第5話 奇妙な決着


 アルコは険しい表情をしており、怒りで瞳が細くなっている。下手すれば試合のときよりも闘争心が強いかもしれない。平和な広場の中でこの一角だけが緊迫感に包まれていく。

「なるほど。お礼参りって訳か」

「あんたのせいで無効試合になったのよ。大事な試合だったのにどうしてくれるのよ」

「そいつは悪かったな。だけどこっちにも色々と事情があったんだよ」

 こればかりは素直に謝る。勘違いしていたとはいえ試合に出なければ、彼女は不戦勝ですんなりと終ったのだ。無効試合では記録に残らないし、勝ち星もつかない。


「説明しろって言うなら話すぞ。少し長くなるけど」

「わかった。でもこれだけは答えて」

 どうやらいきなり殴られるようなことはないみたいだ。試合であれば女性を殴ることもできるが、リングの下で喧嘩をするつもりはない。

それでも気を抜くことはできなかった。何しろアルコの怒りが消えた訳じゃない。むしろますます強くなった気がする。


「どうしてあのとき手加減したの」

 空気を切り裂く厳しい声音。首筋にナイフを突き立てられた気がする。返答を少しでも間違えれば、何が起きても不思議じゃない。彼女にとってこれが本当に聞きたいことだったのだ。

「手加減? そんなものしてないぞ?」

「嘘よ。私の尻尾を掴んだ後でハイキックをくらったでしょ。ガードできたはずなのに」」

 アルコの言いたいことを察する。尻尾を掴んだときに奇妙な間ができたことに気づいていたのだ。

「いつもと感触が違うから、おかしいとは思ってた。でもあんたは大袈裟に倒れるし、何か変な感覚だった。案の定、試合が終わったらすぐに動けたじゃない」

 ヘッドギアを付けているとはいえ、あれだけ綺麗に入れば、立てなくなるのはおかしいことじゃない。傍から見れば、ダメージは甚大に映ったはずだ。だからこそ審判も試合を止めたのである。


「手加減だとか、防御とかじゃない。ただ攻撃を受けただけだよ」

「えっと、それって結局わざと攻撃をくらったってことですよね。そんなことする必要あるんですか?」

 黙って話を聞いていたマリアがますます混乱していく。

 わざと負けるなら騒ぎを起こしてまで試合に出る必要はない。仮に闘志が萎えたのならギブアップを宣告することもできるのだ。わざわざ負ける試合でダメージを受けるリスクがどこにあるというのか。

 他に理由をつけるなら、個人的な恨みを晴らすため、あるいは次の試合に出場させないために怪我をさせるといったところだ。

でも肝心の試合はアルコが終始圧倒していた。小次郎はほとんど攻撃しなかった。冷静に考えれば考えるほど、理由と目的がわからなくなる。

 混乱する気持ちはとてもよくわかる。小次郎が二人と同じクラフトアーツ側の人間なら、きっと答えを出せないだろう。


「わからなくて当然だ。俺はプロレスをしていたからな」

 そもそもやっていたことが違うのだ。小次郎がやったのはクラフトアーツではない。

「プロレス? 何なのそれ?」

 二人の目が点になる。やはりこの世界にプロレスはないみたいだ。

「俺は客と勝負したんだよ。あのまま戦っていたらスタッフに止められていたからな。それじゃ会場が白けちまう」

「でもあなたは負けてるじゃないですか」

「いきなり試合を中断されるのと、鮮やかなノックアウトで決着がつく試合。観客はどっちが満足する?」

 簡単なことである。小癪な方法で相手を止めようとした男を必殺技で倒す。全ては観客のために動いたのだ。ただその割に反応が今一つだったのは悔しい。拍手に熱量がなかったのだ。まるで授業参観にきた親が子供を褒めるような空気だった。


「俺もあんたらに聞きたいことがあるんだ。そっちの話に答えたんだし、話してくれるよな」

「こっちの話はまだ終わってないわ。そのプロレスって」

 巨大な腹の音が二つ鳴り、互いに顔を見合わせる。一時休戦は簡単に訪れたのだった。


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