第10話 宦官の役職名についての話
中華もので避けて通れない要素のひとつに宦官がありますね。
すなわち、男性機能を切除された蔑まれる存在──史実・事実に忠実に考証すると諸々綺麗ではないところも出てくるので、エンタメに落とし込むに当たっては色々ふわっとさせるのが常のようです。彼らの扱いの実のところや
前提を説明しますと──拙作「花旦綺羅演戯」では宦官のキャラクターが登場するのですが、
名前で呼び合うほど親しいキャラクターがあまりいない→ならば役職名で呼びかけるであろう→……宦官の役職名って、何?
という流れで調べたり考えたりする必要に駆られたのです。
しばしば目にする宦官の役職として「
一応、根拠とした文献・記述は以下の通り。
・「明代宦官の経歴と宦官集団の変化について」 進藤尊信 集刊東洋学 2009年 より「選入後、官官は(中略)長随・奉御など従六品の役職に就いている。」
・「明代市舶太監の創設とその変遷」 大川沙織 京都女子大学史学会 2016年
より「洪武年間における奉御の身分は従五品から正七品を推移し、最終的に正六品に定められた」
・中国語版Wikipedhiaの「二十四衙門」(20923年1月5日現在)より
「奉御,从六品,无定员。(奉御、従六品、定員なし)」
入宮直後に就く役職であり、位階としては比較的低く、定員がないのであれば、まあ下っ端の役職と理解して良いのかな……という判断ですね。なお、上ふたつの文献は「二十四衙門」「明代 宦官」あたりのワードで検索して出てきたものだったと思います。二十四
とはいえこの「奉御」なる役職、いくら下位とはいえ叙位されている以上は最底辺ではなかったんじゃ……という気もしております。清代の証言になりますが、後宮に宦官として仕えるのも楽ではなく、最初は無給で・先輩宦官の召使のような立場(というか奴隷が近いのかも)で後宮に入り、役職に空きが出るのを待つ──というようなエピソードも読みましたので。宦官の専横が滅亡の一因となった明の反省を踏まえての清朝でのことなので、採用が厳しく制限されていたということは考えられるでしょうが。その場合、明代では採用は緩かったけれど出世できずに燻る人が多かった、のかもしれません。上述の「明代宦官の経歴~」の内容はその辺りにも該当しそうです。
ニッチなところかもしれませんが、本エッセイ中で先に触れた検索のし方・調べ方についての実例にもなるだろうと考えて語ってみました。
最後に、宦官を題材にした書籍で個人的に参考になったものを挙げておきます。
「宦官(かんがん)―側近政治の構造 」 三田村 泰助 中公新書 2012年改版
初版は1963年と古い本ですが、今なお版を重ねるだけあって内容は非常に有用です。歴代王朝での宦官の役割やエピソードを豊富に見ることができます。明代については上記の二十四衙門の部署名と役割を列記してくれていたのでとても助かりました。
「最後の宦官 小徳張 」 張 仲忱著、岩井 茂樹訳注 朝日選書 1991年
浅田次郎先生の「蒼穹の昴」で有名な西太后の腹心・李蓮英の次に彼女に仕えた宦官の首領の伝記。本人は「西太后を裏切れない」と口を閉ざしたそうなので、お孫さん(養子の子)が伝聞をまとめた形式になります。そのためか本人の記憶違いや意図的な見栄等があるのか、注釈によると史実とは異なる部分も多いので丸呑みするのは危険かもしれません。とはいえ、この立場の人がこう感じた/語ったというバイアス込みで、清末の宮廷生活を窺い知る証言として非常に貴重なものだと思います。
西太后に気に入られた切っ掛けが、宮廷の劇団で頭角を現したこと、だったので、京劇役者としての訓練や当時の著名な役者との交流など、拙作の執筆に際しては特に有用でした。
「最後の宦官―溥儀に仕えた波乱の生涯」上・下 凌 海成 河出文庫 1994年
ラストエンペラー溥儀に仕えた
下巻では、紫禁城を追われた後に、元宦官たちがいかに市井で生き延びたかの記録が興味深かったです。彼らの大方は職も財もなく困窮する一方で、民衆からは富貴を極めた一部の太監と同一視されて妬まれ憎まれたりとか……。満洲帝国崩壊から国共内戦、中華人民共和国成立までの一市民の証言としても読みごたえあります。
私は文庫版で読みましたが、孫耀庭の伝記はタイトルや出版社が違うものがいくつか出ている様子、どこがどれだけ違うのかはいずれ読み比べてみたいと思っています。
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