第22話 埋蔵金のゆくえ
次の日。
朝早く、風人と酒匂、真木とその母が旅館を発とうとしていたとき、駐車場の前の道路に一台の車が止まった。
ドアが開き、小走りに風人のもとにやって来た塩田が、いきなり風人の頬を平手で打った。
唖然となる風人の前で塩田は泣き崩れながら、
「あなたさえ来なければ、圭子ちゃんの命は救われて、寺島さんの思いは報われたのに」
と言った
「誰を思ったにしても、寺島さんのやったことは殺人なんです」
風人は静かに言った
「でも!!」
塩田はまた泣き崩れた。
「僕もこれほど自分の推理が当たらないほうがよいと思ったことはありませんでした」
その言葉を聞いた塩田が一瞬キッと風人を睨んだが、すぐにまた泣き崩れた。
泣き崩れる塩田を優しく包むように風人が訊く。
「塩田さん、ひとつ聞きたい事があります。何故、寺島さんの殺害した相手は赤木さんだったのでしょう?自殺を隠すためだというのはわかります。でもそれだったら事故にみせかけての自殺でも良かったような気がする。寺島さんは赤木さんにかなり強い殺意を抱いていたように思えます」
「赤木が、ひと月前、こてつを轢いたの」
赤く腫らした目から涙が零れ落ちる。
「こてつとは、写真の寺島さんが抱いていた犬ですか?」
「そう。鎖が外れ、道路に飛び出したこてつを、通りがかった赤木が轢いたの。そして、立ち尽くしている寺島さんに、死んだこてつを投げてよこしたと聞いたわ」
「———」
「その上、俺の車が汚れたと罵ったの。こてつは、入院している圭子ちゃんと寺島さんをつなぐ絆みたいな存在だったのよ。圭子ちゃんはまだこてつが死んだことを知らないの」
塩田の静かな怒りが潮が満ちるように強くなっていく。そして、怒りは再び風人へと向かった。
「圭子ちゃんは全てを失って、しかも手術を受けることも出来なくて。こんなの誰もうかばれないじゃない。なんて、なんてことをしてくれたのよ」
「塩田さん、これは犯罪よ。殺人と保険金詐欺だわ」
真木が割って入った。
「どんな思いがあったにしても、相手がどんなクズだったにしても、人を殺すことは罪よ。まして、目的がどんなであれ、保険金をだまし取ったことになる」
しっかりと塩田を見据え語りかける真木だが
「警察は、正論さえ言えばいいから楽よね」
と塩田は真木の言葉をはねのけるように言った。しかし、睨みつけたはずの真木の目は赤く、大粒の涙をたたえていて、それに気づいた塩田は俯いた。
「寺島さんは最初は自殺するつもりだったのでしょうね。しかし赤木の仕打ちに、彼を利用することを考えついた」
風人が言った。
「あの男にふさわしい最後だわ」
リョーコが小さな声で呟いた。
「すみませーん」
場違いな素っ頓狂な声を上げ、背の高い警察官の制服を着た男が走ってきた。須田だ。
「ふう、間に合った。件の手術費のことなんですが」
息を切らせながら言う須田の言葉を
「もう聞きたくない」
と塩田が遮り、両手で耳を塞いだ。
お構いなしに須田は続ける。
「さきほど、寺島圭子さんを看護しているご友人から電話がありまして、口座に1億円振り込みがあったそうです」
「え?保険金は降りないのでは?」
須田の言葉を確認するように、塩田が顔を上げて訊いた。
「違います。保険金ではなくて、アメリカの銀行から振り込み人不明で、1億円の振り込みがあって。誰からの振り込みなのか銀行に訊いても教えてくれないそうです。ご友人は今回のことをご存知だったので、怖くなって警察に電話してこられたのですよ。振り込み人について塩田さんには覚えはありませんか?」
「いえ、ありません。あるはずないです」
塩田はきょとんとした顔で応えた。
「振り込みには、英語で手術に役立ててほしいと書いてあったそうです。お知らせはしましたが、誰が振り込んだのか調べるのは警察の仕事ではありませんのであしからず」
相変わらず飄々と顔で須田が言った。
「でも、これで圭子ちゃんは手術を受けられる」
塩田は最初、つぶやき、そして嗚咽とともに声にならない声を上げた。真木は皆に背を向けて、空を見上げていた。頬から伝うものがあった。
「なんだろう、神様ってほんとうにいるのかもしれないわね。こんなことって」
現実主義者の真木とは思えない言葉だ。
真木の母、律子は横目で酒匂を見た。酒匂は両掌を上に向け、首を振った。
「俺にそんなカネねえぞ」
風人はふと、ある考えに至ったが、それ以上思考を進めるのをやめた。
「じゃあ、俺は一足先に八王子に帰るからな」
酒匂は風人に抱かれたリョーコの頭を撫でたあと、風人の額を人差し指と中指の二本でぺしんと叩いた。軽いしっぺだ。
「リョーコを離すなよ」
「はい」
レンタカーに乗り込んだ酒匂は鹿児島空港へ向かった。
「真木さんと真木さんのお母様はどうなさるんです?」
「飛行機のチケット、帰りの便を伸ばすことが出来たから、今から指宿に行って一泊。その前に曽木の滝で友達と落ち合うんだけどね。美女三人で砂蒸し温泉よ」
「仕事は大丈夫なんですか?」
「ここ何日かは仕事してたみたいなものだって、伊佐警察署の署長がうちの署長に連絡してくれてね。追加でお休み貰えたの」
「良かったですね」
「日花君はどうするのよ?」
「僕は今から姉と一緒に軽キャンパーで国道3号線を北に上がり、ゆっくり那須塩原へ向かいます」
「その前に、曽木の滝寄って行けば?」
真木はにこにこ笑いながら風人を誘った、
風人は一瞬考えたあと、
「そうですね。昨日はゆっくり見ることが出来なかったし、発電所遺構もまだ見てないですしね」
真木親子のレンタカーと風人の軽キャンパーは曽木の滝へ向かった。
リョーコを抱いた風人と、車いすの律子、それを押す真木が曽木の滝の遊歩道を歩き、岩盤をくり抜いたトンネルをくぐった。湿った古い土のにおいがした。
「この隧道跡は、昔の発電所に水を運ぶ水路だったそうですね」
「観光ガイドブックで読んだのだけど、隧道の向こう側から、思いがけず好きな人が現れたら恋が叶うんだって。素敵な男性現れないかしら」
「栄子、人生そんな都合よくないですよ。ちゃんと地道に出会いをもたないと」
「はーい、お母様」
隧道の向こうから、髪の長い女性がこちらを向いて手を振っている。
どうやら、真木と知り合いのようだ。
その女性が近づいてきた。
大原響子だった。
「響子さん?」
風人の頬に朱が差した。
真木が待ち合わせしていた友人というのは、響子だったのだ。
「いやあ、一時はどうなる事かと思いましたよ」
須田が古い木造家屋の居間で、初老の男が大きな湯飲みで焼酎のお湯割りを飲んでいた。
畳の上に分厚い屋久杉のテーブルがあり、上を見上げれば黒い煤けた梁がむき出しで、とても古い建物だということがわかる。
初老の男は新納正彦だった。
「赤木の奴が財宝を掘り当てるって忠元会を作った時には正直焦ったな」
苦笑いを浮かべながら、新納正彦は湯飲みに注がれた焼酎のお湯割りを飲み干した。
「叔父さんは、あの集まりが埋蔵金をどのようにして探すのか、調べるために入会したんですもんね」
新納が飲み干した湯飲みに須田がお湯を注ぎ、そして焼酎を注いだ。お湯割りを作っている。
「出資金詐欺だとわかってホッとしたよ」
「機械とか使って本気で探されたら、面倒な事になるところでしたね」
「出資金の3百万円はちょっと痛かったぞ」
「嫌だなあ。ちゃんと補填したじゃないですか。あ、出資金がいくらか返ってきたら、その分徴収しますからね」
「ちっ」
新納は苦笑いを浮かべた。
「寺島さんの娘さんの口座に1億円、無事に振り込まれたんだな?」
「はい。取引先のアメリカの銀行から振り込みました。でも良かったんですか?結構な額ですよ」
「寺島家はその昔、新納家の家臣だったんだよ。その家臣の末裔が、新納の宝をわがものにせんとする悪漢を命をかけて退治し、娘の命を救おうとしたんだ。それに」
「それに?」
「あるかもしれないという軍資金が、実は嘘だったと。これ以上ないカモフラージュをしてくれた」
「金塊の三分の一は、まだ洞穴の中ですもんね。アメリカの銀行に預けているのは現金化した分で」
「俺の姉さん、お前の母親も亡くなって、新納の血を引くのは俺とお前だけになってしまったな。俺が死んだら、この埋蔵金はお前が全部管理するんだぞ」
「いやだなあ、今でも重圧に押しつぶられそうなのに」
と言いながら、須田は相変わらず飄々とした表情で笑っている。
「まあ、俺たちが背負った業だからな」
新納が笑った。
「業と言えば、あの腹話術師の青年も大きな豪を背負っているように見えました」
新納は湯飲みをテーブルの上に置くと、テーブルの横の畳の縁を押した。
ガコンと機械音がして、畳が床に落ち込み、RPGゲームのダンジョンのような階段の入り口が現れた。
かなり急な階段だ。
「さて、今日も巡視だ」
新納が階段を下っていく。
「こんなところ、誰も気付きませんって」
須田がしかめ面をして新納のあとをついて階段を下る。
新納と須田は長い階段を降り、地下に大きくあいた洞穴に着き、石を敷き詰めた洞穴にある黒く古い鉄格子をあけた。
そこにはおびただしい量の金塊が―――
そこに僕はいない 天雲宇海 @amakumo
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