第18話 現場検証

「現場見に来る?」


という真木の問いに


「行きますよ!行きますとも!!」


風人はガラになく大きな声で答えた。




場面は変わり、寺島の家。


北欧風の洋風の天井の広い部屋で家具はほぼ白で統一されている。


一階が寺島の居住空間で、二階に父がいたが、父は寺島の急死以前から病気がちで、先週から入院中だという。妻に先だたれ、息子が急死しさぞショックであったろう。しかもご遺体が鑑識に回されたため、葬儀の日にちも決まっていないことなどを須田が説明した。


「ということで、寺島さんの家は彼が亡くなってから誰も入ってきていません」


須田がバックから半透明のビニールの手袋を取り出し、真木と風人に手渡した。


室内にある証拠品などに、彼らの指紋が付くことを防ぐためだ。


平たい形の北欧風のソファの上のクッションが、少しだけ乱れていたが、争ったあとの様には見えなかった。


「大変だったんですよ、いったん心不全で亡くなったと検死結果が出たひとのご遺体を鑑識に回すの」


伊佐警察署の須田は両掌を上に向けて広げておどけてみせた。


「ええと、鑑識での検査結果です。首に小さなうっ血の跡がりました。筋肉の硬直は上腕部に集中。


死亡の直前に両腕に力を込めた可能性があります。死因は窒息死の可能性もありますね」


「何故窒息死とわかるの?」


「窒息されたご遺体には共通の特徴があるそうです」


「なるほど、あ、赤木さんのご遺体も―――」


鑑識に回さなきゃと真木がいいかけたときに


「すでに赤木さんのご遺体も鑑識にかけてあります」


とは須田。常に面倒くさそうな表情をしているが、仕事はきっちり出来るタイプのようだ。


「その結果、寺島さんの直接の死因は心不全ですが、引き金になったのは窒息の可能性もあるということが分かりました。しかも、首の付近に圧迫された小さなうっ血跡が発見されました。軽くですけどね」


「首を絞められた、にしてはあまり強い抵抗ではないですね」


とは須田。


「ここで、寺島さんは赤城さんになんらかの方法により殺された、と仮定します。状況から、寺島さんは仰る通りそれほど抵抗していない。しかしそれは抵抗できない状態にあった、と考えることも出来ますよね」


風人が自分の推測を述べる。


「血液中に睡眠薬の成分は」


との真木の問いに


「検出されましたよ」


と須田が答えた。


「やっぱり」


「寺島さんの死亡推定時刻は何時ごろでした?」


風人が問う


「午後6時から6時30分頃です」


書類を見ながら須田が答えた。


「死亡時刻はどうやって推定するのですか?」


「体温ですよ。寺島さんが発見されたのが午後10時頃。そのときの体温から推定します。発見は死亡後間もなかったので、結構正確にわかったようです」


「第一発見者は?」


「寺島さんの友人の方です。22時頃ここを訪れています」


「その時間にひとの家を訪れるって遅くないですか?」


「同じ商店街仲間だったようですよ。飲食店をやってる方です」


「もし赤木さんに殺されたと仮定すれば、何らかの方法で赤木さんは寺島さんに睡眠薬を飲ませ、朦朧としたところを窒息させた、と推測できますね」


「僕たちが親子劇場の人たちと懇親会やっていて、赤木さんが調理室から出て来たのが9時頃でしたから、彼は寺島さん宅で彼を殺害して、7時半頃レストランに帰ってきて料理を作り私たちに出したということになりますね」


「ヒトを殺しておいて良く平然と料理なんかできるわよね」


腕組みをする真木。


「まあ、これは僕の過程の上での話ですから。心不全自体、血液が身体に回らず酸素欠乏になる症状なので、自分で睡眠薬を飲んで眠っているうちに心不全を起こした、とも考えられます」


「伊佐警察署の見解は、今、日花さんがおっしゃったとおりです。ご自分で亡くなった可能性が高いと」


「そんなに事件にするのが嫌なの?」


とは真木。


「いえ、それは考察すべき事柄ですよ。僕が話しているのはあくまで仮定なので」


風人はたんたんと言った。


「寺島さんはどんな状況で亡くなっていたのですか?」


須田はソファが四角く小さいテーブルを、三方からコの字型に囲んでいて、寺島はソファから落ちて、床で横たわり仰向けで死んでいたことを説明した。




「あの、テーブルとソファの配置はこのままで変わっていないんですよね」


風人は、リョーコを床に降ろし、ソファの下に這いつくばって、ソファの脚部を見ていた。


「頑丈なソファですね。脚部に隙間がない」


「立ち入り禁止にしていましたから、家具は何も動かしていないはずです」


須田が紙に書かれた図面を見ながら言った。


図面には、家具の位置と寺島が倒れていた位置が描かれていた。


「ねえ、このプラスチックの板は何?」


リョーコの鼻先に風人にプラスチックの薄く長い長方形の板があった。


「コの字型のソファの出口のところに伏せてあるんだけど」


40㎝幅の厚さ2ミリ、長さ1.5メートルほどの長方形の板だが、何かに使われた形跡はなかった。


「さあ、なんでしょう。凶器になったとは考えにくいですが」


須田が書類を見ながら答えた。


「ん?あのぉ――。気のせいかもしれませんが、今、このわんこしゃべりませんでした?」


須田がリョーコを指さし目を丸くして真木に訊いた。


「しゃべったら悪い?」


リョーコが毒づいた。


「わあ!」


書類を持ったまま後ずさる須田。


「わんこですよね、普通の犬ですよね?腹話術かなんかですよね?」


「犬ではありません。僕の姉です」


きっぱりと風人が言った。


須田は言葉にこそ出さなかったが「まじか?」という顔をして風人を見、そのあと真木を見た。真木に何かの同意を得る目だった。真木は黙って頷く。




立ち上がると風人はテーブルの上の趣味の良いカップに気が付いた。


「テーブルの上にカップがひとつありますね」


風人はキッチンを覗き、同じカップを見つけると歩み寄った。


「ここにもう一つ同じものがありますね。洗ってあるけれど、来客があったとみていいかな」


風人が言うと


「赤木さんが来ていたらしいわ」


と真木が答えた。


「何故わかるんですか?」


「塩田さんが寺島さんからの当日のメールを見せてくれたわ。今から赤木が来るから、説得してみるって」


「貴重な証言ですね。では、このテーブルに、死亡推定時刻に寺島さんと赤木さんが座っていたということになりますね」


「忠元会の資金は赤木さんが私利私欲のために使っていた、それに気が付いた寺島さんが赤木さんに忠元会の解散と資金を皆に戻すよう迫った」


「以前から寺島さんに資金のことで詰め寄られていた赤木は口止めのために、さも事故死したようにみせかけて寺島さんを殺害した。テーブルに二つカップがあると、自分がいた証拠になるかもしれないと、一つをキッチンに持って行った」


「スムーズなストーリーが出来ました。あとは、そう、赤木さんの持ち物の中にハンカチが布状のものがあるかもしれません。それに寺島さんの唾液がついていたら確定ですね」


「何故?」


「睡眠薬が効いて朦朧となった寺島さんを、窒息させるためにハンカチのようのもので口を塞いだ可能性が高い。ひも状のもので縛ったら跡がついてしまって他殺だとすぐにわかりますからね。僕だったらそうします」


「なるほど」


「ん?あれは」


 リビングから隣の小さな部屋が開いているのが見えた。その先に書斎があり、小さな写真と骨壺があった。写真は二十歳ほどの若い女性と、寺島と、寺島が抱いた柴犬が写っていた。


骨壺には「こてつ」と平仮名の縦書きで名前が書いてあった。




「あの、寺島さんの家族構成ですが、この方は娘さんなのでしょうか?奥さんは早くに亡くなったとか?」


「そうね。でも血はつながっていなくて、この女性は寺島さんの親友の娘さんみたい。小さいころに両親を事故で亡くされて、養女として寺島さんが育てたそうよ。でも進行性の心臓病で今は東京の病院に入院されていて。心臓の筋肉の力が次第に失われていく病気だって。治すには心臓移植しかないそうだけど、渡航費と手術費でとんでもない費用がかかるみたい」


「ところが、寺島さんは、娘さんを受取人にして自分に1億円の生命保険をかけていたんだって。くしくも自分の命と引き換えに娘の命を救うことになったってわけ」


「娘さん、ショックを受けられたでしょうね」


とは風人。


「そうね。でも病気の進行が早くてこちらには帰って来れないらしいわ。」


「この犬は今どこに?」


「多分、この骨壺がこの柴犬くんだと思うの。一応、塩田さんに確認してみる」


「亡くなるにはまだ若いわんこですよね」


「ワタシ、柴犬嫌い。行動が読めないもの。すぐ吠えるし」


写真を見てリョーコが言った。


「姉さんが言うと説得力ありますね」


「ふん」


リョーコがしゃべると、須田は相変わらず驚いた顔で風人を見る。


リビングに戻り、部屋を見渡していた風人が、部屋の屋根の隅に黒い丸いものを見つけた。


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