第9話 プレゼンテーション
口から零れる鋭い呼吸音。休むことなくリズミカルに打たれる拳が空気を震わせる。太い腕から放たれる一撃は相手のガードごと壊しそうだ。
左ジャブからの右ストレート。形だけなら他の格闘家と遜色はない。ただぎこちなさも見て取れた。まるで大きな粘土を無理に型番へ入れたような窮屈さを感じる。キックやタックルも同じだった。
「ありがとう。やっぱり思った通りだ」
一通りの動きを見られたので練習を一時中断する。どれくらい動けるのかを確かめたかったので、ビルタニアスやダンの動きを見せてもらったのだ。
「あんたたちは決して弱くない。ただ動きに対応できていないんだ」
話を聞いたときから浮かんでいた奇妙なイメージ。ピースが微妙に当てはまらない感覚は的中した。
「何が原因なんですか。自分ではわからなくて」
ダンから素朴な質問を受ける。本当に悩んでいるのだ。
「根本的に戦い方が合わないんだろ」
「身も蓋もないじゃない。もうちょっと何かないの」
アルコに非難されるがそれしか思いつかない。
「パワーやテクニックがあることはわかるが、クラフトアーツはそもそも人間が戦うための格闘技だ。動きは人間を基準に作られている。それに合わせようとしても無理が出て当然さ」
活躍できるのは器用な選手か、上手く適応できる選手だけ。それが少ないのは実績で示している。
「店長たちが魔王軍と戦ったときはこんな動きをしなかっただろ。戦いやすいスタイルがあったはずだ」
ビルタニアスたちが静かに頷く。下手に格闘技の動きをするよりもしっくりくる。種族ごとに肉体や特徴が違うなら、得意とする武器や戦いやすい方法があるはずだ。それを無理に矯正しても無理は出る。
「店長みたいなタイプと戦う場合は判定狙いのアウトボクシング。焦ったところにカウンターを叩きこむ。隙を見ながら関節で極める。こんなところじゃない」
プロは一瞬の隙を見逃さない。素人にはわからない小さな動きのミスが致命的となる。ビルタニアスは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。正解など聞く必要もない。
「だから人間の作った規定に合わせる必要なんてない。見た目や戦い方の全く違う種族がリングに上がれば、それだけで特色が出る」
「それならアルコたちの企画した何でもありの試合もありじゃない。コジの話なら充分魅力を出せるっしょ」
格闘技など興味がなさそうなドリトスは今日も顔を出している。昨日の今日で早くもあだ名で呼ばれていた。
「アイデア自体は悪くない。ただ見せ方を致命的に間違えてるんだよ。勝ち負けに拘ることが面白さに繋がる訳じゃないんだ」
ドリトスの指摘に付け加える。お互いのズレを解消しないといけない。
「特徴も戦い方も違う種族に対して、統一したルールを作るのは不可能に近い。だけど魅力は出したい」
格闘技におけるルールは勝負や興行を成立させるために必要不可欠なものだが、細かく決めれば決めるほど、異種族の魅力を損なう恐れがある。
「そこでプロレスだ。おまえたちには徹底的にエンターテインメントに拘ってもらう」
「え、えんた」
この世界では通じる言葉と通じない言葉に偏りがある。ローキックやジャブ、レフェリーといった格闘技関連のワードは比較的通じることも多い。
「娯楽。ようは観客を楽しませるショーマッチだ」
プロレスにも様々なスタイルがあり、思想がいくつも存在する。その中でもエンタメに拘ることにした。はっきりとわかりやすく伝わるからだ。
「論より証拠だ。とりあえず見せてやるよ。店長、手伝ってくれ」
ビルタニアスはこの中で一番体格が良いのでよく映える。皆に聞こえないよう気をつけながら、簡単に動きのポイントを説明していく。
「・・・・・・こんなところかな。何かあったら途中で指示するから」
難しいことはしないのですぐに理解できるだろう。まずはどういうものかを知ってもらいたい。
「それとマリア。書くのは止めてくれ。覚えたければ頭で覚えろ」
「いいじゃないですか。私もプロレスに興味があるんです」
小次郎の発言を几帳面に書き込んでいる。授業を受ける生徒みたいだ。
「じゃあ技術的なことだけにしろ。俺が言ったことは消せ」
リングの上やマスコミに向かって発言したことなら、いくらでも残してもらいたいが、こういうプライベートでの発言は残したくない。後で絶対に恥ずかしくなるからだ。
リングに上がった二人は中央で対峙する。
ここまで自信に満ちた姿を見せていたが、この場で一番緊張しているのは小次郎だった。
人間じゃない相手と本格的にプロレスをするのは初めてだ。プロレスの魅力は充分わかっているが、この短いスパーリングで周囲に伝えないといけない。本当に大事な一歩だ。ここでコケたら台無しになる。
大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせ、余計な思考を追い出す。会場がどこだろうがやることはかわらない。観客を最高に楽しませるのだ。
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