第20話 見せられたストーリー
目の細い、背の高い白髪交じりの短髪の男と、額の広い白髪の恰幅が良い男が、伊佐警察署を訪れていた。
背の高い男は紺色のスラックスに、ベージュの作業服を着ている。作業服の下は白いカッターシャツにネクタイを締めていた。
額の広い白髪の男は、厚手の生地のジャケットに灰色のスラックスを着ていたが、どちらの生地も高価なものだ。
背の高い男の名は新納正彦。伊佐市役所の企画政策課長である。額の広い男は伊佐市商工会会長の中村修一であり、二人は忠元会のメンバーでもあった。
「亡くなった赤木さんが主宰していた忠元会という集まりがありまして、どうやらそれが詐欺らしく、、、私たち二人をはじめとして6人がお金をだまし取られたみたいなんです」
ことの次第を受け付けた女性警官が、新納と中村を廊下の奥の相談室へ通した。
「自分が詐欺に引っかかるなんて思ってもみなかったですよ」
新納が頭をかいた。
「夢のある話だと思ったんだけどなあ」
中村は呆れたような少し寂しそうな顔をした。
「被害の全額はどれくらいなのですか?」
女性警官が聞く。
「私たち6人が300万円ずつ出資しています。合計で1800万円。ひょっとしたらまだほかにも出資した人がいたかもしれません」
須田が答える。
「詐欺でカネをだまし取られたという事もショックだが、新納忠元の埋蔵金が無かったということもショックだったなあ」
中村は下を向いた。
「赤木さんは、集めたお金を店の運転資金に回していたようですね。少し前から怪しいという話はあったのですが、まさか本当になるとは」
新納が言うと、
「詐欺で騙される人は皆さん同じことをいいますよ」
女性警官が窘めるように新納に言った。
「私は市役所で消費生活担当もしていたんですけどね。自分が騙されたなんて恥ずかしくて」
新納は頭を掻いた。
「金は回収できるのかな」
中村は力なく言った。
「被疑者死亡なので本人の罪を問うことは出来ませんが、民事にかけて債権回収するしか手がないでしょうね」
「そうだろうなあ」
「参りましたね」
二人とも半ばあきらめ気味だ。
「ほかの方々はどんな感じなんですか?」
女性警官が尋ねた。
「騙されて金をとられたという怒りより、この話自体が嘘だったことに落胆していますね」
新納が言った。
「この話というのは」
「新納忠元の軍資金が忠元公園の下に眠っているという話ですよ」
新納が答えると、
「はああ」
と中村が大きなため息をついた。
そこへ真木と風人を連れた須田が帰って来た。
「ちょっと面倒臭いことになってきましたよ」
面倒くさい、という割には須田の目は輝いている。
「どうしたの?」
話かたから、どうやら須田よりも女性警察官の方が先輩らしい。
「一昨日亡くなった寺島さんは、同じく一昨日亡くなった赤木さんに殺害されたようです」
「え?」
「状況を説明できるものがつぎつぎ見つかって」
「こっちはその赤木に騙されたって人たちが来てるのよ。出資金詐欺で」
「とんでもない悪党だったんですね、赤木さん」
「料理はおいしかったんだけどねえ」
「食べに行ったことあるんですか?」
「あるわよー。でも店長が愛想悪いというか口が悪くて、最近客が減っていったからね。ところで、証拠というのは確かなものなの?」
「死亡推定時刻と、写っていた動画から間違いないでしょうね。赤木が証拠を隠そうとした形跡もありましたし」
とは須田の説明だ。
「ふたつの罪を犯して、そのまま死んじゃったわけね」
女性警官は呆れ顔だ。
「寺島さんが殺害されたとなると、さぞ無念だったことでしょうね。裁いてもらうにも、被疑者は既に亡くなっていますから」
「被疑者が死んでしまっては刑事訴訟法第339条第4号から、訴訟条件を欠くと判断して、不起訴裁定書を作成して不起訴処分になってしまう。結局、被害者の皆さんが、債権をもつ赤木さんの親族を民事で訴えるしかない。しかし赤木さんは身寄りがないから民事執行法で強制執行でしょうね」
女性警官は、中村と新納に向かって言った。
「被害者の会を設置しなくちゃですねぇ」
と須田が付け加えた。
須田の見解では、忠元会の資金については、民事執行法でいくらか残っている赤木の口座を差し押さえ、出資者に分配されるだろうとのことであった。
寺島さんの殺害については、寺島さんの親族が民事訴訟をおこさなければならないが、娘は心臓病で入院中であり、父親も身体が弱り入信しており、民事裁判を起こすのは事実上不可能であろうということだった。
翌日、真木栄子と日花風人、真木律子と酒匂良蔵の4人は、伊佐市の曽木の滝を訪れていた。滝全体を見渡せる二階建ての展望台から滝を見ることが出来る。
「うわああああ、日本にこんな滝あったの?!」
と歓声を上げたのは真木である。
「百聞は一見にしかずですね」
風人も眺めに見入っている。
「ここまで水しぶきが飛んできそうよ」
とはリョーコ。
「水しぶきがドライアイスの煙のように滝つぼに漂っているじゃない」
真木が滝に見入ったまま言う。
「ほんと凄い眺め。死んだ夫は私にこの滝をみせたかったのね。あなたありがとう。願いがかなったわ」
真木の母、律子もうれしそうだ。
「何よ、のんだくれだけリアクション薄いじゃないの」
風人の懐のリョーコが、展望台の手すりに身を預けて滝を見つめている酒匂に言った。
「俺の親はこのへんの出身なんだよ。だから子供のころ何度も連れられてきたことがあるんだ」
酒匂の場合は感動ではなく昔を思い出し感慨にふけっているようだ。
「そうそう、塩田さんから連絡あったわよ。保険会社から電話があって、寺島さんは高額な生命保険に加入していて、受取人は娘さんに設定されていたんだって。自分に何かあった場合、娘は入院しているので、塩田に相談してほしいとのお願いされていたそう。金額から、心臓移植の手術費と渡航費用が賄えるそうで、塩田さんは涙ながらに話していたわ」
「そうですか」
「事件解決の糸口をみつけた本人があまり嬉しそうじゃないわね」
どこか沈んだ顔の風人に真木が言った。
「あれは僕でなくても、誰でも見つけることが出来ましたよ。問題は、殺害された可能性があるかないかの思考的な分岐点に立てるかというだけで」
と言ったところで風人は考え込んだ。
「塩田さんに会ってるから、殺害された方向で考えることが出来たものね。状況を考察できるものも、まるで筋書きを作ったみたいに順番に見つかったしね」
「そう、ですよね」
「娘さんの手術も出来るみたいだし、亡くなったのは残念だけど、結果的にみたら寺島さんの願いがかなったわけじゃない」
風人は黙って真木の話を聞いていた。
「ねえ、どうしてこんな平地にこんな大きな滝が出来たのかしら」
律子が酒匂に尋ねた。
「伊佐盆地はもともと大きな湖だったらしいんだ。それが地殻変動で、この辺の岩盤が崩れて滝になったって聞いたぞ」
「自然のダムが崩れたんだ。崩れなかったら、ずっと湖のままで盆地に水が溜まっていたわけね」
律子はふむふむと納得。
「この滝は、今も少しずつ川上に向かって前進しているんだぜ」
酒匂が言うには、岩盤の川底が流れる川の水に寝食されて崩れ、滝が前進しているというのだ。
「あ!」
風人が叫んだ。
めったに物事に動じることのない風人が、大きな声を出したことに皆驚いた。
「どうしたの?」
真木が問いかけた。
「真木さん、これはいけない。僕たちは嵌められたんだ。うまく誘導されて、あの人の計略の駒にされてしまった」
「どういうこと?あの人ってだれよ?」
いまひとつ緊張感のない顔で真木が風人に問う。
「赤木さんは寺島さんを殺害していない」
一方、風人の表情はかなり険しいものになっていた。
「え?でも状況証拠はいろいろでてきたじゃない」
「僕たちがみつけたひとつひとつの証拠は寺島さんが用意したものだったんです。寺島さんが赤木さんに殺されたと思わせるための」
「じゃあ、誰が寺島さんを殺したの?」
「寺島さんは自殺です。」
「自殺?」
「それだけじゃあない。寺島さんは赤木さんに殺されたように見せかけて、実は寺島さんが赤木さんを殺したんだ」
「ちょっとまってよ。寺島さんの死亡推定時刻は6時ごろよ。赤木さんが亡くなったのは9時半ごろだから、先に死んだのは寺島さんよ?どうやって先に死んだ人間が人を殺すことが出来るのよ?」
「もう一度、寺島さんお部屋へ入らせてもらえますか?」
「意味わかんないよ。ちゃんと説明して」
「真木さんも真実を口にしていたじゃないですか」
「私が?」
「そう。『亡くなったのは残念だけど結果的にみたら寺島さんの願いがかなったわけじゃない』と」
「言ったわよ」
「あの言葉がすべてですよ。寺島さんは娘さんの手術費を捻出するために自殺したんです」
「自殺じゃあ、保険金はでないわよ―――あ!!」
「そう。自殺では保険金はおりない。だから自殺だけど殺されたと見せかける必要があった。なんて事だ。ノイズのないストーリーではなくて、寺島さんがノイズを消したストーリーを僕達に見せていたんです」
「寺島さんは、赤木さんに強い恨みをもっていた可能性があります。そして、あろうことか、自分を殺した犯人としてでっち上げるために赤木さんを殺したんだ」
「言ってる事が意味不明よ。そもそも時系列的に考えて、どうしても無理よ。約4時間も前に死んだ人間がどうやって人を殺すのよ」
「塩田さんが言ってた、寺島さんの庭の野草はきっとトリカブトのことです。寺島さんは、トリカブトの毒を抽出して、一方フグの毒を手に入れた」
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