第10話 スパーリング
ゴングを合図にゆったりした足取りで時計と反対周りに歩いていく。打ち合わせた通りにビルタニアスも動いた。二人はリング中央をぐるぐると回っていく。
目で合図を送り、一気に組み付く。肉体と肉体がぶつかり合い、弾けるような音が鳴る。
左腕を相手の首に回すと、ビルタニアスも同じように腕を回してくる。右腕は相手の左腕に当てた。これはロックアップという体勢である。プロレスの基本的な型の一つだ。身長差があるので多少屈んでもらっている。
組み合いながらも小さく息を呑んだ。ロックアップの状態で相手と引き合うと、ナチュラルなパワーが伝わってくる。予想以上に力が強かった。
(伊達じゃないということか。いいねぇ)
フィジカルが強いのは見るだけでもわかる。固い岩のような肉体に惚れ惚れしてしまう。巨体のレスラーに引けを取らない。
腕を首に回した押し相撲のような形で、互いに声を出しながら相手を引き込もうとする。重心が移動するたびにダダンという大きな音が鳴る。あえて足踏みを強くしながら、攻防を派手に見せているが反応はどうか。巨大な肉体を引き合う姿はどう見えるか。
(まずは成功だな)
チラリとリングの下に視線を送る。興味深そうにこちらを見ている。期待の色が消えることはない。
小次郎からロックアップを解き、ビルタニアスの胸にエルボーを打つ。肘の尖った部位で突き刺すのではなく、手と肘の間の部分で打った。
ビルタニアスも負けじと胸にチョップを打ってきた。胸が火傷したような錯覚に陥る。痛みがしっかりと伝わる中で、もう一度エルボーを打つ。
更に相手が打ち返してきた。ビリビリと響く衝撃。呼吸が止まりそうになるが、ぐっと堪えてエルボーを放つ。激しい打撃音が交錯する。
お互いに連続攻撃を繰り出しながら、次なる展開へ動いていく。
ビルタニアスの左腕を取り、背中に回り込もうとした。腕を後方に締め上げるハンマーロックという体勢だ。極める前に身体を回しながら掴んでいる腕を弾き、逆に腕を取ろうとしてくる。小次郎も同じように弾き、再び腕を取ろうとする。
これもプロレスの基本的なムーブである。ぎこちないところはあるが形になっている。
(店長、お願いします)
合図を出してロープへと振ってもらう。肉体が沈み込み、三本のロープが唸りを上げた。この感覚は異世界だろうが変わらない。しなる反動を力に変えて、全力で走り出す。
「うぉりゃあああああああああ」
叫び声を発しながら跳躍する。両足を揃えた跳び蹴り。ドロップキックがビルタニアスを吹き飛ばした。マットに落ちるときも受身をしっかりとる。これはダメージを減らすだけではなく、着地音を伝えるためでもある。
「くらえ、コラ!」
倒れたビルタニアスにストンピングを仕掛ける。ただ蹴るのではなく、あえて上半身を大きく動かしながら踏み抜く。動きを入れれば強力な攻撃だと見ている者にアピールできる。
相手を倒すだけならこんな動きはいらない。効率よく相手を潰すなら、頭に鋭く蹴りを入れればいいのだから。執拗なストンピングから相手の顔を持って起こす。
「とどめじゃ、ウラァ。てめぇビルタニアス。眠っていろ、バカ野郎」
大声で叫んでいるので、何を言っているかわからないかもしれない。だが気迫は伝わっているはずだ。
思いきり力を入れて、大袈裟に右腕を引いた。顎を狙うというアピールだ。相手を倒すという絶対の一撃だと誰にでもわかる。
だがその一撃は打たれることはない。素早く反応したビルタニアスから喧嘩キックをくらったのだ。お世辞にもフォームが良いとは言えない力任せのキックだが、まともに腹部へ当たれば、ダメージはある。そして観客の印象にも残るのだ。
小次郎が腹を押さえて俯くと、隙を逃さずに組み付いてくる。腕を股の下に入れられ、もう片方の腕は肩を持つ。ビルタニアスが力を入れると同時に肩口まで持ち上げられ、背中から叩きつけられる。お手本のようなボディスラムだ。
リングが大きく軋み、練習場に巨大な爆発音が木霊する。小次郎が呻いているところに素早く身体を乗せ、肩を床に抑え込まれた。
カウント三秒。試合はビルタニアスの勝利で幕を閉じた。
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