第45話 緩急
(打ち合いじゃ、やっぱ不利だわな)
顔を打たれるたびに意識が飛びそうになる。この小柄な肉体にどれだけパワーが詰まっているのか。実に羨ましい。ただの打撃が必殺の威力になるのだから。
頭の中でプランを切り替える。ここまでは想定内だ。
エルボーの打ち合いを止め、モンゴリアンチョップを打つ。振り下ろした両手がダンの首元に直撃する。一瞬だが動きが止まる。
同じ箇所へ再びチョップを打った。ダメージを受けながらも今度は止まらない。真っ直ぐに突っ込んで来たところへケンカキックを放つ。単純な蹴りだが、しっかりと腰を入れれば威力は出る。見た目的にもわかりやすい技である。
『カウンターで入った。これはたまりません」
顎を蹴り上げたことで、ダンがたたらを踏んだ。タイミングを見極め、スラインディングタックルの形で足を引っ掛ける。
ゲドキングはすぐに立ち上がり、ダンの足を取った。表情を作ることも忘れない。観客からは憎々しく見えているはずだ。
そのまま逆エビ固めへと移行する。ボストンクラブとも言われるこの技は、うつ伏せになった相手をまたぐような形で立ち、両足を持ち上げ、背中を反らせるものだ。相手はまるでシャチホコのような姿となり、腰と背中の両方にダメージを与えられる。
見た目的にもわかりやすく、プロレスにおいてポピュラーな技と言えよう。
『ガッチリ極まったぁぁぁ! 関節の悲鳴が聞こえてくるぞ!』
『ここは耐えるべき場面です。ダン選手は何とか切り返したいところですね』
サブミッション。いわゆる関節技には大きく分けて二種類ある。
相手の意識を刈り取ったり、関節を極めることで戦闘力を奪う方法。クラフトアーツなどで使われているのがこれだ。
もう一つは相手を落とすのではなく、力を調節しながら痛みをじっくりと与える極め方。いわゆるプロレスなどで使われる。
普通に考えれば、前者の方が辛いかもしれないが、必ずしもそうとは言い切れない。格闘技にはギブアップという制度があるからだ。完璧に極まったら、すぐに選手側から試合を終わらせることが出来るのである。また意識を失えば、そこで試合はストップする。
一方のプロレスは簡単にギブアップができない。どれだけ痛くても観客の盛り上がりがいまいちなら、試合を止めることが許されないのだ。つまり痛みがずっと続くということだ。力や締め方は調節できるが、ノーダメージで済ませることはできないのだ。意識が飛んでも強制的に起こされることなどザラにある。
「しゃあぁぁぁぁぁラァァァァァァ」
気合いを籠めて、技の強度を高める。腰の下でダンが苦しげに唸っている。選手だけでなく観客にも苦しみは伝わっていた。こうすることで客を焦らすこともできる。
それこそが選手への応援に繋がるのだ。これも見せ方の問題である。
他にも利点がある。関節技を挟むことで、試合展開に緩急を生み出すのだ。動き回るのはもちろん派手だし、激しい打ち合いも目を引くだろう。
だが、そういう攻防ばかりではレスラーが保たない。また目まぐるしい展開ばかりでは観客も疲れてしまう。
静と動。
ショーマッチを一つの映画や舞台だと思えば、より楽しめるはずだ。いくらアクション映画でも、ずっと銃を撃ち続けたまま終わる映画はないだろう。相手と戦いながら会話を進めている作品も少ない。
そこでメリハリが重要になってくる。選手のためにも、観客のためにも必要なのだ。
しかし、プロレスには格闘技やスポーツのようにインターバルがない。短い試合展開なら激しく動いて終わりでもいいが、長丁場となればそうはいかない。どんな体力自慢でも倒れてしまうし、後半のキレが悪くなる。
だからこそ自分たちで作る必要があるのだが、あからさまに休んでいたら、絵的によろしくない。露骨な手加減など論外だ。すぐ観客に伝わってしまうだろう。
どれだけ自然に息を入れる間を作り出し、回復時間を生み出すか。相手と攻防を繰り広げながら、どこにそういう展開を折り込むか。
これが上手ければ上手いほど観客は沸くだろう。いつ回復したのか。どこにそんな力があるのだと驚かせることが出来るのだ。不死身と称されるレスラーは受身や、こういう時間の作り方が抜群に優れている。
こういったところにもプロレスの腕が試されてくる。激しくぶつかり合うだけが正解ではない。静かな展開でも飽きさせることなく、ちゃんと盛り上げられるのだ。
『ロープまでもうすぐだ。あと少しだ。頑張れ、ダン。手を伸ばせ!』
『素晴らしい根性ですよ。あれで動くのは相当苦しいはずです』
必死に這いずりながらロープへと近づいていく。ロープを持てば技を解かなければいけないからだ。
ダンはさぞ酷い顔をしているはずだ。力を調節して、動きやすいようにしているが、それでも技を極められた状態で動くのはかなりキツいのだ。
ロープが目の前に迫る。地獄に垂らされた一筋の糸。苦しみからの解放。掴めば救われるのだ。
会場も息を吞んでいた。先程までの激しい怒号は聞こえない。誰もが祈るようにダンの行動を見つめている。
ダンがロープを掴んだ。
――かに見えたが、惜しくもその手は空を切る。
再び力を込めて、ダンをロープから引き離したからだ。
「がああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁっぁ」
絶叫が木霊する。もちろん痛みは増加している。逆エビ固めのまま引きずられていく光景はどんな風に見えるのか。観客席から零れる悲鳴がこれ以上なく、答えを示している。
反撃に移れそうで移れない。報われると信じていたが壊される。
これもまた緩急だ。
あらゆる創意工夫を凝らし、とことん客を魅了する。己の全てを用いて、感情や痛みを伝え続ける。ただ試合をするだけではいけない。どれだけ観客を満足させるかだ。
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