第3話 ルビって悩ましいですよね、という話

 前話で、「拙作では~~という表記にしています」という表現が何度か出ていたのにお気づきでしょうか。中華もの(歴史ものも?)の執筆にあたって、現代の読者にも読みやすく分かりやすく、一方でその世界ならではの雰囲気を醸すにはどうすれば良いのか、という匙加減は非常に難しく悩ましいのではないかと思います。読んでもらえないのでは意味がないですが、あまりに現代的な用語やカタカナ語を乱発するのも興醒めでは、と気になるところではないでしょうか。

 特に私が今回執筆した「花旦綺羅演戯」では、京劇(をモチーフにした演劇)という大方の読者にとってなじみがないであろうテーマを扱っているので、作者のこだわりと可読性のラインをどこに引くかでは悩みました。し、作品を半分以上公開した今でも「大丈夫かな……」と思っています。


 幸いに、日本語では「漢字に意訳のルビを振る」という芸ができますので、大いに助けられています。「この単語はこの作品ではこういう意味を持たせています」とひと目で伝えることができるのですね。前話で説明した京劇の行当ハンダンで言えば、ション役、ジン役などと表記するよりもにまいめ役、ごうけつ役と表記したほうが恐らく読者にとっては親切であろう、ということになります。一方で、先述したようにション役、ジン役も包括する役どころの範囲は広いので、零れ落ちるニュアンスは発生するのですが、私が引いた「読みやすさ」のラインはここ、だったのでした。


 もうひとつ、「ルビはできる限りカタカナか平仮名にする」ことも配慮として行っております。というか、手元では漢字ルビon漢字で執筆していたのですが、カクヨムに流し込んでみるとルビの字が小さくなって非常に見辛かったので……。例えば花旦娘役よりは花旦むすめやくのほうが絶対見やすいですよね。こういうところでできる限り可読性を上げていけるように足掻いております。

 ただ、カタカナ/平仮名のルビにするとかえって分かりづらいよな……という単語はやむを得ず漢字ルビon漢字で表現しております。亮相見得龍套群舞隊などがそうですね。この辺りは平仮名で見ても脳内でパッと変換できないだろうな、と思ったので、漢字ルビのほうが分かりやすくなるのではないか、という判断です。


 このように色々と細々と悩みながら書いているのですが、一方でルビ芸によってニュアンスが広がる場合もあると思っています。「花旦綺羅演戯」の作中では、坏女孩ふりょうむすめ官座さじきせき戯子やくしゃなど中国語に日本語ルビを振る表現を多々使っていますが、これによって「登場人物たちは中国語(っぽい作中言語)を使っていますが日本語読者向けに翻訳を交えてお送りしています」という演出になり、異世界・異文化の雰囲気を伝える一助になっているのではないかと思います。思いたい。

 一方で、水袖シュイシウ(女役が舞踏の際に袖口につける長い絹地)、靠旗カオチー(将軍役が背に負う旗、率いる軍勢を表す)などの演劇用語や演目名はピンインのルビを振ることで「これは専門用語です」というアピールにしている……つもり、です。「日本語でひと言で表せる概念はないのでご了承ください」という白旗でもあるのですが、同時に、音の方向からの異文化感の演出にもなっていると良いです。


 以上は私の考え方であって、これでも読みづらいと思う方がいたり、これでは物足りないと思う方がいたりすると思います。また、今回は主に演劇用語に焦点を当てて語りましたが、衣装にしろ調度・建物にしろ、どこまで調べるか描写するかは常に悩ましいです。ともあれ、ラインの引き方の一例になっていれば良いですね。

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