第44話 VSドワーフ
ドワーフと戦うときに気をつけるべき点は何か。
「見た目である」
身長差がはっきりと出てしまうのだ。これは試合全体の画として大いに関わってくる。
ダンの背はだいたい小次郎の胸の下あたり。普通に戦えば、両者が向かい合って顔面を打つという画にはならない。攻撃の大半は腹を打つことになるだろう。与えるダメージとしては有効なのだが、やはり顔を打ってもらったほうがわかりやすい。
重要なのは実際のダメージより、ダメージがあるように見えるかどうかだ。どんなに攻撃が効いても、観客に伝わらなくては意味がない。逆に攻撃が効いていなくても、痛いように見えれば正解になることもある。
それがショーマッチの宿命であり、醍醐味だからだ。大きく受け身を取ったり、派手な動きをするのもアピールするための手段である。
見栄えすることは何よりも大事なのだ。
『おおっとゲドキングの体勢が変わったぞ。これは初めて見る構えです』
『やはり奥の手を隠していましたね。敵ながらその懐の深さには恐るべきものがあります』
腰を落とした深い前傾姿勢。両手足を広げたどっしりとした構え。両足は軽く、リズムよくステップを踏む。一見すると鈍重そうに見えるが、見た目より動きやすい。レスリングの構えを自分に合わせ、改良したものである。背の低い相手と戦うときの専用フォームだ。
普段の構えでもダンが手を伸ばせば、ゲドキングの顔に届くが、どうしても攻撃手段が限られてくる。この姿勢は他でもないダンが攻撃しやすい形なのだ。
しかし、このフォームが問題だった。体重移動が多少難しく、打撃に力が入らないことがある。誰もが出来るわけではない。使いこなすには、どうしても腕がある者に限られてしまう。
悪役が下手な攻撃をしていては、善玉が活きることはない。また相手の攻撃をわざとらしく食らっても客が冷めてしまうのだ。
この他にも様々な戦い方がある。レスラーによって表現方法は様々だが、背の低い相手と戦うには、どうしても相応の技術が必要となってくる。ただ戦うのではない。打ち合う様を映える画にしなければいけないからだ。
このため彼の相手はおのずと腕達者な強敵ばかりになってしまう。同種族か、同じくらいの身長を持つ相手と常に戦わせることができればいいが、残念ながら人材は足りていない。
ダンをなかなか勝たせなかったのは、実はここにも理由があった。
悪役は負けることが決まっている。だからといってずっと負けさせる訳にもいかない。腕の良いレスラーは悪役でも人気があるし、強さに対する『格』もある。それが落ちれば、客も展開に納得しないだろう。
善玉は勝てるのか、という不安を常に与える必要がある。ピンチを演出しなければいけない。それを乗り超えるからこそ、カタルシスを得るのだ。
仮に負けたとしてもいつか必ずやり返す。そこから這い上がる姿を人々は応援する。いわば焦らしみたいなものだ。
どちらの展開にも悪役が必要であり、敵の『格』も大事になってくる。相手が強ければ憎しみが増す。勝ったときの満足感も上がるのだ。
またレスラー個人の事もある。
悪役だって人間だ。感情もあれば、思考だってある。いくら報酬を払っていても、ぞんざいに扱え続ければテンションに関わる。誰もが従順な訳じゃない。個人事業主なのだから当たり前だ。
そういう意味でダンに甘えていたのもある。彼の優しさや状況につけ込み、善玉としての負け役を押しつけてしまった。善戦マンというあだ名をつけさせたのは、紛れもなく自分の責任でもある。
ダンの実力に問題はない。プロレスはまだまだ上手くないが、パワーはFWEの中でも五指に入る。他の選手とも充分渡り合えるだろう。
だからこそこの大舞台で活躍させたい。一夜にして全ての評価を覆させ、一気にスターダムへと押し上がる。二人でそういう舞台を作り上げるのだ。
(といっても、ダンちゃんはそんなこと思ってないか)
流れる汗が冷たく、全身が縮みそうになる。鋭く睨みつける両眼に、普段の柔和な面影などどこにもない。こちらを殺しかねないほどの闘志を放っていた。
こんなに怖い試合は初めてかもしれない。だからといってブレるわけにはいかない。
『さぁリング中央で二人の闘志がぶつかる。次に主導権を取るのはどちらなのか』
『ゲドキングにどれだけダメージが残っているかですね。ダン選手はここで畳みかけたいところですよ』
腕を伸ばしながら、じっくりと近づいていく。ロックアップを仕掛けるためだ。ここでどんな反応をするかでも、相手の考えがわかるというものだ。
ダンは表情を変えないまま腕を伸ばしてくる。試合開始時の奇襲もあり、こちらには応じないかもしれないと思ったが、どうやら違うみたいだ。
(だったら・・・・・・こうするか」
頭の中で素早くプランを立て、次のムーブに備える。
お互いの距離が詰まるたびに、会場の視線が一点に集中していく。ハラハラしている空気が嫌でも伝わってきた。とことん高めた上でそれをぶっ壊す。
伸ばした腕が空中で触れ合い、組み合おうとした瞬間、腕を振り払って蹴りを入れた。
『ああっと、ゲドキングの騙し討ちだ! これはいけません』
顔面へもろに入り、頬を歪める。ダメージよりも怒りが大きいはずだ。
客席からブーイングが生まれるが、気にすることなく無防備なボディを蹴る。これはヒールの特権である。善玉はどうしても卑怯な事が出来ない。罠とわかっていても乗らざるをないことがある。
腹を押さえて呻くダンの姿を横目にしながら、自分の頭を指で突いた。舌を出すことも忘れない。相手を徹底的に馬鹿にするためだ。
更なる怒声が巻き起こり、ゲドキングへの憎悪が最高に高まっていく。観客をとことん煽ったあと、必要以上に腕を振り、追撃を掛けるが――。
「ゴラァアアアアアアアアア」
その攻撃は無情にも断ち切られた。ダンのエルボースマッシュが炸裂したからだ。頬の肉ごと持っていかれそうになる。
意識を保ち、眼前の敵を見据える。ここで退くわけにはいかない。カウンターでエルボーを放った。
ダンもまた退く気はない。足を止め、腕を振りかぶる。
「シャウラァアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「ダラッアアァァアアアアアアアアアアアアアアア」
互いに叫びながら、エルボーを打ち合う。吐き出す音は言葉になっていない。腹の底から沸き起こる何かをぶつけていく。
やはりこういう画は欲しい。このフォームならば無理なく打ち合える。打ち合えるのだが。
『激しい打ち合いだぁああ。リングが揺れているぞぉぉぉ!』
『ゲドキングも流石ですね。ダン選手の攻撃に怯んでいません。恐ろしくタフな相手です』
(そんなわけねぇだろ!)
肘が交錯するたびに魂が削られる。一撃毎に骨が潰されそうだった。ミンチにされる肉の気分がよくわかる。自分から誘ったのだが、本当に割が合わなかった。
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