第47話 反撃


 振り抜いた拳が空を切る。ド派手な音が耳を打ち、天井が目に飛び込んできた。激しい痛みが背中を貫く。


『ピッケルスローが決まったぁぁぁぁぁ! ゲドキングが大地に落ちる!』

『見事な返し技ですね。あの早さで投げられると反応できないものです』


 簡単に言ってしまえば、一本背負いである。元々が豪快な技だが、身体の小さなダンが使えば、より視覚的な効果が出る。まるでピッケルを振り下ろしたように見えるだろう。ドワーフのイメージにも合っていた。


「うりゃあぁぁぁ」

 針で刺したような刺激が全身を駆け巡り、痛みを忘れさせる。反射的に立ち上がると蹴りを放った。

 鈍い感触が足裏に広がり、汗が飛び散る。カウンターでダンの顔に入ったようだ。相手などほとんど見ていない。感覚だけで足を出した。ここで潮目を変えようとしたのを、空気で感じ取ったのだ。

 会場から一斉にため息が漏れる。悔しさが滲み出ており、頭を掻きむしっている者もいた。ここからだと思った瞬間を立ち切ったのだから当然だろう。

(誰もがそう思うだろ。でも違うのさ)

 ここで終わらないことは、他でもないゲドキングが理解している。これは焦らしみたいなものだ。真に見たいものを見せるために。


『あっと、ダンの反撃は終わっていないぞ。このまま押し切れるのか』

『是非この期をものにしたいところですね』

 顔面を蹴った足が動かない。ダンにガッチリと掴まれているからだ。片足で立ったまま膠着状態が訪れる。

 状況が再び変わり、観客が色めき立つ。固唾を吞んで見守っているのが、肌を通して伝わってきた。

 もちろんこの体勢でも攻撃はできるが、その選択はしない。

 ダンは果たして何をするのか。思いつく限りのパターンを頭に浮かべ、受け身を取れるように備える。

 足を持って回転するドラゴンスクリュ―か。あるいは空いている足へローキックを放ち、違う技に繋げていくのか。

(どちらにせよタフな展開に)

 思考が途切れ、ふわりと肉体が浮き上がる。視界が急速に流れ、目の前に床が飛び込んできた。巨大な落下音がリングを揺らす。

 苦悶の声を上げながら、顔を押さえた。激しい炎が顔面を包み込んでいる。顔のパーツが全て潰れてしまったような錯覚を起こした。呼吸は何とかできており、鼻血が出ていないのが奇跡に近い。


『あ、足を持った体勢で投げ飛ばしたぁぁぁ! 今の技は一体なんだ』

『変形式のピッケルスローです。安定した重心と強い腕力がなければまず出来ません。私にも出来るかどうか』


 わかりやすく言うなら、足一本背負いといったところだ。ゲドキングの足を肩に掛け、そのまま前方に投げつけたのだ。解説の言う通り、簡単に出来ることではない。

 咄嗟に手を出して受身を取ったが、完全にはダメージを消しきれなかった。

(や、やってくれるねぇ)

 痛みもあるのだが、驚きの方が大きかった。この体勢で投げられるのは未知の体験だ。当然、練習でもやったことはない。

 現代でもこんな無茶な技を繰り出す者は中々いないだろう。実に受身の難しい技を出してくれる。こちらの想像を超えていた。

 呑気に痛がっている暇はない。うつ伏せの肉体がだらりと持ち上がり、ダンの背中が視界に映る。狩りで仕留めた獲物を運ぶように、足を掴まれたまま持ち上げられた。


『もう一発だぁぁ! ゲドキングが落ちるぞ!』


 重力から解放され、激しい衝撃が背中をぶちぬく。力任せに叩きつけられた肉体がリングを跳ね上がった。

 呼吸ができない。酸素が足りない。鉄板の上で焼かれている気分だ。受身だけでは痛みを逃がせない。

(このまま寝ていたい。けど、そんな訳にはいかないよな)

 のたうち回っていたところを、髪の毛を掴んで起こされた。片膝を付いたまま、目線だけはしっかりと前に向ける。

 待ち望んでいた展開がようやく訪れ、会場が一気にヒートアップする。ここまで鬱憤を溜めさせた甲斐があった。焦らしに焦らしたからこそ、燃え上がる温度も高くなる。

 ここからはダンの時間だ。

 受ける側の自分が先に参っていては話にならない。どんなに辛く、苦しくても耐えてやる。全てを彼に委ね、とことん引き立てるのだ。


(お膳立ては整っ)

 強制的に意識が切られ、景色が反転する。

 首が飛んだ――そう表現してもいい衝撃が襲い掛かった。口から下の感覚がない。どれだけ肺が動いても喉が動かないのだ。


『アックス・ラリアットー! ゲドキングを刈り取ったぁぁ』


 まさしく斧を振り抜いたような一撃。ドワーフの豪腕から放たれるラリアットは、人間の首など容易く破壊する。鍛えてなければ、本当に首の骨を折りかねない。

 痛みで脳がシェイクされている。背中に腹、顔に喉。バリエーションも実に豊富で、どこが痛いのかわからなかった。意識が残っているのは拷問に近い。地獄がいつまでも続くのだから。

 ここで止めたい。大人しく負けてもいい。今すぐにでも休みたい。

 人間――瀬田小次郎ならそう考える。

 でもプロレスラーは違う。ゲドキングは違うのだ。


(俺も、お前も、観客もだ。もっともっとイケるだろ)

 これだけでは満足しない。ここで止まってなどいられない。

 痛みに焼かれながらも更なる追撃に備える。どんな技だろうと全力で受け止める。これから起こるかもしれないあらゆる事態に覚悟を決める。


 眼前には鬼が立っている。そいつはゲドキングを破壊し尽くす。

 果たして五体満足でいられるのか。誰にもわかる訳がなかった

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