第47話 色の名前の話

 珍しく(?)一般的にも創作資料になりそうな本の話を続けてみます。今回のテーマは「色」です。


 まずは、前回も「中国の伝統建築」を紹介したマール社さんより、割と直近で良い一冊が出ています。


「中国の色彩 自然と暮らしに溶け込む伝統色」 (紅糖美学 著、金子典正 訳、マール社、2024年)


 酡紅トゥオホン(酔って赤らんだ顔の色)、鵝黄がこう(ガチョウのくちばしやひよこの羽根の色)、黛藍ダイラン(女性が使うまゆずみのような深い藍色)、鴉青ヤーチン(青紫の光沢を帯びた鴉の羽根の色)──など、和名ともまた違った優美さや雅やかさを持った中国の色の名前を、フルカラーで紹介しています。

 赤、黄、緑、藍などの色ごとの章立てで、見開きごとに三色ほどの色名と紹介を記載し、さらに配色イメージを載せているのがとても楽しい。同系色の濃淡でのコーディネートも良いし、意外な色が射し色として映えるのに気付いたりなど、文字書きだけでなく絵を描く人にも良い資料になるかもしれません。


 また、序章として紹介されていた五行思想を踏まえた色の混淆の理論が興味深かったです。五行の相克・相生を色に敷衍すると間色が生まれるとのこと、中華世界を彩る理論は、当然のことながら西洋の色相環とはまた違うのですね。

 さらに面白いのが巻末の織錦霓裳しょっきんげいしょうの章で、漢~清の各王朝時代の代表的な衣装と、その時代に流行っていた色コーディネート例を見せてくれています! もちろん各時代の中でも変遷や個々人の好みはあるでしょうからあくまでも一例なのでしょうが、華やかで色鮮やかな唐代、パステルカラーの宋代、涼やかで品のある色遣いの明代など、各時代の性格と何となく一致している気がして目が楽しいです。創作キャラクターにどんな色を着せるかで想像を膨らませることもできるでしょう。


 という感じでとても面白い一冊なのですが、本書中に登場する色彩名をそのまま作中に登場させることについては私は少し懐疑的です。作者が本で読んで初めて知った色、読者は知らない可能性が高い色を描写に使ったところで情景が色鮮やかに浮かび上がるとは限らない、むしろノイズになる恐れもありますから。


 側室がしばしば纏い、楊貴妃にも好まれた優しく品のあるピンク色「妃色フェイスゥー」、可愛い色に素敵なエピソードではあるのですが、これがぽんと文中に出てきてどんな色か分かる読者はどれだけいるでしょうか……。

 必ずしもすべての読者がすべての描写を明確・克明に理解できる必要はないし、あえて難解な語彙を使うことで醸し出せる雰囲気、それを利用した作風もあるとは思うのですが、まあ難しいですからね。


 本書が描写の参考になるとしたら、古代中国の人々が色の名前を何から取ったのか、というところのような気がしています。何しろ副題からして「自然と暮らしに溶け込む伝統色」ですしね。

 たとえば「藤黄とうおう」「雄黄ゆうおう」は顔料であると同時に前者は薬、後者は毒にもなることから、医療シーンだったり暗殺シーンに仕えるかも、とか。

 また、棕紅ヅォンホン棕黄ヅォンホァンなどヤシの木を表す「棕」の字がつく色が散見されたのですが、ということは中華世界にヤシの木(棕櫚というべきなのかな?)があっても良いんだな、とか。

 文字情報と視覚情報を合わせて具体的なイメージを掴むことで、世界観の解像度、ひいては物語の説得力を上げていけると良いのではないかな、と思います。

 さらに本書中で紹介された色を使って具体的に喩えるなら、朱瑾しゅきん色と言われてもピンとこないけど、南国の風景を中華の語彙で描写する際に朱瑾ハイビスカスの花が云々と書くのはアリなのではないでしょうか、という感じです。


 描写の語彙を高めるための色名の知識、という観点でお勧めの本がもう一冊あります。


「中国の伝統色 故宮の至宝から読み解く色彩の美」(郭 浩、李 健明 原著、 黒田 幸宏 翻訳、 鷲野 正明 監修、翔泳社、2023年)


 フルカラーで中国の色名を紹介してくれているのは「中国の色彩」と同じですが、副題通り自然や暮らしに基づく由来を記載する「~色彩」に対して、こちらの本は、史書や詩歌に現れる色の記述の解説が多いです。よって(?)「~伝統色」のほうが文字は細かく情報量も多いですね。


 また「~伝統色」はタイトル通り具体例として該当の色を帯びた故宮の宝物のイラストが掲載されているのが素敵です。書画、磁器、炉、燭台、装飾品等々、特に中華後宮風の世界観で登場人物の身の回りにあるであろう品々の具体例が豊富に載っているということでもあり、その色だけでなく形状、モチーフ、施された意匠紋様を知ることもまた、描写の解像度を上げる一助になるのでは、と思います。


 美しい色の本は単純に眺めるだけでも楽しいものですし、今回紹介した二冊はいずれもお勧めです。

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