第5話

遠くからでも見つけられるカラフルな傘が大活躍した梅雨が過ぎ、ベランダで天日干ししていた。

なかなか派手だけど、いい趣味の家主だと話題になるかも。


それにしてもいい天気。もくもく厚みのある見事な入道雲が我が物顔で青空に攻め入ってる。賑やかなBGMに夏を感じながら、膝を抱えて空を見上げていた。

そろそろかしらと思っていると、インターホンが愛おしい人の訪れを教えてくれる。



「いらっしゃい、暑かったでしょ?」

「暑い〜おいしいカフェ探しに行こうよ」

「え?こんなに暑いのに」

「うん、涼みにいこう」

「…我が家も涼しいですが〜」

「んふ、嫌そうだねハル。日傘持ってきたから行こうよ」



分かった、せめて、下調べさせてほしい、行き当たりばったり探すにはあまりに暑い。

そう言う私に、それじゃつまらないの。の一点張りで連れ出される。


背丈は小柄なのに大きく骨ばった手のひら

鮮やかなオレンジのサマーニット

さらりとかおるウッディの混じる香水


ケンくんはやっぱり魅力たっぷりだ。陽の当たる場所が似合いすぎる。

しかし、どうして彼はこんなに涼しげなんだろうと凝視しつつ、握られた手のひらを振り払えないまま着いていく。これが巻き込み力というやつかもしれない。




「最近のカフェは美容院と見分けつかないよ」

「大丈夫。もう何回もカフェだと思って美容院入ってるから」

「ちょっとそれは聞きたくない情報だったよ」

「えっなんで?」

「できればそれを言う機会を持たないほうがいいやつなの」



炎天下。手は握られたまま、手渡された日傘を差してアスファルトの照り返しに耐える。

並んで歩いてるのに、話すたびにこちらを振り向く彼はかわいい。


運良くガラス張りで確実にカフェだと分かるお店を見つけて、大急ぎで先導した。

もうちょっと探してもいいよ、という彼の手を引いて白い無機質で今どきなカフェのドアを開ける。

息を吹き返すような冷房の風が心地いい。



「おすすめはありますか?」



ケンくんはお店に入るとメニューには手も触れず必ず店員さんにこう声をかける。

私には縁のないことで毎回気恥ずかしくなる。



「おすすめですか〜…」

「お姉さんのおすすめは?」

「ちょっとケンくん、」

「あ、あの…チョコレートお好きでしたら、カフェモカはいかがですか?私ここのカフェモカ大好きなんです」

「僕それにします!ハルはどうする?」

「え、とあ…うん、私もそれで…」

「かしこまりました!お待ちください」



本当はメニューを見て、じっくり考えたい派。けれど、彼といなければ、カフェモカを頼むことなんてないかもな。…と、実は納得させてる節もある。

"カフェモカ楽しみだね"そう微笑みかけてくるケンくんは、そんなこと少しも気づいていないみたいだ。




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望月夜中 @nakimushi_kimi

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