第17話 酒匂先生(2)

酒匂が部屋の中を見渡しながら訊いた。


「全部で12頭です。一番多いときは20頭ほどいたんですが、里親が決まって貰われていきました」


「ずっと一人でやってらしたの?」


真木が尋ねた。


「ちょっと前まで、親子で手伝ってくれる人たちがいたのですけど、娘さんの方の心臓の病気が悪化して今は入院していて」


「これだけの施設をひとりで切りまわすなんて、とても大変なことだよな」


酒匂が部屋の中を見回しながら言った。


「実は手伝ってくれていた親子のお父さんの方が、昨日急に亡くなったって知らせがあって」


「とてもやさしい思いやりのある人で、亡くなったと聞いても信じられなくて。裏庭に野草の花を咲かせているような優しい人なんですよ」


気丈なはずの塩田の眼が潤んでいた。


「すみません、皆さんには関係ないことですよね。でも、私、寺島さんは殺されたと思うんです」


意を決したように塩田が口を開いた。


「寺島さん?」


「昨日伊佐警察署で聞いたもうひとりの変死のことですね」


風人が昨日の日高院長の言葉を思い出した。


「殺されたとは穏やかではないわね」


真木の目が真剣なものに変わる。


「寺島さんは、赤木という男に殺されたんだと思います。先日、久しぶりにここに来られた時、赤木という男と電話で激しいやり取りをしていたのを聞いたんです。あなたのやっていることは犯罪だと言ってました」


思いつめたような塩田の告白に風人と真木は顔を見合わせた。


「きっと寺島さんを黙らせるために殺したんだと―――」


「あのね、塩田さん。その赤木も昨日死んだの」


真木が言った。


「え?」


「この日花君の目の前でね」


風人は赤木が死んだことの次第を寺島に話した。










真木が伊佐警察署に問い合わせたところ、寺島の死因はなんらかのショックによる急性心不全とのことだった。死亡推定時刻は18時頃。他殺との線は薄いとのことだったが、塩田の告白により、赤木が塩田に対して殺意を抱いていてもおかしくないことを報告した。




翌日、何事も無かったように、劇団ナークは人吉市の西小学校、小畑小学校での公演を終えた。風人を覗くメンバーは次の公演地である那須塩原へ向かう。といっても、公演は10日後なので、それぞれのメンバーはいったん自宅に帰るなりしてからの集合になる。風人は酒匂のすすめにより伊佐市で一泊することになった。初めて訪れた南九州を観光してからでも十分間に合うからと、半ば強引に宿泊させられることになったのである。




真木は母律子と指宿へ向かう予定だ。


これから指宿へ向かおうとしていた真木の携帯に着信があった。


伊佐警察署からだ。


「すみません、伊佐警察署の須田と申します。実は、塩田さんという方が。、がこちらに来られて、寺島さんは赤木さんに殺されたに違いないとおっしゃるのですよ。なのですが、こちらからいろいろ問いかけると、押し黙ってしまわれて。昨日お会いした女刑事さんにならすべて話せると」


「わかりました」


真木は電話を切るとすぐに母に向き直った。


「すみませんお母様。ある事件の証言を、私にでないと話せないという方がいるので、その聞き取りに行っていいでしょうか?」


「当然よ。事件解決最優先が我が家の家訓。砂蒸し温泉はまた今度にしましょう」


「あんなに楽しみにしてらっしゃたのに、ごめんさない」


「大丈夫よ。それに、行ってみたいところもあるし」


「え?」


「今日は昔馴染みが観光地を案内してくれるっていうし、その人が伊佐の泊まれるところを探してくれるって言うから」


「昔馴染みですか?こちらにいらっしゃる方でしょうか?」


「いえ、昨日偶然再会したのよ。酒匂良蔵という悪友」


律子は少女のように悪戯っぽい笑顔になった。


 




塩田の証言によると、赤木は「忠元会」なるものを主宰していた。


忠元というのは戦国時代の武将で薩摩藩の家老、新納忠元のことである。


新納忠元の実績は多大であり、明治維新の原動力となった若き薩摩藩士を育てた郷中教育、の基礎となった二才咄格式定目にせばなしかくしきじょうもくは新納忠元が編成したものである。


関ヶ原の合戦の際は鹿児島に詰めていたが、加藤清正が南下し葦北まで侵入して来たとの知らせを聞き、急遽大口(現在の伊佐市)に急遽帰城し護を固めた。


北の要衝を守るためには軍資金も必要であったため、忠元は島津から莫大な軍資金を得ており、それを現在の忠元公園の地下に埋設しているとの話は昔からあった。


忠元会は、赤木が幼少の頃祖父から聞いた話として、忠元公園の北東部にある祠が進入路となっており、そこから埋蔵金がある洞穴へとつながっている。しかし、明治維新の前に官軍に軍資金を奪われないよう、その当時の地頭が洞穴の中を爆破したというだ。


赤木は埋蔵金がある場所の土地を購入し、登記を済ませ、忠元会を結成し洞穴を復元する資金を募っていた。忠元会の会員は数人おり、それぞれが300万円ずつ投資していた。


会員は、伊佐市の医師会会長の川野、商工会会長の中村、市議会議長の盛田、建設業組合組合長の瓜生、市役所課長であり新納忠元の末裔である総務課長の新納、中央通り会の会長の寺島が名を連ねていた。


寺島は亡くなった寺島の父親であるが、最近入院気味で、店の経営は息子の寺島省吾にゆずりつつあった。しかし、父親は店の改装のための資金を忠元会の会費としてつぎ込んでいたのだ。




塩田は、寺島から「忠元会はおかしい」「父親にも困ったものだ」という話を何度か聞いていた。


埋蔵金を発掘するための資金を集めるという名目で、赤木が詐欺を行っているのではないかと疑っていたというのだ。






真木は塩田の告白を聞き取り、伊佐警察署の須田に伝えた。


「非番なのにすみませんねえ」


すみません、のあとの「ねえ」という言葉の響きに少しめんどくさいな、という気持ちが表れていたが、


「いえ、お役に立てたのなら何よりです」


と真木は流した。


しかし、検死の結果は心不全による事故死となっていて、他殺と認められる証拠は何もなかった。


「赤木が寺島を口止めのために殺害する、という動機はなるほどわかりました。ですがそれを決定づける物的証拠は何もないのですね」


「しかし、怪しいわよね」


「そうですね。私も限りなく黒に近いグレーと思います。しかし証拠がないと私たちも動けないので」


そこで真木ははっと思いつき手をたたいた。


「こんなときに、役に立つ子がいたわ!」


真木はすぐさま風人に電話した。


「ねえ、日花くん、お願いがあるんだけど」 


「お断りします」


「ええ?内容も聞かずに?しかも食い気味に断ったわね」


「真木さんがお願いしてくることって、きっとロクな事じゃないから」


「もう、つれないわねえ」


「僕はこれから姉さんと霧島神宮へ行くんです。姉を探してくださったことには感謝しています。でも、それはそれ、これはこれで」


「あ、そう。じゃあ、旅の土産話を響子さんにしちゃおうかなあ」


「え?」


「人吉で再会した、私のお願いを無碍に断るつれない男の話を」


「べ、別にかまいませんけど」


 風人の声に微妙な焦りの響きが混ざった。しめたという顔になる真木。あと一押しだ。


「ついでに、露天風呂で私の裸を見ちゃった事も」


「あ、あれは真木さんが間違って入って来たわけで、僕が見ようとして見たわけじゃ――」


とたんに大声になる風人。抱っこされたリョーコが驚いて風人を見上げている。


反応を得て、にやりと笑う真木。


「現場見に来る?」


「行きますよ!行きますとも!!」


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