第6話 異なる種族たちと
アルコに連れてこられたのは『キャンプ亭」』という店だった。広い店内はカウンター席とテーブル席に分かれており、個室もいくつか備えている。客はまばらだが寂れているという感じはしない。恐らくはピークを過ぎた時間帯なのだろう。
「店長、ご飯頂戴。もう動きすぎてお腹ぺこぺこだよ」
テーブル席に座ると人懐っこい笑顔で注文する。花が開いたように明るく、見ている人間を元気にする。さっきまで話していた女の子とは別人に思える。これが本来の顔なのだろう。
「ご苦労さん。今日の試合はどうだったんだ」
「ちょ、なんだ」
思わず声を上げ、腰を浮かせる。店の奥からやってきたのは人間ではなかった。
焼けたような茶色い皮膚に長く太い尻尾。丸い目玉に筋骨隆々とした肉体は立派なもので付けているエプロンとは妙にアンバランスだ。これまでも人間とはいえない種族を見てきたが、外見からしてはっきり違う。あえていうならトカゲに近い。
「あの、どうかしましたか?」
マリアが不思議そうに首を傾げる。
「いや、だって、あれは」
「リザードマンのビルタニアスさんですけど。それが何か?」
何も違和感を抱いていないし、驚いてもいない。つまりこの世界ではこれが日常の光景。いるのが当り前なのだ。
「着ぐるみじゃないよな。中に誰か入ってたりしないか」
「さっきから何をごちゃごちゃ言ってるのよ。今更頭にダメージが回ったの?」
首を伸ばして店の奥を覗いてみると、店長と同じリザードマンが他にもおり、人間と一緒になって働いていた。
「お前さんが人間の友達を連れてくるなんて珍しいじゃないか。雨でも降るのかな」
「色々あったのよ。とりあえず小次郎にも何か食べさせてあげて。あなたも好きな物を頼んでよ。こんなことに巻き込んじゃったし、何でも奢るわ」
「そ、そんな。私はお茶だけでいいですよ」
「遠慮しなくていいから。マリアには何か甘い物を持ってきて」
二人は今日初めて会ったとは思えないほど打ち解けている。アルコの空気がそうさせるのかもしれない。
「悪いけど金はないぞ。それどころか行く当てもない」
「あんたね。私を何だと思ってるの。それぐらい払ってあげるわよ」
頭の中にある疑問は晴れないが、運ばれてきた料理を前にして思考は中断した。前菜のサラダは緑の野菜で作られている。もしここが異世界なら簡単に食べてしまっても大丈夫なのだろうか。毒を盛るとは思えないが、身体に合わないかもしれない。
などと考えていたのも約数秒。空腹には敵わない。すぐに手をつけ始める。幸いなことに店にはフォークの他に箸も置かれていた。やはり馴染みのある食器があると助かった。
味は素晴らしく、箸を止めることができなかった。次に運ばれてきたのは肉料理である。嬉しいのは白米も一緒に運ばれてきたことだ。
「随分と食べるじゃない」
「負けるかよ。それも俺のものだ」
しばらくは食べることに専念する。何しろここまで必死だったのだ。食器がひっくり返るような勢いでかきこんでいく。
「だからもう少し淡い色を合わせた方がいいですよ。バランスが悪くなるから」
「でも好きなんだもん。何とかできないかな」
新しく店に入ってきた二人の客に対して、アルコが手を上げる。何気なく目を向けると箸が止まった。一日でこれだけ驚くのは初めてかもしれない。
誰もが目を引かれるような優れた美貌は一つの芸術品。スラリとした体形は均整がとれており、超一流モデルにも引けを取らない。手入れの行き届いた金色の髪が宝石よりも強い輝きを放っている。先端の尖った耳も彼女の魅力をより際立たせる。
どこか現実離れしているが近寄りがたさを感じないのは、本人の明るい雰囲気がさせるのだろうか。砕けた口調で楽しそうに喋っている。
「それよか新作できたんでしょ。ちょっとだけ見せさせてよ」
「駄目ですよ。まだまだ練り込んでいる最中なんだから。未完成のものは渡せません」
「相変わらず固いねぇ。もうちょっと軽く考えようよ」
もう一人の男性はひどく背が小さく、小次郎の腰ぐらいまでしかない。胴長で短足だが鎧のように逞しい筋肉をまとっている。髪はもじゃもじゃで顎には立派な髭を生やしている。言葉遣いと顔つきから優しく穏やかな印象を受けた。
「私はいつものお願い。ダンちゃんは?」
「僕も同じやつを。ありありでとびきり甘く」
同じテーブルに着席して、注文を済ませる。どうやらアルコの知り合いみたいだ。
「あれ、見慣れない顔がいるじゃん。もしかしてアルコのこれ?」
小次郎を見ながら数本の指を立てる。似たようなハンドサインは現代にもあったが、あんな形は見たことがない。何を表しているのかわからなかった。
「そんな訳ないわよ。どこに目をつけているの」
「だって人間を連れてくることなんて滅多にないじゃん」
似たようなことは店長も言っていた。よほど珍しいことらしい。
「今日の試合の対戦相手よ。もう一人は会場の手伝い」
「ま、そんなところよね。こっちの関係なら面白いのに」
「下品ですよ。僕はダンといいます」
柔らかな態度で手を差し出してくる。がっちりした手は思った通りごつごつしていた。職人のように無骨で素晴らしい手である。
「ドリトスよ。よろしくね」
それぞれに自己紹介を済ませるが、小次郎にははっきりとさせておきたいことがあった。
(あの二人ってやっぱりエルフとドワーフか?)
(見た通りですけど。何かおかしいですか)
ひそひそと耳元でささやくと、多少困惑しながらもマリアは頷く。その反応を見て、小次郎は頭を抱えたくなった。
これでは本当に漫画やゲームで知ったファンタジーの世界だ。次から次へとその世界の住人たちが押し寄せてくる。最早どうにでもなれという気持ちだった。
「あ、あの少しいいですか」
ダンが遠慮がちに話しかけてくる。さっきからチラチラとこちらを窺っていたのだ。
「あなたのその服。ちょっと見せてもらっていいですか」
「もちろん。好きなだけ見てくれ」
ジャージを脱いでダンに渡すと、夢中で触り始める。新しいおもちゃを与えられた子供のようにはしゃでいた。
「いや~面白い。良い手触りだけどどんな生地かな。これは何て書いているのかな。どうやったらこんな詳細に絵を描けるんだろ」
ジャージには小次郎が所属している団体名が漢字で書かれている。ポケットに入れていたタオルは海岸の風景が描かれていた。どちらも小次郎の世界では珍しいものではない。
「ダンは服屋で働いているからね。こういう物に目がないのよ」
「ドワーフは鍛冶屋とかで働くものじゃないのか」
重いハンマーを振り回し、焼けた鉄を打つ。あるいは坑道で鉱石を発掘する。豪快で短気で男らしい。完全にただのイメージだ。
「仲間はそういう道に進むことが多いですね。だけど僕は服とか小物とかを作っている方が性に合っているんです」
人当たりの良い穏やかな笑み。顔が老けているので優しい好々爺にも見える。少なくてもすぐ怒りそうには見えない。
「ダンちゃんは手先が器用だし、料理も美味しいからね。ちなみにあたしはショップで化粧品を売ってるよ。暇があったら見にきてね」
エルフは深い森に住み、自然と共に生きている。高貴で孤高で近寄りがたい。これもただのイメージだが随分とかけ離れている。むしろ俗世に染まりまくっていた。
「アルコはそういうことに無頓着だからさ。つまんないのよね」
「別にいいでしょ。私はこれで充分なの」
ぷいっと顔を背ける。確かに興味がなさそうだ。
「エルフは弓で狩りをしたり、木の実を集めたりして、森から出ないもんじゃないのか」
「上の世代はそう思っているけどね。戦争も終わったし、あまり接触を持つ必要はないみたいな。でもそんな考えは守りたいやつが守ればいいだけじゃん。押し付けられるのは勘弁ね」
小さく舌を出す。いかにもマイペースで掟や決まりなど苦手そうだ。
「僕たちもそうですね。里から出ないドワーフもいますが、街に出る者も普通にいますよ」
世代によって考え方や価値観は違うみたいだ。これは人間も変わらない。嗜好や常識は変化するものである。
多くの種族が一つの生活圏に住んでおり、日々を営んでいる。あまり先入観を持って接しない方がよさそうだ。確かに一つの種族には似たような気質の者が多くいるかもしれないが、それぞれの性格は違うのだから。
「自由に生きるのはいいが、あまりご両親に心配をかけるなよ。ほら、差し入れだ。うちのやつが持っていけだとよ」
ビルタニアスがクッキーの入った皿を持ってくる。白いカップには琥珀色の液体が満ちているがこれは紅茶だろう。現代と変わらないものが出ると妙に嬉しくなる。
「おっ、流石は店長。嫁自慢は忘れないねぇ」
「からかうな。追加料金を取るぞ」
「そういえば二号店の計画はどうなったんです」
「年内には形にしたいところだがな。忙しくて進まないんだよ」
これだけ広い店なので儲かっているとは思ったが、まさか支店を出せるほどだったとは。確かに料理はどれも素晴らしかった。
彼らを見ていると異世界とか、異なる種族とかを忘れそうになる。出会えたことは幸福なのかもしれない。
「皆に言わなくちゃいけないことがある」
見知らぬ土地でベラベラと真実を話すことは危険かもしれない。だが小次郎には彼らを騙す気が湧かなかった。こうやって受け入れてくれたのだから、こちらも胸襟を開きたい。
真剣な様子に席が押し黙り、空気が引き締まった。視線が集中していくなか、ゆっくりと告げる。
「俺はこの世界の人間じゃない。別の世界からやってきたんだ」
時が止まったような沈黙が訪れる。周囲から音が消え、誰もが目を丸くしている。
「店長。おかわりください」
「奥さんにお礼を言っといてね。良い口紅を送るからさ」
賑やかな会話が再び始まり、和やかな雰囲気がすぐに戻ってくる。小次郎の話など誰もが聞き流してしまった。
「おい、ちょっと待て。何だ、その反応は。こっちは真面目に話してるんだぞ」
「悪かったわね。無理に連れてきちゃって。本当にごめん」
「薬屋はまだ開いていますよね。僕が行ってきましょうか」
「医者を呼んだ方が早いかもしれんぞ」
馬鹿にするどころか気遣うような態度を見せている。本気でやっているからこそ怒るに怒れない。今はその優しさが痛かった。
「いや、とにかく聞いてくれ。これはマジなんだよ」
自分の身に起こったことを懇切丁寧に説明する。自分が住んでいた世界についても軽く話したが信じている風には見えない。暖簾に腕押しどころか右ストレートを放っている状態だ。
やはり宇宙衛星のことは話さない方がよかったかもしれない。あまりに突拍子がなさすぎるからだ。
「あんたがどこか遠くから来たことだけはわかったわ。だけど正直信じられない」
辿り着く結論。ここにいる全ての者が同じように思っている。ただ一人を除いては。
「あながち嘘じゃないかもしれませんよ。根拠はあります」
黙って考えこんでいたマリアが小さく口にする。その声は透き通っており、ナイフのように場を切り裂いた。
「勇者サントリア」
全員がはっとして、目を見開いた。先程とは明らかに空気が変わっている。まるで絶対の神が現れたようなリアクションだ。
「それは確かにそうだけど・・・・・・でもやっぱりサントリアと比べるのは」
「誰だ、そいつ。有名人なのか」
何気なく言った瞬間、一斉に視線を向けられ、思わず息を呑んだ。今までとまるで迫力が違うからだ。あのドリトスですら神妙な顔つきをしている。
「本気で言っているの?」
石のように固い声音。責める訳でもなく、怒っている訳でもない。ただ信じられないという風に問い掛けてくる。
「う、嘘じゃないぞ。本当に知らないんだ。サントリアなんて聞いたこともない」
「じゃ、じゃあ魔王ジャンバルのことも」
余程興奮していたのかアルコに胸倉を掴まれる。鼻と鼻が触れ合いそうになりながらも必死に頷いた。
「どうやら本当かもよん。どう見ても騙そうって感じじゃないし」
「だ、だけど生まれてからずっと隔離されていたとか、僕らが知らない事情があるかもしれませんよ。すぐに結びつけるのは早計では」
「それでも勇者と魔王を知らないとはな。生まれたばかりの赤子ならばともかく、彼の歳で知らないというのはどう考えてもおかしい」
テーブル席は恐ろしい緊迫感に満ちている。和やかな席はもう存在しない。誰もが現実と常識の中で迷っている。
「そんなに有名なのか?」
「有名だとか、そんなレベルの話じゃないわよ。あんたほんとにこの世界で生きてきたの」
「だから違う世界からきたって言ってるだろ」
場の空気に付いていけず、つい声を荒げてしまう。本当に意味がわからないのだ。
「小次郎さんも落ち着いてください。とりあえず説明しますから」
そしてマリアは静かに語り始めた。この世界に伝わる壮大なサーガを。
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