第7話 勇者と魔王


『勇者サントリアと魔王ジャンバル』


 今から数十年前。この世界に魔王ジャンバルと名乗る存在が現れ、世界各地へと侵攻を開始した。人類はもちろん他の種族も必死に応戦したが、戦況を覆すことはできず、世界が魔王の手に落ちるのも時間の問題といえた。

 そんなとき突如として現れたのが勇者サントリアだった。出身も経歴も不明なその男は全てを賭けて魔王に戦いを挑んだ。数々の激闘の果てに勇者は魔王を討ち果たし、世界に平和をもたらした。

 全てが終わったあと勇者は忽然と姿を消してしまった。世界をくまなく捜したが見つかることはなく、二度と姿を現さなかったという。この世界に住む誰もが勇者を称え、その名は伝説となったのだ。


「勇者伝説か」

 ある意味珍しくない伝説。ゲームや漫画、映画などではお決まりの話だ。現代にも怪物を倒した英雄の神話はどの国にも伝えられているが、まさかほんの数十年前に起きた世界にやってくるとは思わなかった。広場に建っていた巨大な銅像は勇者のもので今でも崇められる対象なのだ。

「街の様子を見れば、信じられないのも無理はない。だが当時は本当に酷いものだった。世界の滅亡という夢物語みたいなものをこの身で実感したよ」

「店長も戦いに参加したのか?」

 こくりと静かに頷く。エプロンで隠れていたが、よく見ると細かな傷がいくつも刻まれている。尻尾の方には大きな傷がくっきりと残っていた。見ているだけで痛々しい。多くを語らずとも凄惨が伝わってくる。


「そんなに強いのかよ。一体どんな奴なんだ」

「僕たちも実際にその姿を見たことはありません。ですがその恐ろしさは至る所で語り継がれています」

 絶大な魔力と力で自らの軍を作り上げ、あらゆる種族を敵に回した。数々の戦いを繰り広げながらもついに負けることがなかったのだ。魔王軍に心中する種族もいたらしく、サントリアが現れるまで本当に対抗できなかったのだ。


「それにしてもわからん。魔王は何がしたかったんだ?」

 頭の中で整理するにつれ、気になる部分がいくつも出てくるが、まず思いついたのがそこだった。

「世界を支配するつもりだったんでしょ」

「だったらもっと賢いやり方がある。効率的にできるはずなんだ」

 魔王はあちこちに喧嘩を吹っかけて、全ての勝負を受けて立った。戦う気力を失くした種族も無理矢理立たせ、死に物狂いで自分たちと戦わせたという。

 人間にとって代わり世界を運営していくなら、あまりにも遠回り過ぎる気がした。


「魔王の真の目的も今となってはわかりません。でもその行動を見る限り、やっぱりこの世界の全てを滅ぼそうとしたとしか思えませんけど」

 ただの戦闘狂だったかもしれないし、一種の破滅願望からくるものかもしれない。ただ頭のネジが外れていた可能性もある。

 しかし話を聞いているとそんな印象も受けない。どうにも上手く噛み合わないのだ。

 こんな魔王と戦った勇者は何者なのか。


「おまえたちは勇者を見たことあるのか」

「直接見たことはないわね。その頃は生まれてなかったし、そもそも私の一族は共に戦えなかったの。サントリアは人間しかパーティーに入れなかったから」

 アルコの言葉に眉根を寄せ、他の者たちに視線を向ける。

「僕たちも協力を申し込んだんです。長老たちはドワーフの中でも指折りの戦士を派遣しました。ただ勇者には断られてしまったみたいで」

「あたしのところも同じだね。限られた戦力を奪うことはできないから、自分たちの里を守ってくれ。だいたいどの種族もこう言われたみたいよ」

「事実魔王は幾度も侵攻してきたからな。勇者の方針は正しいと言える」

 理屈は通っているがいまいち納得できない。戦える仲間は一人でも多く必要なのに、何故縛るような真似をしたのか。あるいは他種族に対する差別や偏見があったのかもしれない。

「それは違うな。里や村が危機に陥ったら何度も助けに来たからな。勇者の態度もこちらを見下しているとか、そんな風には見えなかった」

 捨て駒や囮として使う気なら命懸けで守る必要はない。内心はともかく表面上は善人のように振る舞っていたのか。それでも善人に見せるためだけで、自分の生命を賭けて戦うことができるのか。


「人間だけで勝てるほど楽な相手、ではないよな」

「勇者のパーティーは入れ替わりも激しかったんです。多くの殉職者が出てますから」

 説明するマリアの表情が暗い。それだけ厳しい戦いだったということだ。ますますエルフやドワーフを仲間に入れなかった理由がわからない。ただでさえ戦力が不足しているというのに。

「金が欲しかったからとか」

 一番わかりやすい理由である。分け前が減るから味方を増やさなかった。

「金銭に執着していたという感じはなかったそうですよ。法外な報酬を求めたという話も聞いたことがありません」

 ビルタニアスたちの反応を見る限り、それは真実だろう。黒い噂の一つや二つは伝わるはずだからだ。しかし彼らには悪印象を抱いている様子がほとんどない。

 ますますわからなくなる。一つの謎に対して答えを出せば、また新たに納得のいかない部分が出てくるのだ。


「何がそんなに気になるのよ。彼は平和のために戦った。正義を貫いて魔王を倒した。それでいいじゃない」

 勇者が世界を救ったのは事実だ。他の種族を助けたのも本当だし、悪い噂を聞くこともない。普通ならその結論に辿り着く。アルコはもちろんこの世界に生きる者たちは強く信じている。

「別にケチを付けたい訳じゃないさ」

 だが小次郎はどうにもスッキリしなかった。奇妙な違和感が喉の奥に引っ掛かるように付きまとっている。

 どこまでも無欲で平和と人々の笑顔のために戦う。そういう聖人君子のような存在はいるかもしれないが、この勇者に当て嵌まるとはどうしても思えないのだ。



「伝説となった理由はもう一つあるんです。勇者は魔王軍と素手だけで戦ったんですよ」

 耳を疑ってしまう。何を言われたのかわからなかった。

「からかうなよ。いくら何でもそれはない。伝説の剣とか鎧とか、とんでもない魔法とかあったんだろ」

 冗談だと思ったがそんな空気は微塵も感じない。


「だって世界を滅ぼしかけた相手だろ。素手で戦って勝てるわけが」

「でも事実なんです。確かにパーティーにいた人はサポートで魔法を使う人もいました。だけど当の勇者は戦闘では魔法の類は一切使いませんでした。これは皆が証言しています」

「そ、そんなに強かったのか。勇者ってやつは不死身の怪物か」

「確かに強かったみたいですけど、無敵というわけじゃありません。勇者は何度も危機に陥っています。致命傷を負って、ボロボロに傷ついて。心臓が止まったことも一度や二度じゃないんです。それでも最後には必ず立ち上がり。勝利を得てきました」

 だからこそ伝説になったのだ。常識外れなことを本気でやり遂げたのだ。どんな馬鹿だったのか。頭のねじが外れているとしか思えない。楽勝で勝てるならまだしも何度も死にかけているのだ。

 世界を救った勇者。しかも常識外れの方法で最後まで戦い抜いた。伝説になるのもわかる気がする。恐らくこの世界に永遠に伝わり続けるものだ。


「ありがとよ。何となくわかったよ」

 一息つきながらお茶を飲む。テーブル席の熱気とは裏腹にすっかり冷めてしまっていた。勇者伝説を知らない自分がどれだけ異端であるのか。アルコたちの反応も今なら納得できる。

「これでも学生ですから。授業で習いますし、自分でも結構調べたんですよ」

 説明は本当にわかりやすかった。勉強熱心なマリアは学園でも真面目な生徒だろう。寝てばかりの自分とは違う。


「あんまり信じたくないけど、信じるしかないみたいね。あんたはこれからどうするの。元の世界に戻る方法はあるの?」

「わからねぇよ。だから悩んでるんだろ」

 何しろ唐突にこの世界に来てしまったのだ。帰る手段など見当もつかないし、いつ帰れるかもわからない。

「贅沢は言わない。どこでもいいから住ませてくれ。このままじゃ俺は泥棒になるしかない」

 まずは食事と寝る場所である。犯罪はなるべくしたくないが、切羽詰まった状況ではやるしかなくなる。


「だったら練習場に住んでもらえばいいじゃないか。部屋は空いているだろ」

「い、嫌ですよ。店長」

 ビルタニアスの提案にアルコは思いきり手を振る。

「警備が増えるのは良いことだ。彼には私たちにない知識もある。団体についてアドバイスをもらうのも悪くないんじゃないか」

 アルコは頭に手をやって唸っている。表情がころころと変わるのは面白かった。やがて観念したかのように大きく息を吐き出す。


「わかったわよ。付いてきて」

 散々悩んだ末に立ち上がる。どこに行くかわからないが寝床は確保できるようだ。ただそれと同じくらい団体という言葉が頭に残り続けていた。


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