第2話 京劇の行当《やくどころ》について

 京劇と言えば色鮮やかな隈取くまどりをした役者! というイメージが一般的だと思いますが、正確には京劇には下記の通り主に四つの役どころがあります。


ション

 男性役全般。隈取はせず、くっきりと描いた眉・目元のアイライン・アイシャドウ、ハイライトで立てた鼻筋のメイクになります。

 行当ハンダンの筆頭に来る癖にションの役柄は幅広すぎて……どう括れば良いやら素人には悩ましいから困ります。

 老生ラオションというように老人役もあれば、英雄侠客などを演じる武生ウーションもあり。役柄の職業(?)で言っても、官吏もいれば庶民もいるし、頭に羽根飾り(翎子リンズ)をつける将軍も──ということでひと言で括るワードがちょっと思いつかないのです。歌舞伎でいうところの立役たちやくにほぼ相当するのだろうと思います。が、それもまた読者にとって親切な説明になるかは微妙だな、と思ったので拙作中ではにまいめ役、という表記にしています。


ダン

 女性役全般。伝統的な京劇(意外にも(?)歌舞伎よりも伝統浅いのですが)では歌舞伎と同様、男性が女性役を演じましたが、現代では通常は女性が演じます。YouTubeで動画を漁っていると「男花旦」として活動されている方も見つかって興味深いと思いました。女医とは言うけど男医とは言わないように、職業で男〇〇とつく例はとても少ないですよね。女役は女が演じるもの、というのが完全に浸透しているのが窺えます。

 また、歌舞伎との比較で言うと、歌舞伎での女形=女性役を演じる男性の役者、に相当するのは京劇では男旦ナンダン、と字面が逆になるため、感覚的にすごく分かりづらい気がします。

 演じる役どころによって花旦ファダン=若く活発な娘役、青衣チンイー=身分の高い女性・歌と台詞での演技がメイン、刀馬旦ダオマーダン=騎乗する女将軍などに分かれます。役どころによって歌い方や所作などが細かく異なるそうなのですが、青衣の代表格である覇王別姫の虞美人は剣舞を踊るし、帝女花の長平公主はお姫様ですが花旦役なので難しいですね! 設定上の身分だけではなく、作中の振舞い・立ち位置によっても決まるということなのだろうと素人なりに認識しております。


ジン

 京劇といえばこれ、の臉譜リェンプー隈取くまどりを施す役どころ。大柄な男性が演じます。

 しばしば「敵役かたきやく」と説明されますが、覇王別姫の項羽、三国志の張飛、中国における大岡越前守と名高い包拯ほうじょうなど、どう考えても悪役じゃないよな……という役どころも多いのでやはり意味するところは複雑そうです。拙作中ではごうけつ役、と表現しています。これでもまだ違う気はするのですが……。

 臉譜の色や形は役の性格を表します。赤は忠義、白は奸智、黒は正義など。左右対称の端正な模様は清廉潔白な人柄を、左右非対称の歪んだ模様は醜悪な容姿や狂暴な性格を表す、など。


チョウ

 主に道化役。特徴である小花譜シャオファリェンは、顔の中心だけを小さく塗る臉譜くまどりでいかにも滑稽な雰囲気です。

 とはいえ丑も道化役で括れるかというとまた微妙で、例えば西遊記ものの孫悟空も武丑ウーチョウなんですよね……軽妙な動きを魅せる役どころ、と捉えたほうが良さそうです。なお、孫悟空の臉譜は「人外のもの・神仙の眷属であること」を表す金を使います。


 上述の通り、それぞれの行当ハンダンにはそれぞれの特徴があり、知っている人が見ればおおよその役どころの性格や脚本中の役割が分かるそうです。歌舞伎に通じるところもありますが、形式化・象徴化を究めた舞台芸術と言えるのでしょう。


 ちなみに、京劇役者は基本的にひとつの行当ハンダンを究めるものなので(現代の学校でも最初に専攻を決めるのだとか)、例えば加齢によってション役者がジン役も演じるようになる、ということではないし、年配でも可愛らしい花旦ファダンを演じる方もいらっしゃいます(絶対に転向しないということではないですが)。


 一方で、物語にするにあたっては、ヒロインが演じる役どころがひとつだけでは話に広がりが持たせられません。という訳で、拙作のヒロインは花旦も青衣も刀馬旦やります! 歌も舞もできます! な天才女優キャラにしたてました。そのほうが展開に爽快感が出せますしね。また、公演ごとにあらゆる時代や場所の物語を扱うため、必然的に演者も幅広い役柄を演じることになる宝塚を踏まえての発想でもあります。公演ごとに日舞だったりバレエだったりを舞い、時には外国語で歌ったりするあの方々は本当にすごい、です。だからうちの子たちもいけるいける! と思って色々やらせて(できることにして)います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る