闇夜の歌声-異聞・昭和幻想奇譚-(声劇シナリオ)
島嶋徹虎
第壱夜「希望といふ悪夢」
【登場人物】
※キャラクターの性別は定めていますが、キャストの性別は不問です。女性が男性役、またはその反対でも構いません。
清鷹: … 陽神清鷹(ひのかみきよたか)。二十七歳。薬屋『龍仙堂』店主。江戸時代、日本に伝来した「西洋の吸血鬼退治の術法」を学んだ蘭学者という人物を先祖に持つ。太平洋戦争には二十歳で出征し、衛生兵として従軍していた経験を持つ。名前は音読みで「セイヨウ」とも呼ばれる。
小夜子: … 星永小夜子(ほしながさよこ)。二十六歳。女性新聞記者。清鷹とは幼馴染。好奇心が強く恐い物知らず。
蒼治郎: … 逆月蒼治郎(さかづきそうじろう)。警察官。清鷹や小夜子とは顔なじみ。物腰柔らかな優男だが、美人には目がない。風早流抜刀術という剣術を修めている。とある理由からとても鼻が利く。読書家でもある。※一言セリフのみ《モブの兵士(回想)》の兼役となります。
雪子: … 三津島雪子(みつしまゆきこ)。中学生。行方不明となったミヨという親友を探している。
ミヨ: … 雪子の親友。
※「」もしくは『』で括られていないセリフはそのキャラのモノローグとしてください。
※ナレーションは役を蒼治郎指定していますが、誰が担当してもOKです。
(本編ここから)
ナレーション(蒼治郎):時間と空間を離れた、可能性のゆりかご。
ナレーション(蒼治郎):怪奇と浪漫に満ちあふれた、奇妙な場所。
ナレーション(蒼治郎):すべてが現実(うつつ)の、夢幻郷(むげんきょう)。
ナレーション(蒼治郎): それは何処(どこ)にも存在しないようで、実は何処にでもありふれている。
ナレーション(蒼治郎):――そう。みんながちょっと気づかないだけで、
ナレーション(蒼治郎):不思議な出来事なんていうのは、意外と何処でも起きているんだ。
ナレーション(蒼治郎):宵闇が辺りを包む頃、ふと耳をすませば、誰にだって聞こえてくるはずさ。
ナレーション(蒼治郎):何処までも響く、闇夜の歌声が――
* * * * *
ミヨ:ねえ、ねえ――
ミヨ:わたしと一緒に遊びましょう?
ミヨ:お友達もたくさんつくって。
ミヨ:いつまでも、いつまでも。
ミヨ:みんなで楽しく、遊びましょう。
ミヨ:ふふ。フフフ。フフフフフ……――
* * * * *
ナレーション(蒼治郎):一九五〇年。昭和二十五年。敗戦から五年が経ち、街の賑わいもかつての姿を取り戻しつつあった頃。
ナレーション(蒼治郎):この年は、黒澤明監督の不朽の名作『羅生門』が公開されるなど、市井(しせい)の人々は希望に満ちた日常を謳歌していた。
ナレーション(蒼治郎):そう、これは、そんな折の東京の片隅で起きた、とある御伽噺の一つ――
小夜子:「――キヨター? いるんでしょー? 邪魔するわよー」
清鷹:「うるっせーぞ、小夜子! こちとら今忙しいんだ! おちおち読書もできねェじゃねーか!」
小夜子:「なーにが忙しいのよ。ただヒマしてただけじゃないの、キヨタ」
清鷹:「変なところで名前を切るんじゃねェよ、モヤモヤすんだろが! そこまで呼ぶなら〝カ〟を付けやがれ、〝カ〟を! 俺ァ、キヨタカだ!」
雪子:「あ、あの、貴方が陽神清鷹様でいらっしゃいますか?」
清鷹:「あン? お前さんは……?」
雪子:「わ、わたしは、三津島雪子と申します」
小夜子:「この子ね、何やら警察署の前で途方に暮れた様子だったから、いろいろ話を聞いてあげたのよ。そしたら、これは間違いなくあんたの案件だってビビっときてね。それで連れてきたってわけ」
雪子:「はい、小夜子さんに聞きました。陽神様は退魔師でいらっしゃると……!」
小夜子:「そ。こいつはねぇ、あたしの幼馴染でさー、普段はぐーたらなんだけど、いざ怪事件となれば、まあそれなりに役立つ便利なヤツなのよ。ね、キヨタ?」
清鷹:「あのなァ、小夜子! いろいろツッコミたいところは山ほどあるが、俺ァただの薬屋だってんだよ! 毎度毎度、厄介事を持ち込むんじゃねェ! てか、そもそも、いつもなら〝キヨ〟とか呼ぶくせしやがって、なんなんだ今日に限って!」
小夜子:「え? ただの気まぐれ」
清鷹:「このやろう⁉」
雪子:「あの……実は、三日ほど前から、わたしの親友のミヨちゃんが行方知れずになってしまいまして、ずっと探しているんです」
清鷹:「おい、ちょっと待ちな嬢ちゃん。そういう相談は、警察か探偵事務所にでも……」
小夜子:「あの地域では、ここ一年ほどの間に、十歳から十五歳までの少年少女が行方不明になる、〝神隠し〟が頻発してるのよね?」
雪子:「ええ。きっとミヨちゃんも、それに巻き込まれてしまったに違いありません」
清鷹:「おっとシカトと来たよこれ!」
雪子:「どうもやはり、わたしはあのお屋敷が怪しいのではないかと思うのです」
小夜子:「確かにね、あそこの屋敷は戦前からもう誰も住んでないって話でしょう?」
雪子:「そうなのです。わたしもご近所の方に聞いてみたんですが、ずっと無人のはずのお屋敷なのに、ちょうど一年ほど前から、夜な夜な子供たちが楽しそうに遊んでいるような声が聞こえてきて気味が悪いとおっしゃっておりました」
小夜子:「これは決まりね! さっそくその屋敷を調査してみなくっちゃ!」
清鷹:「まったく俺の話を聞いてませんねェ、お前さんたちねェ!」
蒼治郎:「――なんだい、相変わらず騒がしいじゃないか」
小夜子:「あら、ソウちゃんじゃないの!」
蒼治郎:「やあ、これはおサヨさん、いつ見てもお奇麗だ。また一段と、美しさに磨きがかかったんじゃないかい?」
小夜子:「あらやだうふふ。今度ソウちゃんの好きな中村屋のあんまん、奢ったげようかしら」
蒼治郎:「おっ、そいつは嬉しいなァ!」
清鷹:「ったく、たやすい女だぜ」
小夜子:「ぬぁんか言った!?」
清鷹:「……いーえなんも」
蒼治郎:「あはは。ところで、そちらの可憐なお嬢さんは?」
雪子:「あ、その格好……貴方様はお巡りさんでいらっしゃいますか?」
蒼治郎:「ええ、いかにも。僕の名は逆月蒼治郎です。ところでお嬢さんは、何やらお困りの様子だね。お話を聞いてもよろしいかな?」
雪子:「は、はい! 実は――」
蒼治郎:「――ふむ。お友達が行方不明に。警察にはもう捜索願は出したのかい?」
雪子:「もちろん警察署にはうかがいました。でも、まともに掛け合っていただけなくて……」
蒼治郎:「それはお気の毒に……本部の刑事連中は薄情なもんだよ。あいつらときたら、死体が出なきゃ動きやしないから」
清鷹:「そらそうだろうよ。年頃の娘の家出なんざ珍しくもねェ。行方くらましてから二日や三日じゃ、ひょっこり戻ってくるかもしれねェんだ。それじゃあ、ポリ公も動きようがねェだろうよ」
雪子:「そ、そんな……」
小夜子:「ったく、あんたってばホント、デリカシーってやつがないんだから!」
清鷹:「うるせえ。だったらお前ェだけでやりゃあいいだろうがよ」
蒼治郎:「まあまあ、キヨさん。こんな可愛い娘さんの、たっての頼みなんだよ? そんな冷たく突っぱねることないでしょうに」
清鷹:「お前ェはだぁーってろ蒼治郎! そもそもお前ェ、こんな時間にサボってんじゃねえよ! 巡回はどうした、巡回は!」
蒼治郎:「へへん。おあいにくさまでしたね、今日の僕は非番なのサ」
清鷹:「休みのクセして制服着てんじゃねえ! 紛らわしいだろ!」
蒼治郎:「仕方ないでしょー。僕の一張羅なんだから」
清鷹:「服くらい買いやがれ!」
雪子:「あ、あの! でも、きっと、ミヨちゃんは生きてると思うんです……!
雪子: それこそ、行方をくらましてから二日や三日なら、まだ……!」
清鷹:「…………」
雪子:「お願いいたします! 陽神様、逆月様!
雪子:どうか、ミヨちゃんを探してください……どうか、どうか何卒……!」
蒼治郎:「キヨさん。女の子にここまでされて断るなんざ、男がすたるってもんだよ?」
小夜子:「そーよ! いい加減、腹括んなさいキヨタ!」
清鷹:「ぐぬぬ……わぁった、わぁったよ、やってやるさ! あと〝カ〟を付けやがれ小夜子!」
小夜子:「ふふん。素直が一番よ、キヨタ」
清鷹:「わざとやってんだろ手前ェこのオタンコナス!」
雪子:「あ、あの……ありがとうございますっ!」
清鷹:「あー……そのな、嬢ちゃん。雪子ちゃんって言ったっけか。一つだけ、約束できるか」
雪子:「はい! ……な、なんでしょう?」
清鷹:「……決して、期待はするんじゃねェぞ。いいな?」
* * * * *
蒼治郎:「――んーで、イマイチ気が乗らない理由はなんだい、キヨさん? 怪異の絡みそうな話なら、いつもならあんなに駄々こねないで、なんだかんだと引き受けちゃうじゃないか」
小夜子:「そーよ。今回の事件だって怪異絡みに決まってるわ。それに、年端も行かない女の子に対してなんなのさ、大人げない。あれじゃユキちゃんがかわいそうじゃないの!」
清鷹:「夢を見ちまうだろ」
小夜子:「へ?」
清鷹:「(溜め息)……どーにも、あの年頃の娘は苦手なんだよなァ……見たかよ、あのキラキラした目」
清鷹:きっと先の大戦じゃ、十歳かそこらん時に空襲に怯えて怖い思いもしたろう。親父か兄貴か、あるいは親戚だって戦死してるかもしれねえ。――なのに、あの目にゃ希望が宿ってやがる」
小夜子:「…………」
清鷹:「おそらくこの事件、解決したところで誰の得にもなりゃしねえ。良い夢ってのは、覚めた後にゃガッカリするもんだ。そいつが良い夢であればあるほど、その度合いはでかくなる」
清鷹:「後でツレェ現実を叩きつけるのが目に見えてるってのに、わざわざ良い夢見させるほうが酷ってもんだろうよ」
清鷹:「それに……あんな目で見られちゃ、その希望の灯りを消すわけにゃいかなくなるだろうが」
蒼治郎:「ふふ……優しいねえ、キヨさんは」
小夜子:「ほんと、あんたって昔からそう。不器用にもほどがあるわ」
清鷹:「うっせ、ほっとけ。――んなコトより、件の屋敷ってのはここか?」
小夜子:「ええ。明治に建てられたっていう洋館でね、以前はイギリスの貿易商が別荘として使ってたそうなんだけど、世界情勢がきな臭くなり始めた、昭和十年頃に引き払って以来、誰も使われないままだそうよ」
清鷹:「ふぅん。こんな立派な屋敷が買い手も付かず放置されてるとはねえ……コソ泥だの浮浪者だの、近所の悪ガキ連中だのが根城として使ってそうなもんだが、外から見たところ荒らされてる様子もねえな」
小夜子:「どうも曰く付きみたいねー。例のイギリス人が住んでた頃から、地元ではあんまり良い噂はなかったみたい」
清鷹:「なるほどな……」
清鷹:「――……ッ!?」
ミヨ:うふふふふ――
ミヨ:あはははは――
ミヨ:ねえ、あなたも――
ミヨ:――一緒に遊びましょう?
清鷹:「く……ッ」
小夜子:「どうしたのよキヨ。立ちくらみ?」
清鷹:「んあ、いやすまん。なんでもねえ……どうだ、蒼治郎。なんか匂うか?」
蒼治郎:「うーん。匂うね。正体はわからないが、何か確実に人ではないモノがいたようだ。……それと、複数の子供の匂いも……ただ、どれもかすかに残り香がある程度で、確証はないね。それに、今は何もない。なんていうか、もぬけの殻みたいだ」
清鷹:「…………」
蒼治郎:「キヨさん?」
清鷹:「まあ、いいや……それなら、中に入って確かめるぞ」
* * * * *
雪子:どーん、どーん。
雪子:遠くで、何かがはじける音がしました。
雪子:すると、暗闇の空が、あっという間に、燃えるような茜色に染まっていきました。
雪子:どーん、どーん。
雪子:その音は、太鼓のような地響きを立てながら、だんだんと近づいてきました。
雪子:最初は花火が上がっているのかと思いましたが、そうではないとすぐにわかりました。
雪子:どーん、どーん。
雪子:それはまるで、大きな足音でした。
雪子:天を衝くほど、大きな大きな巨人の足で、今にも踏み潰されてしまうのではないかと、そう思った時でした――
雪子:どかーん!
雪子:今度はひときわ大きな音がして、耳がキーンってなって、あったかい風が、わたしの身体を突き飛ばすようにびゅうっと吹き抜けていきました。
雪子:それから、わたしは――
* * * * *
清鷹:「こりゃあ、確かにもぬけの殻だな。家財道具の一式もすべて持ち出されてる。屋根裏部屋に地下室まで、ぜーんぶからっぽと来やがったか……」
蒼治郎:「うーん。やっぱり、何かが居たっていうのは確実なんだけど、その何かがわからない……なんとも、もどかしい感じだねえ……」
清鷹:「まあ、何かしらのバケモノの痕跡があったってだけでも収穫だ。ああ、ところで小夜子、あの雪子の友達の、ミヨって子の……両親はどうしてんだ。大事な愛娘が行方不明ってのに騒ぎ立てもしねえのか」
小夜子:「それがねぇ……ご両親も兄弟も皆、あの大空襲で亡くなって、ミヨちゃんだけが生き残ったそうなのよ」
小夜子:「それで、その後は親戚に引き取られたそうなんだけど……今思えば、それって全部、ユキちゃんの話だから、裏付けが取れてないのよね……」
清鷹:「おいおい、しっかりしてくれよ、新聞記者サンよォ!」
小夜子:「うっさいわね! そっち調べるヒマがなかったのよ!」
清鷹:「しかし、考えてみりゃ、妙だな……そもそも、雪子の狂言ってことはねェのか?」
蒼治郎:「いいや。あの子は、それほどおかしなニオイはしなかったよ。むしろ、可憐な乙女の良い香りだったなァ……」
小夜子:「ソウちゃんてばたまーに変態さんになるわよね」
清鷹:「昔から変態だろコイツは」
蒼治郎:「酷いなァ。変態ったって、江戸川乱歩や谷崎潤一郎よりゃマシでしょうよ」
蒼治郎:「……あー、でも」
小夜子:「でも?」
蒼治郎:「少しだけ、嘘をついてるニオイはしたなァ」
清鷹:「フン……やっぱりな。あの娘はすべてを語っちゃいねえ。何か、俺らに隠してることがあるハズだ。……今日はもう暗ェ。いったん戻って、明日、雪子を問い詰めるぞ」
* * * * *
雪子:「ミヨちゃーん! どこにいるのー?」
ミヨ:「フフフ……わたしはここよ、ユキちゃん」
雪子:「どこ? どこなの? ミヨちゃん……わたし、さびしいよ。ミヨちゃんがいなきゃ、わたし……」
ミヨ:「わたしもよ、ユキちゃん」
ミヨ:「わたしも、ユキちゃんがいなきゃさびしい」
ミヨ:「だから、早くわたしを見つけて」
ミヨ:「そしたら、いつまでもずうっと、一緒に遊びましょ――」
雪子:「ミヨちゃん! ……ミヨちゃん!」
雪子:「あ!」
雪子:「ミヨちゃん、みーつけた――」
* * * * *
清鷹:「――何ィ⁉ 今度は雪子の姿が消えた⁉」
小夜子:「そうなのよ。ユキちゃんの家を訪ねたら、昨日から帰ってきてないって……それで、ゆくゆく話を聞いてみるとね、応対した女性は、ユキちゃんの叔母さんらしくて……例のミヨちゃんの話、覚えてるでしょう?」
清鷹:「ああ、空襲で焼け出されたってやつか」
小夜子:「あれね、そっくりそのまま、ユキちゃん自身のことだったみたいなのよ」
清鷹:「……なるほど、これで合点がいった」
蒼治郎:「何かわかったのかい、キヨさん」
清鷹:「あの子が何故、あんなにも〝希望〟を持っていたのか……何故、あんなに〝ミヨが生きているんじゃないか〟と確信を持っていたのか。……最初に、そこをもっと問い詰めるべきだった」
小夜子:「ちょっと、どういうコト?」
清鷹:「ミヨになんて娘は、最初から〝現実〟には存在してねえ。雪子は夢の中で、自分とよく似た境遇の女の子と遊んでたんだ」
小夜子:「じゃあ、行方知れずのミヨちゃんを探してくださいなんてのも……」
清鷹:「ああ。おそらく雪子は、夢と現実とがごちゃまぜになっていたんだろう。要するに、夢の中でしか存在していなかった友達を、現実で探そうとしていたわけだ」
蒼治郎:「そりゃ見つかるわけないよねえ。現実にいないんだから」
清鷹:「そして、ここが
小夜子:「夢魔?」
清鷹:「ああ。基本的に夢魔ってやつァ、自分の好みの標的に取り憑いて悪夢を見せ、精神を衰弱させながらその生気を吸い取り、やがて死に至らしめるって輩だ。あるいは、淫魔――いわゆるサキュバスやインキュバスなんてのも、大雑把に言えばその仲間だな」
蒼治郎:「それで言うと、泉鏡花の『高野聖』に出てくる女も、夢魔の一種なんだろうね。交わった相手を獣に変え、終わらない夢を見せ続けるなんてのは」
清鷹:「そうとも言えるかもな。だがまあ、今回の件で言うなら『ハーメルンの笛吹き』に近ェだろう」
小夜子:「それって確か、
清鷹:「その通りだ。一説によりゃあ、その男が用いたのは、集団催眠だと言われてる。だが、年端も行かねえ子供ばかり夢を見せて攫ってくってのは、目的は違えど似てやしねえか?」
小夜子:「じゃあ、神隠しが頻発していたのも、ミヨちゃんという夢魔の仕業?」
蒼治郎:「そうか、あの屋敷に子供たちの残り香があったのもそれか」
清鷹:「ああ、そういうこった。ミヨという夢魔が、あの屋敷を根城にしてたのは間違いねえ。あいにく、俺らが訪ねた時には留守だったようだがな」
蒼治郎:「そいつはずっと、雪子ちゃんに取り憑いていたわけだもんね。……まあ、相手が妖怪や魔物の一種じゃ、普段の僕の鼻が通じないのも仕方ないか……」
清鷹:「安心しろィ。普段はアレでも、いざとなった時のお前ェには、いつも期待してるからな」
蒼治郎:「酷いなあキヨさん、それって普段の僕は役立たずと言ってるようなもんじゃないか。……けどさ、あの子に夢魔が取り憑いてたってんなら、キヨさんならわかったんじゃないのかい?」
清鷹:「……それが引っかかるんだ。確かに、怨霊が取り憑いてたり、何らかの霊障が生じてたりすりゃ、すぐにわかる。だが、あの子には、そんな様子はこれっぽっちもなかった」
清鷹:「あの屋敷の痕跡と雪子の話、そして神隠しにあったという子供……ミヨが夢魔ってなァ、そうした状況証拠をすり合わせて出した推論でしかねえからな……」
小夜子:「それじゃあ……そもそも、神隠しに遭った子供たちはどうなったのよ?」
清鷹:「俺の見立てが間違ってなきゃ……残念だが、おそらくとっくのとうにミヨの養分だろうよ」
小夜子:「ってことは、ユキちゃんも……!」
清鷹:「ああ。小夜子、蒼治郎、ちゃちゃっと準備しろ。雪子が養分にされちまう前に、急ぐぞ!」
* * * * *
清鷹:「――どうやら、今度はご在宅だったようだな」
小夜子:「見て、キヨ! 部屋の中にユキちゃんが倒れてる!」
蒼治郎:「待って、小夜子さん。……おいでなすったようだよ」
小夜子:「何もない空間から、女の子が……!」
ミヨ:「フフフ――ようこそ、いらっしゃい」
ミヨ:「アナタたちも、一緒に遊びましょう?」
清鷹:「……お前が、ミヨか。おい、一度しか言わねえぞ。雪子を解放しろ」
ミヨ:「どうして? ユキちゃんは、わたしと遊びたいのよ?」
ミヨ:「なのに、あの子の望みを邪魔するの?」
清鷹:「ああ、そうだ。雪子がどんなに手前ェと遊びたいと言ってもだ。俺らのような大人には、悪い友達とは遊ばないように連れ帰る義務がある」
蒼治郎:「その通り。お巡りさんとしての職務を果たさせてもらうよ」
清鷹:「蒼治郎、気をつけろ。ヤツァ、精神に攻撃してくるぞ」
蒼治郎:「大丈夫。そろそろ本気出すからね、僕も」
ミヨ:「そう。どうしても邪魔をするのね」
ミヨ:「それなら、アナタたちも――」
ミヨ:「夢の中に囚われてしまえばいいッ!」
蒼治郎:「おっと――おあいにくだけど、僕にはそういうのは通用しないんだ」
ミヨ:「なんで……?」
ミヨ:「なんでなんともないの……?
ミヨ:「ただの人間なのに……?」
蒼治郎:「ただの人間? 違うよ」
蒼治郎:「僕は――人狼だ」
ミヨ:「……ッ!?」
蒼治郎:「半人半狼……この姿になった時の僕は、ちょっと手加減できないから――覚悟してね」
ミヨ:「生意気な犬……」
ミヨ:「お仕置きが必要ね……」
ミヨ:「――さあ、出てきなさい」
小夜子:「あっ! 同じ姿の女の子が、六体も……!」
清鷹:「ああ。……あの野郎、自分の分身をも操れるのか」
ミヨ:「やってしまえ! ――あいつを、殺せ!」
小夜子:「あっ、ソウちゃん!」
蒼治郎:「――大丈夫、任せて」
蒼治郎:「
ミヨ:「な……ッ」
蒼治郎:「フッ……ま、ざっとこんなもんだね」
ミヨ:「どうして……アナタも、人ならざる者なのでしょう?」
ミヨ:「ならばどうして、人の味方をするの?」
蒼治郎:「人外が人の味方しちゃいけないなんて道理はない。誰にだって、好き嫌いはあるだろう?」
蒼治郎:「僕は、人が好きなんでね。だったら、味方してもかまわないだろうサ」
ミヨ:「……そう。なら、アナタが好きな、その〝人間〟が死ぬのを、指をくわえて見ていなさい」
蒼治郎:「――貴様ッ!」
ミヨ:「動くな、犬。――動いたら、あの娘も殺す」
小夜子:「あっ、雪子ちゃんを、人質に……!」
ミヨ:「フフフ……いっぱいいっぱい、苦しめながら殺してあげる……」
清鷹:「小夜子、下がってろ!」
蒼治郎:「まあ……キヨさんのことなら心配してないけどネ」
ミヨ:「なに……ッ?」
清鷹:「薬師如来に
ミヨ:「――あッ⁉」
ミヨ:「がッ……ああああああああッ⁉」
蒼治郎:「人呼んで、〝
蒼治郎:「かつて欧州から伝来した〝吸血鬼〟退治の技法、祝福された銀の杭に、陰陽術や真言密教の呪法を独自にブレンドした、退魔の技術」
蒼治郎:「そいつは洋の東西を問わず、どんなバケモノにも効く、キヨさん自慢の特効薬ってわけだ」
清鷹:「今の内だ、小夜子! 早く雪子を!」
小夜子:「ええ!」
雪子:「――ゴフッ」
小夜子:「え……ユキちゃん……?」
清鷹:「なッ、馬鹿な……何故、雪子が……ッ」
雪子:「み……ミヨ……ちゃん……」
ミヨ:「嗚呼……ユキちゃ……ん……――」
雪子:「ふふ……ねえ、ミヨちゃん……もう、絶対に……離さないからね……これで……わたしたち、ずっと……ずーっと一緒だね、ミヨちゃん……」
清鷹:「こいつは、違う……ミヨが取り憑いていたんじゃねえ……雪子が、雪子自身が、ミヨを生み出していたんだ……――ああ、だからか。だから、気付けなかったんだ、クソ……ッ」
雪子:「いっしょ、だよ……ミヨ……ちゃん……――」
小夜子:「そんな、ユキちゃん……ユキちゃん……!」
蒼治郎:「ああ、そうか……雪子ちゃんの内に秘められていた力と、あの子の無意識の願望が結びついた結果、あの子自身がバケモノになってしまっていたんだね……その時点でもう、雪子ちゃんは……」
小夜子:「そ、そんなことって……そんな……」
蒼治郎:「小夜子さん……」
清鷹:「だから言ったんだ。この事件、解決したところで誰の特にもなりゃしねェと……ああ……いや、ただ一人だけ、雪子だけは、満足だったのかもな……」
清鷹:あの目は……あの希望に満ちた目は……ミヨに向けられていた。ミヨと共に生きること。それがあの子の、雪子の〝希望〟だったのだ。
清鷹:戦争で親兄弟を失い、友達も誰一人いなかった雪子が望んだ、唯一無二の親友――ミヨとの穏やかな日常を……あの子は、ついに叶えたのだ。
小夜子:「ねえ、キヨ。……ユキちゃんは……ミヨちゃんと一緒になれて、幸せだったのよね……?」
清鷹:「ああ。そうだな……」
* * * * *
ナレーション(蒼治郎):それから数日後。
ナレーション(蒼治郎):そんな事件があったことなど、市井の人々はつゆ知らず。
ナレーション(蒼治郎):東京の街は、まるで何事もなかったかのように、相変わらずの喧騒を続けていた。
ナレーション(蒼治郎):「俺ァ、希望に満ちあふれたキラキラした目が苦手だ」
――清鷹の回想ここから
兵士(蒼治郎):『陽神伍長殿。自分は故郷(くに)に婚約者を残してきてるんです。だから、どんなことがあっても、必ず生きて帰ってやりますよ。希望を捨てない限り、俺は絶対に死にはしません!』
――清鷹の回想ここまで
清鷹:「ったく、馬鹿野郎が。できもしねえ約束を口にして、そんな目で見てくんじゃねえよ」
小夜子:「――キヨター! キヨタいるんでしょー? あのね、この子がね!」
清鷹:「うるせえ! 〝カ〟を付けやがれ、小夜子!」
蒼治郎:「なんだいなんだい、また今日も賑やかだねえ。おや、これは可憐なお嬢さん。何かお困りでしたら僕がお話を――」
清鷹:「手前ェ、蒼治郎! 勝手に話を進めんじゃねえ!」
清鷹:そんな風に今日もまた、希望の灯りを、その目に宿した客が来る。
清鷹:そして、俺ァ何度も何度も、また懲りずに話を聞いちまうわけだ。
清鷹:だってよ。あんな目で見られちゃ……
清鷹:今度ばかりは、今度ばかりは守ってやらにゃと……
清鷹:できもしねえことを、夢見ちまうもんなんだよ。
清鷹:ったく、そいつは――
清鷹:――俺にとっちゃ、〝希望という名の悪夢〟に過ぎねえのさ。
〈了〉
闇夜の歌声-異聞・昭和幻想奇譚-(声劇シナリオ) 島嶋徹虎 @shimateto
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