何があったかわからんが、親友が俺好みの美少女になったから、とりあえずお持ち帰りした。

橋元 宏平

何があったかわからんが、親友が俺好みの美少女になったから、とりあえずお持ち帰りした。

 俺の目の前に、目の覚めるような美少女がいる。


 俺好みの黒髪ロングで、目はパッチリと大きく、顔は小さい。


 触りたくなるような胸の膨らみは、C以上E未満と見た。


 おっぱいが嫌いな男は、いない。


 少なくとも俺は、かつて一度もおっぱいが嫌いな男と会ったことはない。


 そう! 男は誰もがみんな、おっぱいが大好きなのだっ!


 と、声をだいにして言いたいが、言ったら、変態以外の何者でもない。


 言いたいことも言えない、こんな世の中じゃ……。


 美少女は心配そうな顔で、仰向あおむけに倒れている俺の顔を覗き込んでいる。


「大丈夫か? 米田よねださん」


 見覚えはないが、良く知った奴の面影おもかげがあった。


 思わず俺は、乾いた笑いを上げる。


「はは……今のお前なら、抱けそうだわ」


「冗談でも、やめろ」


 明らかに嫌悪けんおした顔で吐き捨てると、彼女は自分の耳の裏をいた。


 困ったり悩んだりした時に耳を掻くのは、奴の癖だ。


 奴――山本やまもと善士夫よしおは、男だった。


 でも、今はどうみても女だ。


 そして、鏡に映った俺も、まごうことなき女の姿だった。


 念の為、確認してみると、俺の男のシンボルも股間から姿を消していた。


 どうしてこうなった。



 こうなったきっかけを思い出そうと、頭をめぐらせる。


 俺の名前は、米田よねだしょう


 高2で、バスケットボール部に所属していて、ポジションは「センター(=高身長とパワーが、必要とされる。ディフェンスで、チームを引っ張る役割)」


 身長は180センチあるが、贅沢ぜいたくを言うならあと10センチ、いや、5センチは欲しかった。


 バスケは、身長が高ければ高いほど有利ゆうりだ。


 自分で言うのもなんだが、そこそこ整った顔立ちで、きたえ上げられた肉体をしている。


 共学だったら、さぞかしモテただろう。


 だが悲しいかな、ここは男子校。


 野郎にモテたところで、嬉しくもなんともない。


 本当は共学に通いたかったが、俺の学力で行ける、一番近い高校がここだったから仕方がない。


 親友の山さんは、空手部部長を務めていて、師範代しはんだいの腕を持っている。


 でも、すげぇ弱そうに見える。


 子供の頃から鍛え過ぎたせいで、身長が伸び悩み、165センチしかない。


 着痩せするタイプで、脱いだら筋肉バッキバキなんだけどな。


 俺と山さんは、何もかも逆だ。


 専門教科は、俺は理系で、山さんは文系。


 俺は人見知りだけど、山さんは社交的しゃこうてきで顔が広い。


 自由奔放じゆうほんぽうな次男坊の俺は、世話好きな兄貴気質あにききしつの山さんに甘えている自覚はある。


 マジで、スゲェ良い奴なんだよ、山さんって。


 ただし、超ビビり(臆病者おくびょうもの)。


 その理由は、また機会があった時に話すとしよう。


 タイプは真逆なのに、俺と山さんは何故か気が合って、親友と呼べるくらい仲が良い。


 いつも一緒にいるせいか、「付き合っているんじゃないか」と、噂されているらしい。


 これだから、男子校は……。


 その噂を聞いた山さんが、めっちゃキレ散らかしてたし、俺も同感だ。


「もし、山さんが美少女だったら、付き合っても良い」と、実はこっそり思っている。


 いくら仲が良いと言っても、俺はノンケ(Non+気=気がない=ホモじゃない)。


 これを言ったら、山さんが絶対キレるから言えないけど。




 今日もいつものように、俺も山さんも部活動ぶかつどういそしんだ。


 俺はバスケ部で、赤白チーム分けをして、練習試合を行なった。


 最後に反省会と、今後の練習課題を確認したところで、解散。


 終わる頃には、もう日は暮れていた。


 ユニホームから制服に着替えると、片付けをする後輩達を尻目しりめに、俺は道場へ足を向けた。


 道場では、俺と違って真面目な山さんが、後輩達に囲まれていた。


 山さんは、兄貴肌あにきはだ(面倒見の良くて、親しみやすい人)なところがあるから、誰からも好かれる。


 特に空手部では、羨望せんぼう(憧れ)の眼差しを向けられている、空手界のhopeホープ(将来を期待される人)だ。


 かろうじて、レギュラーにいる俺とは次元が違う。


 くやしいので、邪魔じゃましてやりたくなった。


 俺は道場の入り口から、大声で奴の名を呼んで、大きく手を振る。


「おーいっ、山さーん! 一緒に帰ろうぜーっ!」


「おぅっ、米田さーん!」


 山さんは満面の笑みを浮かべて振り返り、手を振り返してきた。


 後輩達と軽く別れの言葉を交わしてから、俺の方へ駆け寄ってくる。


「すまん。着替えてくるから、ちょっと待っててくれ」


「分かった、40秒で準備しな」


 からかうように俺が言うと、山さんは声を立てて笑いながら、耳の裏を掻く。


「40秒じゃ、無理に決まってんだろ?」


「ならば、3分待ってやる」


 人差し指と親指を立てて銃の形を作り、山さんの顔に向けて俺は不敵に笑った。


 奴も同じように指をこちらへ向けて、薄笑いを浮かべる。


「いいだろう、ここで大人しく待っていろ」


「3分を1秒でも超えたら、罰ゲームな」


「マジかぁ」


「マジです」


「じゃあ、あと10分伸ばして」


「ダメーッ、3分って言ったら3分なんですーっ!」


 俺が子供のように言い張ると、山さんはニヤリと薄笑いを浮かべる。


「分かった、3分以内だったら、お前が罰ゲームな」


「えぇっ? なんでだよっ?」


 顔をしかめて、ぶう垂れると、山さんは少し怒った様子で俺を指差す。


「俺だけ罰ゲームなんて、おかしいだろ? お前もリスクを負わなきゃ、不平等だ。じゃ、3分計れよっ!」


 鋭く言い放つと、山さんは豪速で道場の奥へと引っ込んだ。


 あいつ負けず嫌いの頑固者がんこものだから、本気で3分切る気だ。

 

 3分過ぎたら、何してやろうかね。


 そんなことを考えながら、腕時計で時間を計り始めた。


 結果、2分52秒で戻ってきやがった。


 罰ゲームとして、ジュースをおごるハメになった……悔しい。


 その後、ゲーセン(ゲームセンター)に寄って遊んだ。


 500円なくなったところで、終了。


「ゲーセンで、500円なんてあっという間だよな」


 なんて、たわいのない話をしながら、帰路きろについた。



 家に帰って、晩飯食って、テレビ観て風呂入って、「さぁ、寝るぞ」ってところで。


 明日、現国(現代国語の略)のノート提出を思い出した。


 ご丁寧に、宿題付き。


 2限目にげんめ(時間割で授業の単位)なら、1げんの間にやれば間に合うが、悪いことに1限目だ。


 現国のヒヒジジイは、超厳しい。


 出さなかったら、怒られることは目に見えている。


 現時刻は、23時。


 今からやれば、間に合う。


 睡眠不足を覚悟して、通学カバンを開けて、現国のノートを探した。


 しかし、いくら漁っても現国のノートが見当たらない。


 カバンをひっくり返してみたが、現国のノートはなかった。


 どうやら、学校に忘れてきたらしい。


 明日、朝早く行くしかないか。


 宿題は、山さんに写させてもらうとして……。


 って、いくら早く行ったところで、貸してくれる相手が遅かったら意味がない。


 アイツ、いつも来んの、ギリギリなんだよ。


 じゃあ、今から取りに行くしかないか。


 でも、夜中の学校に、ひとりで行くのは怖い。


 ここは、山さんを召喚しょうかんするしかない。


 スマホを取り出して、リダイヤルで電話を掛ける。


 3コール目で、つながった。


 ――なんだよ? こんな時間に。


 やや不機嫌そうな声の後ろで、軽快な音楽が聞こえる。


 聞き覚えのある音楽は、某有名ゲームのものだった。


 宿題なんて早々に終わらせて、ゲームをしていたんだろう。


 余裕こいてる感じが、ムカつく。


 よし、だましておびき出してやれ。


 俺は、弱々しい声を作る。


「……俺、もうダメかもしんない……」


 ――え? なになに? どうした? なんかあった?


 俺の名演技にだまされた山さんが、驚きに染まった声で聞き返してきた。


 こいつ、お人好しで、騙されやすいんだよなぁ。


 笑い出しそうになるのを、懸命にこらえた。


「なんか、生きているのが、急に辛くなってさ……だから最期さいごに、山さんにお別れを言おうかと思って……」


 ――馬鹿野郎! 早まんじゃねぇっ!


 必死に、通話口に向かって叫んでいる光景を想像して、危うく吹きそうになった。


 笑いをこらえていると、山さんは言葉を重ねてくる。


 ――最期とか、言ってんじゃねぇよっ! 今からてめぇのツラおがみに行って、そのくさった根性、叩き直してやるっ! 今どこにいるっ?


 よし、罠に掛かったな。


 俺は音を立てないように家から出て、自転車にまたがった。


 ペダルに足を掛けて、学校へ向けて走り出す。


「どこだと思う?」


 ――どこでもいいから、とっとと教えろっ!


 いらだった口調で、山さんが叫んだ。


 今、どこでもいいって言ったね? 


 俺は、頬がゆるむのを感じながら、場所を告げる。


「教室」


 ――あ?


「だから、教室。学校の教室だよ」


 大事なことなので、2回言いました。


 俺が場所を教えると、山さんがえる。


 ――分かった! 今すぐ行くから、死ぬんじゃねぇぞっ! ってか、ぜってぇ死なせねぇっ!


 それを最後に、向こうから電話を切った。


 きっと大急ぎで家を飛び出して、こちらへ向かってくることだろう。


 あいつ、無駄に正義感が強い男だからな。


 山さん家は、学校まで自転車で軽く20分は掛かる。


 俺ん家は、自転車なら5分程度だ。


 確実に、先回り出来る。


 まぁ、こんくらい言わないと、山さんは夜の学校へなんか来やしない。


 正真正銘しょうしんしょうめいのビビりだからな。 


 今思えば、「人を騙す」なんて悪さをしたから、ばちが当たったんだ。


「うわぁ……不気味~……」


 夜の学校ってのは、どうしてこんなに怖いのだろう。


 昼は野郎の声が飛び交ってうるさいのに、今は静まり返っている。


 闇に沈むコンクリートの塊。


 闇夜を映す無数の窓ガラス。


 殺風景な校庭も、いつもより広く感じる。


 まるで、ホラー映画の冒頭シーンのようだ。


 薄ら寒いものを感じて、全身に鳥肌が立った。


 背中には、冷たい汗が流れて気持ち悪い。


 口がかわいて、唇を噛み締めた。


 魔王の城へ挑む勇者は、もしかするとこんな気持ちなのかもしれない。


 グズグズしている暇はない。


 早くしないと、山さんが着いてしまう。


 正面門は、堅く閉ざされている。


 でも、こんな門、あっても大した障害しょうがいじゃない。


 俺ぐらいの身長があれば、1メートル程度の門なんて、楽々乗り越えられる。


 難なく門を乗り越えた後は、次はどうやって教室に入るか。


 当たり前だけど、扉も窓も閉ざされている。


 窓を割れば容易よういに入れるけど、さすがに良心りょうしんとがめる。


 ざっと見回ったところ、無用心なことに、ロックが掛かっていない窓があった。


 窓を音を立てないように開け、体を滑り込ませた。


 念の為、この窓は開けておくことにしよう。


 入り込んだのは、1年の廊下の窓だ。


 2年の教室は、2階にある。


 外灯だけが頼りの暗い廊下は、静かで寒々しい。


 室内なのに、外気温よりも冷え切っているような気がしてならない。


 消火栓のランプが、闇を赤く丸く切り取っている。


 悪寒と恐怖を感じるのが嫌で、振り払うように廊下を駆け抜け、階段も駆け上がった。


 このくらいじゃ、息も上がらない。


 バスケット界の貴公子きこうしを、めんなよ。


 2階に上がると、自分のクラスの札が掛かった教室へ入る。


 見慣れたはずの教室は、ただ暗いだけで全く違って見えた。


 昼と夜で、こんなにも違って見えるものなのか。


 壁にあるスイッチを押すと、教室の蛍光灯が一斉に白く光だした。


 闇に慣れていた目は、蛍光灯の白さに一瞬、目がくらんだ。


 何度も瞬きを繰り返すと、いつも教室が見えた。


 なんだ、やっぱり、俺がよく知る教室じゃないか。


 安堵すると、俺は自分の机へ近付いて机の中を探った。


 思った通り、現国のノートは机の中に入っていた。


「『目的達成』っと」


 俺は破顔はがん(にっこり笑う)すると、ノートを持ってきたバックに入れた。


 黒板の上に掛けられた丸時計を確認すれば、そろそろ山さんが学校に着く頃だ。


 さて、どうしよう。


 このまま三文芝居さんもんしばいを続けるか、それとも嘘だとバラすか。


 続けますか?

 ➤はい

 ・いいえ


 せっかく、夜の学校まで来たんだし、もうちょっと続けてみるか。


 山さんが、どこで嘘だと気付くか、見物みもの(見る価値がある)だし。


 となれば、教室の電気は消そう。


 自殺しようって奴が、明かりが点いてる教室にいるってのはおかしいもんね。


 入り口へ戻って、スイッチを切った。


 明かりが消えると、さっきと同じ暗さが戻ってきた。


 やっぱり、暗闇は慣れない。


 自分の席に着いて、しばし待つ。


 ややあって、どこかで派手にガラスが割れる音が聞こえた。


 あいつ、ガラス割りやがったな?


 1階の廊下の窓、開けておいたのになぁ。


 それから、豪速ごうそくで走る足音が近付いて来て、教室のドアが乱暴に開け放たれた。


「米田さんっ! 生きてるかっ?」


 必死の形相で山さんが荒い息をして、肩を大きく上下させていた。


 薄暗い中でも、それがはっきりと分かった。


 着のみ着のまま飛び出してきたらしく、パジャマ姿だった。


 パジャマ派だったんだな、ちょっと意外。


 しかも、子供っぽい可愛いデザインなのは、母親の趣味か。


 それが、妙に似合っちゃってるお前って、どうよ?


 色んなことがおかしくて、俺はもう吹き出す寸前だった。


 手で口と腹を押さえてうずくまり、肩を震わせた。


 それを見た山さんは、何を思ったか駆け寄って来て、俺の両肩を掴んだ。


「どうしたっ? 気持ち悪いのかっ? 薬でも飲んだかっ?」


 どうやら、服薬自殺をはかろうとしていると、勘違いしたらしい。


 いやいや、それはないから。


 弁解しようと思ったが、今、口を開いたら絶対大爆笑してしまう。


 ホント、チョロすぎるでしょ、山さん!


 肩を震わせて笑いをこらえる俺の顔を、山さんが泣きそうな顔で覗き込んでくる。


「吐くかっ? 吐くなら、トイレ行こうっ! 立てるかっ?」


 黙って頷くと、山さんに肩を貸してもらって立ち上がった。


 俺を抱えた山もっさんの腕は、細いけれどたくましかった。


 伊達だてに、空手部主将じゃないってことか。


 っていっても、身長が全然足りてないんだけどな。


「ゆっくり……ゆっくりで、いいからな? トイレまで、頑張れよっ?」


 心配そうに俺を気遣きづかいながら、山さんは便所まで連れて行ってくれた。


 便所のドアをくぐり、洗面台の合わせ鏡の前を通った時だった。


 大量のフラッシュをいっぺんにいた時のような、真っ白い光が鏡から飛び出して、闇を食いくした。



 どこか遠くで、始業を知らせるチャイムが聞こえた気がした。


 で、気が付いたら、このザマだ。


 俺も山さんも、女になっていた。


 ふたりとも私服だったはずなのに、何故か女子高生の制服を着ている。


 しかも真夜中だったはずなのに、昼間のように明るい。


 いや、昼間のよう、じゃなくて昼間なんだ。


 便所の電気は点いていない代わりに、窓の外から温かい日差しが差し込んできている。


 さらには、学校中から聞こえてくる、かしましい女達の声。


「どういうことだ?」


 俺が首を傾げると、黒髪ロングの美少女に変わった山さんが、声を荒げる。


「聞きてぇのは、こっちの方だっ! 気が付いたら女になってて、横にいたはずのお前も女になってて、気ぃ失っててっ! そんでもって、なんか明るくなってっし、あっちこっちから女の声はするし、もう何がなんだか……っ!」


 山さんは、相当混乱しているようだ。


 そりゃそうだ、俺だって訳分からん。


 夜から昼になったのは、それまで気を失っていたと考えれば、なんとか理解出来る。


 だが、野郎の声が一切聞こえず、女の声が溢れかえっている状況。


 そして何より、俺達が女になってしまったことには、説明がつかない。


「これは、ひょっとして、夢……かな?」


「いや、夢じゃねぇよ」


 何気なにげなくつぶやくと、山さんに即刻否定そっこくひていされた。


 俺は思わず、顔をしかめて聞き返す。


「『夢じゃない』って、なんで言い切れんだよ?」


「痛ぇから」


 どうやら俺が気を失っている間に、試してみたらしい。


 山さんのこぶしが、痛そうな赤に染まっていた。


 一体、何を殴ったんだか。


 とりあえず、何が起こったのか、状況を確認しないといけない。


 時間を確認しようと左手首を見るが、そこに腕時計はなかった。


 代わりに右手首に、ベルトが細い女物の腕時計が着いていた。


 あ、そうか。


 女は、右に着けるのか。


 文字盤の上で、時を刻む秒針を見て、俺は驚いて山さんに見せる。


「おい、これ見ろよっ!」


「あ? 時計? これがな……なんだこれっ? 反対回りしてんじゃんっ!」


 耳を掻きながら、山さんが驚きの声を張り上げた。


 察しの良い山さんは、俺が言いたいことが分かったらしい。


 時計なのに、秒針が反時計回りをしていた。


 文字盤に刻み込まれたアラビア数字も、全て反転している。


 長針と短針は、ちょうど12時を回ったところだった。


 ということは、俺達が気を失ってから、まる12時間経った計算になる。


 そんなに長い間、俺達がここに倒れていることに誰も気付かなかったというのも、おかしな話だ。


 いつまでも便所にいても、何も分からない。


 ひとまず、便所から出ることにしよう。


 と、思った矢先。


 かしましい笑い声と共に、女子2名が便所に入ってくる。


 山さんは顔をこわばらせて、素早く俺の後ろに隠れた。


 あ、山さんが、女性恐怖症なの忘れてた。


 ってか、今は、俺もお前も女なんだけど、大丈夫なのか?


 セミロングの髪を金を染めた眼鏡女が、馴れ馴れしく話し掛けてくる。


「あ、米田さん、ちーっす」


「……ど、どうも、こん……にちは……」


「どーしたんすか? 気分でも悪いんすか?」


「いや……あの……その……」


 人見知りの激しい俺は、見知らぬ人間に声を掛けられると、緊張してしまう。


 顔をひきつらせて、ぎこちなく挨拶あいさつした。


 誰とでも気軽に話が出来る、社交性のある奴がうらやましい。


 普段なら社交性しゃこうせいが高いはずの山さんは、今は俺の後ろで身を硬くしている。


 名前を呼んできたってことは、どうやら向こうは俺のことを知っているらしい。


 でも、女子高生に知り合いなんていないんだけどな。


 灰色の男子校で、2年近く過ごしてきたから。


 せめて、名前を確認しようと胸元を見ると、右胸に「間大」という名札が着いている。


「まだい?」


「は? 何言ってんすか。大間(おおま)っすよ。いつも『大ママ(おおまま)』って、呼んでたじゃないっすか」


「大ママ?」


「そっす。どうしたんすか? 今日の米田さん、変っすよ?」


 俺が「大ママ」と呼んでいたのは、同じクラスの「大間真夫(おおままさお)」


 俺の知る大ママは、確かにこういう喋り方をする奴だった。


 でも、男だったし、俺よりデカい筋肉達磨きんにくだるまだった。


 レスリング部に所属していて、プロレスラーになるのが夢だと語っていた。


 こんなデ……ぽっちゃり系女子高生なんかじゃなかった。


 俺は混乱しつつ、大ママに質問する。


「えっと……大ママの下の名前って、なんだったっけ?」


「真美(まさみ)っすけど?」


 不思議そうに目を丸くしながら、大ママが答えた。


 なるほど、真夫だから真美か。


 どうやら、大ママも女子高生になってしまったらしい。


 って、ことは隣にいる、痩身の黒髪も俺の知り合いか?


 名札には「八壷」とある。


 さっき、「間大」で「大間」だったってことは――


「ツボッパ?」


「何?」


 呼び慣れたあだ名で呼ぶと、痩身の女子高生が何気ない口調で返事をした。


 やっぱり、こっちはツボッパか。


 ツボッパも同じクラスで、本名は「壷八豊(つぼはちゆたか)」


 ひまさえあればゲーセンに入り浸ってる奴で、バイト代も飯代もほとんど注ぎ込んでいるらしい。


 口癖は「最近、良いもん食ってない」


 一体、どういうことなんだ?


 友人が、みんな女になっている。


 時計は反時計回りに回り、文字も反転している。


 学校中に溢れる、女の黄色い声。


 呆然と立ち尽くしていると、今度はツボッパが声を掛けてくる。


「ところで、山本、知らなーい? 一緒にお昼食べようと思ったんだけど、いないんだよー」


「山さんなら……」


『俺の後ろにいる』と言おうとした時、後ろに隠れている山さんが、俺の制服を強く握り締めて引っ張った。


 どうやら、女性恐怖症じょせいきょうふしょう筋金入すじがねいりらしい。


 いつもなら、気さくに話せる大ママとツボッパに、怯えている。


 性別が変わっただけで、こんなにも変わるのか。


 それとも、山さんは性格も変わってしまって、コミュ障(コミュニティ障害)=人見知り)になってしまったのか。


 なんにしても、こんな状態でふたりに会わせることは出来ない。


 しかたないので、とっさに適当な嘘を吐く。


「なんか、とかで、具合が悪くて、保健室行った……んじゃないかな?」


 すると、妙に納得したように、ツボッパと大ママが頷き合う。


「あー……山本、重い人なんだー。分かるー、私も薬ないと無理ー」


「自分も、そろそろ近いっす」


「マジでー? ナプキンあげようかー?」


「自分、タンポン派なんすよ」


「えー、タンポン派なんだー? 私、タンポン、無理ー」


「慣れると、楽なんすけどね」


「痛くないのー?」


「痛くはないっすけど、最初は、違和感ハンパないっす。でも、すぐ慣れますって」


「うーん……やっぱ私、ナプキンでいいわー」


 ツボッパと大ママが、女子にしか分からない話をドンドン進めていく。


 俺は完全に、蚊帳かやの外だ。


 よく、そんな話で盛り上がれるもんだ。


 正直、聞いてる方はかなり気まずいんで、止めて頂きたい。


 どうでもいいから、早くここから出て行ってくれないかな。


 俺の後ろで隠れてる山さんが、可哀想になってきたんだけど。


 仕方がないので、追い出すとしよう。


「あんましここで喋ってると、飯食う時間なくなんじゃない? 山さんは、任せて」


「あ、そっすね。じゃ、山本さん、頼むっす」


「じゃー、またあとでー」


 ようやく、軽く手を振りながら大ママとツボッパが出て行ってくれた。


 俺は、大きくため息を吐き出した。


 俺の後ろにいた山さんは俺にしがみついたまま、その場にしゃがみ込んだ。


 振り返れば、山さんが顔色を真っ白にして、全身をわななかせている。


 お前、どんだけ女怖いんだよ。


 普段ならからかうところだけど、黒髪ロングの美少女になった山さんなら話は別だ。


 弱っている美少女は、可愛い。


「大丈夫?」


「こっ……これが、大丈夫にっ、見えるか……っ?」


 恐怖に顔を強張らせ、声まで震えている。


 よっぽど怖かったらしい。


 俺は苦笑すると、正面から小さな体を抱き寄せた。


 女になったからか、いつもの筋肉質な体じゃない。


 良い匂いがして柔らかくて抱き心地良いし、しなやかな髪の手触りも気持ち良い。


 抱き締めると、山さんの体が一瞬こわばった。


 俺は落ち着かせる為、背中を優しく撫でる。


「はいはい、大丈夫大丈夫」


「米田さん……」


 しばらくすると、震えも収まっていき、俺に体を預けてくれた。


 なるべく優しい口調で、問い掛ける。


「どう? 落ち着いた?」


「うん……ちょっと落ち着いたかも……ありがと、米田さん」


 はにかんで、山さんが礼を言った。


 山さんが会釈えしゃくすると、黒髪が美しくなびいた。


 うっわ、なにこれ山さん超可愛いっ!


 山さんが女になったら、ストライクゾーンど真ん中なんだけどっ!


 もう一生、男に戻らないで欲しいぐらい超好みっ! 


 俺も女なのが、残念でならない。


 そこまで考えて、ふと気になったことがある。


「山さんさ」


「ん?」


「なんで、俺は平気なの? 俺も今、女じゃん」


 疑問を口にすると、山さんも不思議そうにキョトンとする。


「そういや……そうだな。なんでだろ? かな?」


「俺だから平気って、どういうこと?」


 聞き返すと、何か考えていた様子の山さんが悪戯いたずらっぽく笑う。


 この顔は、何か隠している顔だ。


「知~らねっ」


「お前な……大人しく吐かないと、今すぐ、女の輪の中に放り込むぞ?」


 悪い顔で笑い返すと、小さな体を抱き上げた。


 山さんは、首を激しく振って顔を青ざめさせる。


「ふ……ざけんなっ! 言う言う言うっ! 言うから、止めろっ!」


「じゃ、教えて?」


 ニンマリと笑って問いただすと、山さんは可愛らしくむくれた顔で答える。


「女でも、家族とか親しい人なら平気なんだ。母さんとか妹なら、女でも怖くねぇの。たぶん、米田さんは親友だから、平気なんだと思う」


 聞いてみれば、大した内容じゃなかった。


 つまり、俺には心を許してくれているってことで良いんだよな?


 それって、かなり嬉しい。


 だって、学校にいる間は、俺しか頼る人がいないってことだもんな。


 黒髪ロングの美少女を、独り占めだ。


 ちなみに何故、山さんが女性恐怖症と、暗所恐怖症なのか。


 話せば長くなるが、幼少期に痴女ちじょ拉致らちられて、暗闇の中で悪戯いたずらされたのだという。


 それ以来、女が一メートル範囲内に入ると、恐怖を覚えるそうだ。


 一度、間違えて女性専用車両に乗ってしまった時は、死を覚悟したらしい。


「そっか、良かったっ」


 俺が満面の笑みを浮かべると、山さんは涙を浮かべた上目遣うわめづかいで懇願こんがんしてくる。


「そんで、その米田さんに、お願いがあるんだけどよ」


「何?」


「たぶんここ出たら、女がいっぱいいんだろ? 俺きっと、一歩も動けなくなっちまうか、全力で泣きながらやみくもに逃げちまう。だからさ、このまま連れて帰ってくんね?」


 言い終わると、山さんは俺の胸に顔を埋めた。


 つまり俺に、山さんを抱っこして帰れと。


「お持ち帰り」ということで、よろしいでしょうかっ?


 そんな可愛いこと言われたら、好きになってしまいそうなんだけど。


 いや、もう大好きです!


 本当にありがとうございますっ!


 もうこうなったら、女のままでもいいかっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何があったかわからんが、親友が俺好みの美少女になったから、とりあえずお持ち帰りした。 橋元 宏平 @Kouhei-K

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説