第19話 現場検証(2)

リビングに戻り、部屋を見渡していた風人が、部屋の屋根の隅に黒い丸いものを見つけた。


「あれはカメラじゃないですか?」


「ここにカメラがあるということは———」


カメラから出ているコードにそって視線を動かしていく。それはピアノの上の黒く四角いコントローラーにつながっていた。


「見守りカメラですね。高齢のお父さんのために付けたものかもしれません。うまくいけばこれに赤木の犯行が写っているかもしれない」


コントローラーにはマイクロSDカードスロットがあった。


須田はすぐさまパトカーに戻り、サーフェス(薄型ノートパソコン)を持ってきた。


取り出したマイクロSDカードをサーフェス(薄型のノートパソコン)のカードリーダーに差し込む。


いくつかあるうちの動画ファイルの一つに事件当日の日付のものがあった。


再生すると、モスグリーンの上着を着た赤木が部屋に入ってきて、椅子に腰かけ暫く話し込んだ後、上着を脱いでソファの空いている座面に置いた。そのあと赤木が立ち上がりテーブルをはさんで少し激しめのやりとりをしている。そして寺島に詰め寄ったところで動画は終わっていた。


「なんで途中で切れたのかしら。でも直接の犯行は写っていないけど、赤木がここに来たことは証明できるわね」


「ううむ、これはほぼ、赤木の犯行とみて間違いないと思いますね」


とは須田。


「確かに、とてもシンプルなストーリーが構成できますね。ひとつひとつそのストーリーを裏付ける状況証拠が出てきました」


 風人はほっとした表情を浮かべた。


「そうだ、赤木が犯人として、死んでしまっている場合、この犯罪はどういう扱いになるのですか?」


風人が真木に訊いた。


「被疑者死亡で不起訴処分ね。書類送検のみになるわ。通常なら被害者の遺族が被疑者遺族に民事裁判起こすのだけど、赤木は天涯孤独みたいだから」


「寺島さんと、寺島さんのご家族は浮かばれないわね。寺島さんのこと好きだった塩田さんも」


とリョーコが言った。


「え?」と真木が驚きの表情に。


「気が付かなかったの?あの思い詰めた顔みて。こっちが『え?』だわよ」


「ぜんぜん」


真木がゆっくり首を左右に振った。


「僕もわかりませんでした」


風人も、興味の対象外、との表情だ。


「貴方たち、頭はいいけれど人として何かが欠落してるんじゃない?」


犬のリョーコに糾<ただ>され、真木は頭を抱え、風人は他所を向いた。須田は吹き出しそうになったがなんとかこらえ切った。




須田は念のためと真木と風人をパトカーに乗せ赤木の店に連れて行った。


赤木の家は、レストランの二階にあった。


立ち入り禁止のテープをくぐり、厚い鉄の扉を開き須田を先頭に部屋に入った。


粗暴な言動からとっちらかったものを想像していたが、赤木の部屋は意外に整理されていた。小さな本棚があって、料理や調理の本が並べられていた。本棚の上には古い写真が置かれていた。真木が気づいて覗き込む。その写真には、大きな白い洋風の屋敷をバックにコック服を着た赤木と黒いメイド服姿の女性が3人が並んで写っており、ひとりは黄瀬祥子であった。


「なんで黄瀬が赤木さんが写ってるのよ?」


真木が呟いた。


「知っている人物ですか?」


須田が問う。


「知ってるも何も、この女はXXウォーターの会長だった黄瀬祥子よ」


「どういう繋がりなんでしょうね」


 風人が呆れた顔で言った。


「同じ穴のムジナってやつよ」


リョーコが呟いた。


リビングの横にオープンクローゼットがあり、茶色いコートとモスグリーンのジャンパーがかけてあった。動画に移っていた服と同じものだ。須田がその上着のポケットを探る。


「ビンゴ!ハンカチありましたよ」


須田はハンカチを透明のジップロックに封入した。


「県警本部に早速送りますね」








初老の女性、真木の母が車椅子に乗り、それを酒匂が後ろから押してゆっくり歩いていた。二人は人吉市の永国寺を訪れている。


永国寺は1408年応永15年に室町時代に建てられた。開山実底和尚が球磨川に身投げした女性の幽霊を描いた掛け軸があることでも有名だ。


門から寺までは段差も少なく車椅子で入れるが、本堂は階段がある。


酒匂は真木の母、真木律子の手をとり、寄り添うように階段を上がった。


「ここにあるという幽霊の掛け軸、見たかったの」


「かかっているのはレプリカだけどな」


「幽霊に脚がないというのは、ここの掛け軸の絵が発祥だっていうから」


「こんなところで、律子と会うなんてなあ」


「私も驚いたわよ。娘にセクハラ発言した男が良蔵だなんて」


「俺は親子にわたってセクハラ出来たってわけだ」


「自慢になってないわよ。栄子は現役の警察官だから、しょっ引かれるわよ」


「わはは」


「ところで、あの男の子だけど、日花って姓だけど由香の子なの?」


「良く分かったな。華がどこぞの芸術家との間に作った子だ。由香は風人を俺に預けたままフランスに渡り、事故起こして逝っちまってよ。」


「本当にそうなの?」


「なんだよ」


「あの子、由香に似てないわ」


「—――」


「どっちかというと、貴島君と涼美に似ている」


「———」


 酒匂の表情から飄々とした、おちゃらけたものが消えた。


 その表情を真木律子は見逃さなかったが、あえて見ないふりをした。


「気のせいね。高校時代の同級生に会って、ちょっとハイになっちゃってた」


「その脚はどうしたんだ。病気というわけではなさそうだな」


「6年前、夫と買い物帰りにトラックに追突されて、夫は即死。私も重傷だったけど、なんとか歩けるまで回復したわ」


「そうか。辛い思いをしたな」


「もう生きていく気力さえなかったけど、栄子もいたしね。こういうのって、時が少しずつ癒してくれるのを待つしかないわ」


「少しだけなら歩けるのか?」


「長い距離を歩かなければ大丈夫」


「どの辺が痛いんだ」


「膝のうえのあたりが、手術のせいでつっぱって痛いのよ。これでも随分マシになったのだけど」


「ん?痛いのは太腿の付け根の辺りなんじゃないか?俺が触診してやるよ」


酒匂は車いすの前に座り、躊躇なく律子のスカートの裾から手を入れて太腿付近に手を伸ばした。


バシーン!と平手打ちの音。左頬に赤い手形がついた酒匂の顔。


「相変わらずね!触診ってあなた精神科医じゃないの!」


「痛ててて、お前のバカ力も相変わらずだな」


と言いながらも真木律子は、ふふと笑った。


「このあと人吉駅のからくり時計見て、明日は、曽木の滝に連れてってやるよ」


 頬に赤い手形をつけたまま、酒匂は律子の車いすを押している。


「そう、曽木の滝が一番楽しみなの。夫が事あるたびに鹿児島の曽木の滝を一緒に見に行こうって言ってたのよね」


「そういえば、娘さんの用事で、指宿行きを急遽キャンセルしたんだってな。まあ俺が言い宿をみつけてやるよ」


「栄子は風人さんと一緒みたいよ。変死事件が一転して殺人事件の可能性が出て来たから、状況を見てもらうって。風人さん賢いのね」


「あの二人、尾道で知り合ったそうだ」


「栄子が人の手を借りようとするなんてびっくりよ」


「風人が他人に興味を示すのもかなり珍しい」


「不思議なものよね。お互いの育てた子が巡り合って協力し合ってる」


「これは運命かもな。律子も旦那をなくして寂しいだろう?俺が連れ合いになってやってもいいぜ」


「冗談はやめて」


律子は笑った。


酒匂はいたって真面目な顔で言う。


「心の隙間も、身体の隙間も俺が埋めてやるから」


 律子の顔に尖らせた唇のまま目を閉じて接近する酒匂。


 ばしーーーん!!


酒匂の両方の頬に赤い手形がついている。


「今度下品な事言ったら、殴るからね!」


「既に殴っていると思うのだが、、、、、」


涙目で頬を手で押さえる酒匂。


「ホント、よく似た親子だよ」

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