第一章:エルレリア開村編

01:旅立ち






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇









 魔法。



 一部の者にしか使うことの出来ない、化学的に説明できない人為的な現象の総称。

 一概に魔法と言えど、その種類は様々。

 水魔法、炎魔法、雷魔法。

 その三つが、主に発現する、基本的な三大魔法である。

 そしてその力を使えるかは、生まれつき魔力を保持しているかで決まる。

 そしてその力を持つ者のほぼ全てが、王族や貴族など、権威の持つ者であった。

 だが稀に、平民の中にも、その力を持って生まれる者もいる。

 その様な異端者イレギュラーは、他人に蔑まれ、厳しい生活を強要されたのだ。










――――――――――――――――――――――――










 ある日、あるスラムの家で、ある男児が産まれた。

 その家は、そのスラムの中では少し裕福な方であり、毎日の食事には、あまり困らない程の収入は得ていた。

 その家に住む夫妻は、いつも仲睦まじく、平穏な暮らしをしていた。

 近所付き合いも良く、皆に好かれていたその夫妻に子供ができたと言って、皆喜んだ。

 妻の名は、ラーナ・フレーラ。

 夫の名は、マグダ・フレーラである。


 出産を終えた次の日の夜、皆はその夫妻の家で、小規模な宴会を行った。

 裕福でもスラムなので、そこまで大規模なものは出来ない。

 だが、何とか酒は入手出来た。

 その酒は、それ程高い酒では無かったが、その祝いの場で飲んだその酒は、今まで飲んだどんな酒よりも美味しかったと言う。


 そして皆が酔い潰れ、そろそろお開きかと話をしていた時、悲劇が起きた。


 その赤子が泣き出した瞬間、酒の入っていた空き瓶が、突然宙に浮いたのである。

 それを見た皆は、一気に酔いが醒め、その様子に、自分の目を疑った。

 そしてその現象は、他の空き瓶でも起きた。

 何十本もの瓶が、空中に浮き、暴れ狂う。

 赤子は泣き止まず、それどころか、その声を大きくしていった。

 そしてその声量と比例する様に、空き瓶の動きも荒くなっていった。

 壁に当たり砕け散り、天井に当たって砕け散り、その破片が散らばって皆血を流し。

 食器棚は倒すわ、机には穴を開けるわ、その惨事はどんどんと大きくなっていった。


 そしてその赤子が泣き止むと同時に、その謎の浮遊は終わり、浮いていた瓶が、床へと落ちた。

 壁には血が付き、床には血が溜まり。

 倒れる者もいれば、さっさと外へと逃げ出す者もいた。



 その惨事は、瞬く間にスラム中に知れ渡り、そのフレーラ家は、皆から軽蔑される様になった。

 そしてあの惨事で、赤子の父、マグダは死に、母、ラーナも、重傷を負った。

 暫く赤子と母は離れ離れとなった。



 そして、母が帰ってきたと思えばその翌日、母は病気で寝込んだ。

 顔を真っ青にして、ベッドに寝込む。

 その時にはもう、赤子は少年となり、日々、母の療養に努めた。

 朝は水を井戸まで汲みに行き、食事は自分で作る。

 週に一回は市場に出て薬を買い、夜はひっそり家を抜け出し、働いた。

 なんとか生活は出来ていたものの、あの惨事があった事で、少年の生活には、頻繁に邪魔立てが入った。

 汗水垂らして必死に稼いだお金を、留守の間に盗まれたり、薬を床にばら撒かれたり。

 それは、あの惨事があったからでもあるが、その原因の多くは、その少年が、魔力を所持していた事にあった。

 あの惨事は、少年の魔法によるものであった。

 平民の中で魔力を持つ者は、皆に軽蔑される。

 それはその少年も、例外では無かった。



 苦しい生活だったが、何とか生きた。

 母の容態は、一つも変わらない。

 よくもならないし、悪化もしない。

 ずっとベッドの上で眠っている。

 悪化しないのは、少年の買ってくるあの薬の影響が大きい。

 あの薬が無ければ、母はとっくに死んでいただろう。

 一見死んだ様に見えるが、脈はあるので、生きている事に間違いは無い。

 そうして、毎日を必死に生きていた時、悲劇が起きた。



 少年は青年となり、いつものように出稼ぎに行って帰ってきた時の事だった。

 薬が全て、盗まれていたのだ。

 いつもは床にばら撒かれるだったのに、今日は、薬が盗まれた。

 一体誰が。

 今はもう夜で、その薬屋など開いているはずも無い。

 今行っても、薬を買う事は叶わない。

 そして、今薬を投与しないと、母の身が危ない。

 何とか、盗まれた薬を取り返しにいかなくては。

 青年は、稼いできたお金の入った封筒を床に投げつけ、駆け足で家を飛び出た。




 翌日、母は死んだ。

 薬は見つからなかった。

 青年は、滝のように汗をかきながら、母のベッドの傍で泣き続けた。



 その後青年は、呆然と生きていた。

 悪戯も、もう何も感じない。

 母が死んだなら、もうする事はないと、生きる意味を見いだせなくなった。


 そしていつも通り暮らしていたある日の事だった。

 「はいっ、これ。」

 近所の、自分より少し年上の男が、話しかけてきた。

 そして、青年は、男の渡したものを受け取り、中を見た。

 そこには、あの時盗まれた薬があった。

 「無様な死に様だったな。屑な子の母も、所詮は屑か。」

 男はそう言って、青年とその母を愚弄した。


 その瞬間、青年は、人生で初めて、怒りを覚えた。

 そして、怒りどころか、殺意さえも芽生えた。

 此奴は殺してやる。


 青年がそう強く願った時、その男の体が、宙に浮いた。

 そしてその男は落ち、体を地面に強打した。

 あの時の惨事のように、男が浮いたのだ。

 男の腕が折れ、痛みで絶叫し、男は地面をのたうち回った。

 青年は、これを良しとし、もう一度行った。

 今度は、逆の腕を折った。

 そして今度は、もっと高い位置から落とした。

 そして、両足が折れた。

 男はもっと絶叫する。


 青年はそれが楽しくなり、永遠に続けた。

 そしてある時、落とす高度を高くし過ぎてしまい、地面に接触した瞬間、その男の体は爆裂四散した。

 内臓が地面に散らばり、返り血が体いっぱいにかかる。

 周りの住民は、絶叫して逃げ回る。


 母を散々愚弄した男は、ひ弱な叫び声をあげながら死んだ。

 それが青年にとって、何よりも楽しく、狂気の笑いを高々とあげた。






 次の日、青年は集落を発とうと決心した。

 居心地が悪くなったのだ。

 冷静に考えると、おかしな話である。

 何も悪いことをしていないのにもかかわらず、皆に蔑まれ、軽蔑され、虐められた。

 皆が自分を異形のもののように見て、避けられた。

 もう、この毎日に飽きた。



 ありったけの金と服を鞄に雑に入れ、皆が寝ている満月の煌めく深夜、青年はスラムを発った。


 青年の名はエルダ・フレーラ。


 行先に当てなどない。


 エルダは、スラムの入り口の前にある樹海に、足を踏み入れた。









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