第21話 見せられたストーリー(2)

「塩田さんが言ってた、寺島さんの庭の野草はきっとトリカブトのことです。寺島さんは、トリカブトの毒を抽出して、一方フグの毒を手に入れた」

「日花君の推理をまだ良く呑み込めないのだけど、赤木さんのご遺体を再検査ね。しまった、もう火葬許可だしてしまってるかも」

真木は慌てて須田に電話をかけたが、赤木は既に火葬されていた。

「遅かった―――」


酒匂と律子のアラ還ペアを曽木の滝に残し、真木と風人は寺島の自宅への向かった。

既に須田が到着しており、ドアを開けていた。

風人は手袋をするとプラスチックの板を拾い上げ立てた。

コの字型のソファと板で、四角い囲いが出来た。

「やっぱり」

風人は確信を得たように頷いた。

「どういうことなの?ちゃんと説明してよ」

「曽木の滝を見ていて気が付いたんです。あの滝の飛沫を見て、真木さんはドライアイスの煙みたいと言った。その一言で思いついたんです。これはドライアイスを使ったトリックではないかと。そうだったら全ての説明がつくんですよ」

「ドライアイス?」

「そう。ドライアイスで3つのトリックを作った。そう仮定しました」

「睡眠薬は飲まされたのではなく、自ら飲んだ。そして、ソファの下の床に倒れこんだ。ドライアイスは気化すると炭酸ガスになります、炭酸額は空気より重いので、ソファとプラスチックの板で作られた四角い囲いの中に満たされる。濃度の高い炭酸ガスを吸入すると、瞬間的に意識を失う。そしてこの炭酸ガスのプールの中で窒息した。」

「でも、この板をどうやって立てていたわけ?現場検証の時には床の上に横になっていたんでしょう?」

「ドライアイスのかけらを使ったんだと思います。それを使って板を支えた。ドライアイスが溶けてなくなると、板は倒れた」

「そして、身体のあちこちにドライアイスのかけらを、例えば服の胸ポケットとかに入れておいたんです。死亡推定時刻って体温で測るでしょう?」

「発見されたときには体温が下がっていて、実際よりも2時間ほど前に死亡したように見せた」

「僕の推測を時系列で説明します。まず、赤木さんが寺島さん宅を訪れたのは6時30分ごろ。多分、寺島さんから赤木さんに来るよう連絡したんだと思います。うまく話を誘導して、毒入りのお茶を出した。飲んだのが7時過ぎ。この毒についてはまた後で説明します。赤木さんがお茶を飲んだのを確認したあと、忠元会のことを引き合いにだし、わざと怒らせるような事を言った。怒った赤木さんは寺島さんにつかみかかった。これが7時半ごろ。動画のとおりです」

「しかし、実際は、赤木さんは寺島さんにつかみかかる程度、襟首をつかむ程度で終わった」

「僕が最初にいくつか違和感をもった要素のひとつがこの途中で切れた動画でした。赤木さんは、寺島さんを脅すなりして、部屋を出て、自分のレストランに向かった。これがだいたい7時半前だと思われます」

「寺島さんは録画された動画を加工し、赤木さんが寺島さんにつかみかかったところで、それ以降の動画を削除したのですね。ハンカチはあらかじめ自分で唾液をつけたものを用意し隙をみて赤木のポケットに差し込んだのでしょう。テーブルの上のお茶のカップは台所に持って行って、丁寧に洗って、わざと見える場所に置いた。動画が発見されさえすれば、赤木さんが証拠隠滅のために隠したと思われるからです。本当に用意周到なヒトだ」

風人の表情はとても険しかった。

「飲ませた毒というのは?」

「おそらく、というか、これしか方法がないのですよ。毒はトリカブトから抽出したアコニチン。そしてフグの毒のテトロドキシンです」

「それ、聞いた事があるわ」

「アコニチンとテトロドキシンはどちらも猛毒ですが、お互いを打ち消す性質があるんです。しかし、テトロドキシンの方が体内で早く分解されてしまう。そのため体内での均衡が崩れ、アコニチンの毒が顕現する。これがだいたい1時間半から2時間」

「寺島さんはその話を知っていた。そして、自分で抽出する技術をもっていた。これはあとで調べればわかることだと思います」

「寺島さんは睡眠薬を多めに飲み、効いてきた頃に床の上に横たわり、自分の上にドライアイスを置いた。これが8時頃です」

「7時頃に寺島さんが精製した毒を飲まされた赤木さんは、1時間半から2時間後、8時半ごろに効果が表れ始め、9時ごろ僕たちの前で一見心筋梗塞を起こしたようにして亡くなった。一方、寺島さんは、8時頃に亡くなったけれど、ドライアイスで体が冷えて、死亡推定時刻は2時間さかのぼって6時ごろと推定された」

「なるほど、というか、何よそれ」

真木の顔が青ざめていた。

「すべての出発点は、娘さんの心臓移植手術の経費を保険金で賄うためです」

「1億なんてお金、そう簡単に稼ぐ方法なんてないものね」

「仕上げに、寺島さんは自分の死体を発見させるために、22時頃来るように商工会の友人を家に誘っているんです。ドアをあけたままにして、自分を発見させるために」

「その友人、自分の店を9時頃閉めるから、時間的に適任だと判断したのでしょう」

「ということは」

真木の顔が険しくなった。

「そう、殺害されたのは赤木さん、殺害したのは寺島さん」

「中庭に出てみますか?」

須田が寺島宅の中庭を案内した。

細い雑草、カヤツリグサが茂り、ところどころにタンポポの葉もあった。

中庭の一角の草の生え方が少し他の場所より緩慢だ。風人は念入りにそこを調べ、小さな扇型の葉を見つけた。

「ありました。トリカブトです」

小さな声で呟き、風人はそこに跪いた。

「推理が当たってしまった――」


須田の電話が鳴る。

「もしもし、はい。須田です。え?赤木さんの血液が保存してあった?日高先生がとっておいてくれたんですね!助かります!」


赤木の血液は緊急に県警本部の鑑識に送られた。その日の夜には、トリカブトの毒アコニチンと、また微量であるがフグの毒のテトロドトキシンもが検出されたとの報告があった。

また、寺島が数日前に福岡にトラフグを数匹買い付けに行っていたこともわかった。寺島のリビングの横の隠し部屋には、研究施設にも似た、抽出機器が揃えてあった。

寺島は鹿児島へUターンする前は国内の製薬会社に勤務していた。友人の忘れ形見の娘が少しでも環境の良いところで暮らせるようにとの配慮からであった。

しかし、娘の心臓病はよくなるどころか進行し、結局東京の病院に入院することとなった。

手術費を賄うためにはどんなことだってする、そう、寺島は決意したのだ。

血液からテトロドキシンが検出されたという報告をうけ、風人は唇をかみしめた。

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