第46話 ダンというプロレスラー
『何とか脱出しましたが、ダンは流れを掴みきれませんね』
『ここがゲドキングの厄介なところですね。憎々しいほどの試合巧者ぶりです』
ダンの攻撃を全て避ける。リズムの良いステップは、まるで踊っているように華麗だった。上半身を必要以上に揺らすのは、挑発の意味も込めていた。
エルボーを潜り抜け、背後に回った。振り向きざまに放たれた裏拳を、横に跳ねて躱す。眉を歪め、舌を出しながらダンをおちょくる。
晒していた顔面に前蹴りが打たれた。手で弾き落とし、回転しながら再び背後に回る。避けるときに相手を小突くことも忘れない。大して激しい打撃でないことが、余計に観客を苛立たせるだろう。
『攻撃を仕掛けてはいるんですが、悉く外れてしまいます。あんな体勢でゲドキングが戦うのは初めてですが、あの構えがこの動きを可能としているんですか』
『動物や魔物の中には、戦闘の際に自らの姿形を変化させるものがいます。あれはゲドキングの必殺フォームと言っても過言ではないでしょう。使いこなすのは容易なことではありません。本当に恐ろしい男です』
実況席が言うほど余裕はない。攻撃は紙一重で避けており、タイミングが狂えば直撃していた。避けるたびに冷や汗が零れそうだ。
今は攻撃を当たりなくなかった。ダメージの問題よりも、試合展開を考慮してのことだ。プラン通りに進めるなら、もう少しだけノーダメージを貫きたい。ここで動きをしくじったら、プランを修正することになる。
心臓は冷え冷えになっており、思考回路が焼き切れそうなほど脳みそが回っている。先程のように激しく打ち合っている方が、ある意味で楽だった。
もちろん表情にはおくびにも出さない。顔のパーツはもちろん、手の指先まで意識して振る舞う。
リングに立っているのは、最凶の悪役ゲドキングなのだから。
憎々しいほどに大仰に手を広げ、ひらひらと布を揺らす仕草をする。この世界にも闘牛の興行はあった。きっと意味は伝わるだろう。
案の定、怒りに任せてダンが突っ込んでくる。その背中に手を乗せて跳び越えた。ただでさえ背が低い上に、より低い姿勢でタックルを仕掛けてきたのだ。これぐらいは充分出来る。
振り向いたところへ回し蹴りを入れる。本当に闘牛士になったみたいだ。
『ゲドキング、お前の血はどんな色をしてるんだ! 一体どんな頭をしていたらそんな発想が出来るんだ!』
ふらつくダンの顔を右脇に挟み、ギリギリと腕を締め上げる。ヘッドロックという技だ。絞め技としても有効なのだが、使い方によってはそれ以外にも効果がある。
ロープまで近づき、ダンの顔を擦り付けた。しっかりと間を取った後、左手で会場全体を指差し、そのまま歩き出す。
ロープに引き摺られるダンの顔は、さぞ酷いものに見えるだろう。受ける屈辱は筆舌に尽くしがたいはずだ。
脇の下で激しく暴れているが、腕のロックは外さない。先程の関節技よりも激しく締め上げている。ここで逃がす訳にはいかないのだ。惨めな姿を晒して貰う。
汗にまみれた顔。傷だらけの肉体。痛めつけられる精神。
どれだけ頑張っても、巨大な存在には敵わない。やっぱりダメなのかという空気が蔓延し始めている。
(頃合いだな)
静かにほくそ笑む。狙ったとおりの反応だ。
FWEに所属するただ一人のドワーフ。
己を奮い立たせ、何度やられても立ち上がる。足取りがふらふらになっても、諦めずに戦い抜く。ファイトスタイルはアルコに似ているが、最大の違いは『暗さ』だ。
アルコは明るく爽やかなキャラクターで人々を惹きつける。立ち向かう姿も希望や未来を背負っており、容姿や立ち振る舞いなどもヒーローとしての存在感を出していた。完全なるベビーフェイスだ。
一方ダンにあるのは暗さや厳しさだ。これは種族というものも関係している。ドワーフは人間よりも背が小さくリーチも短い。容姿は精悍で落ち着きがある。老けているように見えたとしても、それは熟成された魅力にもなる。断じて魅力がない訳ではない。
だが、わかりやすい美形とは言えないだろう。華やかさやビジュアルという点では、やはりエルフや他の種族に軍配が上がる。ファイトスタイルも同義だ。
小さな者が巨大な相手に戦いを挑む。何度立ち向かっても潰される。どんなに頑張っても踏みにじられる。それでも歯を食いしばって立つ。
そこには暗さと共に悲しさがつきまとう。種族のイメージや、この世界の人間最強主義がよりそれを助長させていた。
普段の彼はとても良い性格だが、リングの上で映えるかどうかは違ってくる。シリアスに戦わせると暗さが出てしまうのだ。実力はあるのに地味な雰囲気を拭うことはできない。
だったら逆に『それ』を活かせばいいのだ。
イメージは底辺階級の悲哀。
どれだけ頑張っても報われず、社会の波に逆らえない者たち。周囲に馴染めず、声を出すことすらできない不器用な者たち。
現代でもそういう人間たちは沢山おり、似たような経験をしている者は、この世界に何人もいた。時や場所が変わっても変わらないものはある。
そんな彼らにとってダンの存在は希望なのだ。
だからこそ彼のラジオや教室は、あれだけ支持されている。上手に活きられない者たちの代弁者となるのだ。
何もないなんて事はない。他でもない本人に気づいて欲しかったからこそ、色々とやらせたのだ。
「おら! 死ね! 無駄なんだよ、馬鹿が!」
罵声を浴びせながら、倒れたダンにストンピングを仕掛ける。小柄な肉体を何度も蹴っていく。巨人が踏み潰す様にそっくりだ。散々に打ちのめされ、逆転は不可能だと誰もが思っている。
会場には声を上げることをせず、静かに涙を流しているファンが何人もいる。違う種族にも共感を呼んでいるのだ。中年に差し掛かった者は特に応えるだろう。アルコやドリトスとは違ったポジションを確立できるのだ。
『さぁ決ってしまうのか! ここで終わってしまうのか!』
髪の毛を掴んで無理矢理立たせる。ダンに抵抗する力など残されていない。
その腕を取り、反対のロープへ振った。身体が沈み込み、反動を付けて、こちらへ戻ってくる。
ゲドキングは必殺の一撃を放つため、大きく腕を振り上げた。
(君はその期待に応えることができる。だから見せてやれ)
事ここに至り、自信を持てなどと言うつもりはない。ファイトで応えて欲しかった。ダンをとことん追い込み、その底力に期待する。
誰よりも楽しみにしているのは、他でもない小次郎なのだから。
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