第2話 リングイン
四方をロープに囲まれ、隅に設置された鉄柱。木板の上に貼られたマットの感触に安心を覚える。素晴らしいリングだが欲を言えば、もう少し灯りを強くして欲しい。リングコールがないのも少し寂しかった。
クラフトアーツとはどんな格闘技なのか。大方の見当はつくが確信は持てない。試合をしながら確認していくしかない。ルール違反で負けるならそのときに考える。
(後は対応できるかだ。こればっかりはやってみてだな)
プロレス以外に格闘技のトレーニングもしているが、自信を持てるほどじゃない。あくまで必要最低限である。簡単に負ける可能性は大いにある。
軽く肉体を動かしながら試合のことを考えていたが、対戦相手がリングインした瞬間、その思考は止まってしまう。思わず声を上げていた。
「ちょ、ちょっと待て。何だよ、それは」
リングインした選手は女性だった。それはいい。男女混合マッチもあるにはある。問題はその姿である。
ヘッドギアの間から耳がはみ出ている。人間の耳ではない。動物の耳である。一番近いのは猫だろうか。
おかしいところは他にもある。尻から生えている細長い物体。白い毛に包まれたそれは三本目の足などではない。どう見ても尻尾である。他に言い様がない。
「おいおい。仮装大会かこれは」
レフェリーには止める気配がなく、観客やスタッフにも動揺している様子はない。むしろ小次郎が驚いているのに対して、訝しげな視線を送ってくる。
プロレスの試合ではこういったギミックは珍しくないが、このクラフトアーツという格闘技には合わない気がした。リングに立っていればわかる。ここはコスプレして戦うことなど許される雰囲気じゃない。だというのに誰も指摘しない。エキシビションマッチという感じもしなかった。
コールされて慌ててリング中央に向かう。グローブを見せ合い、チェックを受けた。
短めに切り揃えた髪に頭から生える耳。綺麗と言うよりはかわいらしい顔立ちをしており、どこか幼さが残っている。恐らく年齢はほとんど変わらないだろう。流石に髭は生えていなかった。
鍛えた肉体には硬さを感じない。手足はしなやかでどこまでも曲がりそうだ。どれだけ近くで見ても猫耳や尻尾は偽物に見えない。余程巧妙に作られているのだろうか。
気持ちを入れ直して、自分のコーナーに戻る。どうせなら早く始まって欲しかった。全ての思考を試合に使えるからだ。リング下に視線を向けると、スタッフの手が上がる。甲高い音が鳴り響いたのはほぼ同時だった。
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