夏の暑い日にひとつの謎を
不明夜
夏の暑い日にひとつの謎を
夏休みの最中の暑い日、先日九歳になったばかりの僕は車の中でうつらうつらとしていた。
従兄弟の家へ行く、と母に朝早くから告げられ急いで支度をしたからだろうか、疲れは眠気となって僕の瞼は閉じていく。
いつも従兄弟の家に行く時は、前々から準備をしているのになぜ今回はこんなに唐突だったのだろうか。
父と母の話し声を聞き流しながらそんなこと考えていても、眠い頭で答えが出るわけがなく、とうとう僕の意識は眠りに落ちた。
車のエンジン音が止まるとともに僕の目も覚め、ふと車内を見渡しながら、今まで自分が眠っていたことに気づく。
「あれ?母さん、もしかしてもう着いたの?」
「ええ。あなたがぐっすりと眠っている間にね」
そんな会話をしながら、家の玄関へ向かっていく。
従兄弟の家は僕の住んでいる都市から離れたところにある田舎町に建っており、都会に住んでいる僕には新鮮だった。
家へ入り靴を脱いでから、その脱いだ靴を持って裏口へと走っていく。
前来た時よりも家の中では人が忙しそうにしていたが、僕は気にも留めない。
「あんまり遠くにいっちゃダメだぞ。もう––––––––からな」
「ちょっと!その言い方は––––」
なにやら遠くで父さんと母さんが言っているようだが、僕の頭は家の裏山と従兄弟の兄さんのことで頭がいっぱいで聞こえていない。
この家には裏山があり、その麓の自然に囲まれた散歩道を兄さんと歩くのは、いつからかここに来た時の楽しみになっていた。
家の裏口で靴を履き、いつもの散歩道へと歩いていく。
「兄さーん、いるー?」
いつもはこの辺りで待っている兄さんの姿が見当たらないので、少しだけ不安になりながらも兄さんのことを探しながら歩き出す。
照りつける日差しの中、いつもは兄さんと二人で歩いていた散歩道を一人で歩いていく。
前ここに来た時は春だったため、前とは違う草花に心を躍らせていると、後ろから声がかかった。
「まったく、ここまで一人で歩いてきたのか。探したんだぞ」
「兄さん!今までどこにいたの?」
「あー、まあ、ちょっと、な」
兄さんがそう言ってはぐらかすときは大体大した用事ではないと僕は学んでいたのだが、そんなことはどうでもいい。
とにかく話したいことがある僕は次から次に話していく。
「兄さん兄さん、僕九歳になったんだよ!兄さんは?」
「俺はまだ十七だよ」
「あれ、兄さんの誕生日って僕と近くなかった?」
「誕生日は明日なんだよ」
「えっ!じゃあお祝いしなきゃ!」
「別にいいよ。明日には多分俺いないし」
「どうして?」
「病気でな。そんなことより、ここのことを覚えているか?」
そう言いながら兄さんが指さしたのは、木々の間にある小さな花畑だった。
小さいながらにさまざまな花が咲いている様は美しく、僕は前来た時のことを思い返していた。
「うん。覚えているけど……確か白いちょうちょがいたんだっけ」
「そうそう。それでその後白い蝶について調べていたんだけどな、なんでも『春の最初に白い蝶を見ると親しい人が死ぬ』なーんて伝承があるらしいんだよ」
僕はその話を聞いて少し怯えながら兄さんに尋ねる。
「え……じゃあもしかして僕の家族や友達は……」
「大丈夫だって、ただの迷信だよ。それに、『お盆の時の黒い蝶には霊が乗っている』みたいな死と霊に関する話は蝶にはたくさんあるんだよ」
兄さんの話は小難しいのでよくわからなかったが、とにかく大丈夫らしいので僕は安堵していた。
そんな話をしていると兄さんは家の方を見ながら「そろそろかな……」などと小さく呟いた。
「ほら、あそこを見てみろ。蝶が飛んでるぞ」
僕は兄さんが指差した方を見たけれども、蝶なんてどこにもいなかったので不満げに
「兄さん、嘘は––––」そう言いかけた時、視界の端から黒い蝶が飛んできた。
本当に蝶がいたことに驚いて兄さんの方に振り向いてもそこに兄さんの姿はない。
「兄さん……?」
声をかけたが誰からの返事もない。僕は焦って何度も何度も叫ぶ。
「兄さん!ねえ、返事をして!ねえ!」
そうして焦りながらも僕は誰かに伝えないといけないと思い立ち、ついさっきまで二人で歩いていた道を一人で走っていく。
少し走った後、どうやら僕を探しに来たらしい母さんが歩いてきた。
僕は焦って兄さんのことを伝えようとしたが、疲れと焦りで上手く声が出せない。
そんな中、母さんが先に口を開いた。
「全く、どうしてそんなに焦っているの?準備ができたからもう行くよ」
母さんがなにを言っているのかわからないが、僕はなんとか息を整えながら話し始める。
「行くって?そんな事より兄さんが–––––」
「なんだ、もしかして寝ていて聞いていなかったの?そのお兄さんのお葬式よ。
あなたは仲が良かったから別れは辛いと思うけど、ちゃんとお別れしないとね」
「え……どういう事……だって僕はさっきまで兄さんと一緒だったのに……」
「え?もう昨日の朝には病気が悪化して亡くなっているはずだけど……」
照りつける日差しの中、謎を残して黒い蝶が飛んでいた。
夏の暑い日にひとつの謎を 不明夜 @fumeiyo
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