかし、日本に興味が有るからと云う理由……アルスの場合、それは或る意味では間違いだと思っている。

「……興味が有るのは、正しくは日本の旭鷲教会……?」

その言葉に、アルスは眉間に皺を寄せつつも

「当たりだ」

と答える。

「連中が何を企んでいるのか、個人的に気になるからな」

その言葉に

「……理由が何にせよ、僕はアルスを歓迎するよ。また会えたんだから」

と返したシルバーヘアの少年は、笑った。


 連休が終わり、学校が再開した。それは同時に、アルスが流雫と同じ学校に通い始めたことを意味する。

 流雫から借りたネイビーの制服は、殊の外似合っていた。そして今になって、太陽騎士団のスーツに似ていることを流雫は思い出した。河月創成高校との関連性は無く、教会も偶然隣に建っているだけだが、偶然は時には怖ろしいものだ、と流雫は思った。

 英語での簡単な挨拶が終わると、通訳係だった流雫の席にフランス人が座り、そして流雫はその1つ後ろの席に座った。

 ……主を失ってもうすぐ2年。流雫は、一時的にとは云え、その席に座ることに抵抗が有った。ただ、他の人が座るぐらいなら……と思い、座ることにした。その躊躇いに、アルスは不可解な表情を浮かべる。しかし、特に気にしないことにした。

 昼休み、フランスからの短期留学生に話し掛けようとする生徒は、流雫以外誰もいなかった。8ヶ月後には大学受験を控えている、留学生と話す暇など無い……と云うのも有るが、他にも理由は有った。

「アルス、屋上……行こうか。誰もいないハズだから」

と、流雫は誘った。

 薄曇りの空の下、男子高生2人だけしか、この学校の屋上にはいない。

「……居心地、悪いな」

と、アルスは切り出した。

「多分、僕といるからだよ」

とだけ微笑んでみる流雫。大凡場違いなのは判っているが。

「……僕が、煙たがられてるからね」

と、流雫は遠い目をして言った。それ自体は周知の事実だが、この学校でフランス語を話せるのが流雫とアルスだけと云うのは、好都合だった。

 ……僕といるから、アルスはとばっちりを受けている。それが事実だ。

「アルスは何も悪くないのに、とばっちりだよ」

「……お前、何をした?」

その問いに、流雫は軽く溜め息をついて答えた。

「かつての恋人を、見殺しにした」


 「見殺しの意味、連中は知ってるのか?それは不可抗力と云うんだ」

アルスは、流雫から一通り話を聞いて、苛立ち混じりに言った。通学初日から、イヤな話を聞いた……。そして、今日から流雫が座る席が、かつての恋人の席であることを知り、だから先刻座るのを躊躇ったのかと判った。

「……お前といるから避けられる、じゃない。俺が日本人じゃないから、だろ?そしてお前も、見た目日本人らしくない。俺の国の血が混ざっているからな」

と言ったアルスから、目を逸らす流雫。……半分は当たっていた。美桜以外誰も近寄ってこなかった、そもそもの理由でもある。

「フランス人コンビだと言った方が、自然かもね」

「自分たちにとって異質なものには警戒する。判らなくもないが、ダイバーシティ&インクルージョンを唱えながら、現実はそれとは遠い」

とアルスは言い、空を仰ぐ。

 ……みんな違って、みんないい。そう云う言葉が日本には有る、と何処かで聞いた。ダイバーシティ&インクルージョンの本質はそうだが、同時に過度な同調圧力も根深い。それから少しでも外れれば、奇人変人だとして叩かれ、時には社会的抹殺の対象にも成り得る。

 社会や相手への同調のために、喜んで個性を殺す。そう云う……量産型の人間を好むのが日本でもある。無論、それが必要な時も有る。全てはTPO次第なのだが、全てを一括りで要求してくるから問題なのだ。

「……まあ、本来の目的は別だから、それはどうでもいいいがな」

と言ったアルスは、表情を緩めた。

 レンヌに帰った時に、日本がどうだったか話をすることにはなるが、その話題には困るだろうが、それはそれだ。

 ふと、フランス語で話していた2人の耳にチャイムの音が聞こえる。流雫は立ち上がり、アルスに言った。

「授業だ。行こう」


 夜、互いにスマートフォンと睨めっこする2人。それぞれ、自分の恋人にメッセージを送っていた。特にアルスは、初めての登校で感じたことをアリシアに送る。とは云え、7時間の時差。今頃赤毛の少女は授業中だ。

「はあ……」

と、アルスは溜め息をつく。メッセージを送って、3分後のことだった。

「……日本のネットにアクセスした瞬間、あの件に関してはサイトに弾かれるようになりやがった」

「VPNを通しても?」

「ダメだ」

と、アルスは流雫に答える。

 「そもそも、VPNを受け付けない仕様か?」

「じゃあ、今のところは……」

「アリシアしか、入手しようがない」

そう言ったアルスは、日本での情報統制が異様なものだと思った。まさか、ここまでとは。完全に予想外だ。

「……厄介だな……想像以上に」

フランス人の口から出た言葉に、流雫は

「……だから、僕はアルスを頼りたかった」

と言って隣に座る。

 「トーキョーアタックは、未だ終わっていない。終わってほしいし、終わらせたい。そうすれば、美桜だけじゃない。犠牲になった全ての人が……救われると思いたい」

少しだけ悲しげな表情を浮かべた流雫にアルスは、しかしだからこいつは、テロに屈しないのか……と思った。

 勝手に悲しみやプレッシャーを抱える癖は感心しないが、同時にそれが流雫の原動力。空回りさえ起こさなければ、旭鷲教会にとって誰よりも手強い。アルス自身、敵に回すことだけは避けたい……と思った。尤も、それは流雫が裏切らない限り、有り得ない話だが。

「……お前のそう云うとこ、危なっかしいが……俺は好きだな」

と言ったアルスに、流雫はふと微笑んでみせた。

 願わくば、この平和が今日で、明日で終わらないように……。

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