鹿村ショートショート

@kamura_1905

人類皆完全体

天界では顔が丸く白髪の神様と長い顔をした茶髪の神様が酒を片手に何やら話していた。

茶髪の神様が白髪の神様に言った。


「聞いてくれ。俺が20万年前に創った人類がかなりいい感じに育ってきたんだ。俺はあえて様々な試練をこいつらに与えてきたが、全て乗り越えてきやがった。飢餓や疫病、そして戦争。世界規模の戦争も3回やって壊滅寸前にもなったが、破滅するどころかどんどんどんどん進歩しやがる。」


「あぁ、そうだな。お前が創った人類はこれで恐らく28作目だったが、この世代はお前の最高傑作だと言えるだろうな。」


「あぁ、そこでだ。俺もそろそろこいつらに対して何らかのご褒美を与えないと行けないと思ってな。こいつらを『完全』な人類まで成長させてやろうかと思う。今までだいぶ割を食ってきたんだ。もう美味しい思いをしてもいい時期なんじゃないかと思ってな。」


「ほう、そいつは面白いな。けどどうやって?」


「実はな、『赤い雨』というのをこの前、赤い長髪の神が作ったんだ。こいつを地球に降らせば、人類は俺たち神に近い『完全な存在』になることができる。年老いることもなく死ぬこともない。皆自分が望む容姿になれるし、腹が減る事もなく、睡眠も必要がなくなる。更に、この世のあらゆるものが誰でも無限大に手に入れられるようにする。それで富の格差も無くなり、争いも消える。いわば、人間世界のありとあらゆる悪い概念がごっそりと消え失せるわけだ」


「それはいい。では早速その『赤い雨』を赤髪の神に使わせてもらえるよう頼みに行こうじゃないか」


二人は、山の麓の湖に住んでいる赤い長髪の神のもとを訪れた。二人は、茶髪の神の計画を赤髪の神に伝え、『赤い雨』を借りようとした。話をひと通り聞いて、赤髪の神は訊いた。


「貸すのは別にいいのだけれど、それは本当に人類が望んでいる事なのだろうか」


それを聞いて茶髪の神はむっとした。


「望も何も、これこそが至高の幸福だ。こいつらを創ったのは俺だし、こいつらが何を欲しているのかは俺が一番わかっている。お前がそんなに疑うのなら、本人たちに直接聞いてやったっていい」


そして、茶髪の神は下界に降りて、地球の各国の大統領や、王様、総理大臣のようなリーダーに直接この計画を話し、彼らがが望むのなら、すぐにでもこの計画を実行に移したいと伝えた。


各国のリーダーたちはこぞって茶髪の神の言うことに対して賛同した。断る理由は全くもって無かったのだ。これで自国の抱えている全ての問題が解決される。飢餓や貧困、病原菌、戦争など、長年人類を苦しめてきたものからやっと解放される。やっと人類は『完全』な存在になれるのだ。リーダーたちは、国民の意見を無視するわけにもいかないので念のために国民投票を各国でとり行いたいと茶髪の神に申し立てた。茶髪の神はそれを承諾したが、その必要は全く無かった。どの国でもその素晴らしい計画に対して反対するものはなかった。全世界で、全人類がこの神の甚大な慈悲に対して感謝した。そして、完全なる世界、人類の到達点を夢見てその『赤い雨』を待った。


茶髪の神は天界に戻り、誇らしげな顔で赤髪の神に言った。


「ほら見たか。これが俺の創った人類の総意だ。」


「そうみたいだね。いいよ。ちょっとした趣味で作ったものだし、これでどうなろうと僕には興味も関係もない話だ」


次の日、全世界で赤色の雨が降った。


老人は若く逞しい姿になり、貧しいものは求めていた食料や衣服が無限に手に入り、自らを醜いと蔑んだ者たちは絶世の美男美女となった。全世界の人類全て、欲しいものが手に入り、成りたいものに成ることができ、全知全能の力を手に入れた。皆思慮深く、そして他人に対して羨むことも奪うべきものもなかった。全てそれらを自分で手に入れることができたからだ。不老不死になり病気になる事もなく腹が減る事もないので、食事は純粋なエンターテイメントに成り下がった。「生きるために必要なもの」という概念はなくなり、「生きるのに必要でない」エンターテイメントに人々は生きるようになった。労働はなくなり、眠る事なく、年がら年中歌い、踊り祭り事などをして過ごした。人類はこの与えられた幸福を噛み締め、神に感謝した。ようやく、地球に人類の望んだ『完全』な世界が訪れたのである。


1年後、地球の人類は滅亡した。


全て自死によるものだった。人類は不老不死になったはずだったが、与えられた知能で高性能の「自殺薬」を作った。これを飲めば従来の死とは違うが身体の機能を永久に停止することができ、そしてそれは不可逆だった。


集会所で一部始終を鑑賞していた神々は驚愕した。なぜこんな事になってしまったのかが全く理解できなかった。蒼白になっている茶髪の神に対して赤髪の神は言った。


「自分が本当に何を欲しているのかなんていうのは、その本人にだってわからないもんさ。」


茶髪の神はハッとしたような表情を浮かべ、肩を落として集会所を離れた。


茶髪の神は川のほとりにある家に2000年引きこもってしまっていた。心配になった白髪の神は、茶髪の神が気に入っていた地球の酒を持って見舞いに行った。家に着くと茶髪の神は寝込んでいたようだったが、白髪の神と知ると家に招き入れた。


酒はいらないといい。二人分のコーヒーをいれた茶髪の神がテーブルについて言った。


「わかったんだ」


「何を?」


「俺の判断が何故、俺の子供たちを殺す事になってしまったかだ」


白髪の神は黙って、茶髪の神の言葉を待った。


「俺は俺の子供たちを長い間、『不完全』な世界におきすぎたんだ。20万年という長い期間を彼らは内在された不幸と共存させててしまった。彼らは優秀だった。なんせ俺が作ったのだからな。ただ、優秀すぎて自分達の『不完全』さを材料として、幸せを感じることができるように自己プログラミングするようになっていったんだ。手元の幸せよりも自分の持っていないものに対して強く幸福を感じるようになってしまっていたんだ。彼らはそれを『夢』や『希望』なんて呼んでいたがね。」


「甚だ信じ難いことだ」


「俺たちのようなずっと『完全』だった者からすれば、信じられない話だと思う。けど人類はずっと大きな悲しみや不幸の中で生きてきたんだ。その中でも生きていくために自分が持っていないものに対して喜びを見出すようにいつしかなってしまった。『赤い雨』で確かに人類は『完全』になれたさ、だがそれは同時に進歩の終わりをも意味するんだ。彼らにとっては進むべき道を急に閉ざされたようなもんさ。そこで自ら作った生きる術がじわじわと今度は毒として作用してしまったのだろう。」

茶髪の神はそう言って、またベッドに潜りこみ突っ伏して寝に入ってしまった。


夜も更けてきたので、白髪の神は帰ろうと玄関に向かった。


「あまり気にするなよ。お前は今までに何回も人類を創ってきたじゃないか。また新しい、今回はまた同じ失敗をしないようなモデルを作ればいい話だろう」


茶髪の神は布団に顔を埋めたまま言った。

「、、、俺はあいつらが好きだったんだ。最後には愚かな決断をしたものだが、今思えばあいつらのそういったところも愛すべきところだったんだ。もう、彼らに代わるようなものは俺は作れないよ」


白髪の神は茶髪の神の家を後にした。


その後、茶髪の神をの姿を見たものは一人もいなかった。





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