第1話 陛下、全くいちゃいちゃしてないよね


「七日後の収穫祭で何か余興を披露してほしいんだけれど」

「それは本気で言っているのか、フーリ」

「そうじゃないと私が提案する理由がないだろう」


 執務室の中。

 アルドは唸るような低い声で、目の前のフーリに問うた。

 フーリは涼しい顔でアルドの言葉を受け流す。幼い頃からの慣れもあるのだろう。それ以上に彼女の瞳には絶対的な自負から来る自信が満ちていた。

 アルドは一息ついた後、顎を軽くしゃくると、呼応するようにフーリは言葉を続ける。アルドが折れて詳しい説明を求める時、専ら二人はそういうやりとりをしていた。

 

「陛下が三ヵ国のお姫様との結婚式を挙げてから、この国エルメの均衡は大きく崩れた。なんせこのリーマ大陸に多大な影響を及ぼす三大勢力との婚姻だからね」


 リーマ大陸の三分の一の領土を持つノルン帝国。

 大陸の金融・流通の大半を取り仕切る自由都市連合ハルク。

 大陸の八割が信仰するフィレリス教の総本山フィレリス神聖国家。

 これらがリーマ大陸における三大勢力であった。

 武力は宗教に強く、宗教は経済に強く、経済は武力に強い。目立った戦乱もない現在、三国は互いに牽制しあうことで大陸の均衡を保っていた。

 その最中に現れたアルドが治めるエルメ国に、三国は注目した。アルドとしては三国に比べれば、いまだに吹けば飛んでしまうほどの国力しかないエルメに注目する理由は分からなかった。

 しかし、アルドは先週にそれぞれから友好の証として三人の妻を娶った。結婚式前後にフーリから何度もその話を聞くが、いまだに実感は薄いままだ。


「今回の結婚自体、エルメという小国を急成長させてきている若き王アルドという存在と互いの勢力を監視するための政略結婚だ」

「だから俺は妻達を偏りなく平等に良好な関係を築いて、三大勢力との結びつきを強めなければいけないんだろう?」

「そういうこと。話が早くて助かるよ」 


 感心したように何度も頷くフーリに反応をせず、アルドは無言で彼女の顔を見つめる。

 何度も聞いた話でうんざりしていたアルドは、早く本題に入ってほしかった。


「そういう話があるのに陛下はちっとも協力的ではないだろう? だから、私が一肌脱がなくちゃいけなくって今回の提案に至った訳だ」

「俺だって最大限の努力はしている。そしてそれが余興をする理由にはならないだろう」


 父から継いだエルメのために身を粉にしているという自負がアルドにはあった。だからこそフーリの言葉が気に障り思わず反論してしまう。加えて、余興というものをしたことがないのでやりたくなかったし、時間的な猶予がほとんどないという事情もあった。


「じゃあ陛下に聞くけれど、三人のうち誰かとゆっくり話をしたことはあるかい?」

「それは……」

「それは?」

「毎日、挨拶ぐらいは、していたような気は……する」

「そんなので仲良くなるのは学舎に通う子どもぐらいなもんだよ」


 アルドには返す言葉もなかった。わざとらしくつく大きなため息にもアルドは何も言えなかった。


「仲良くなるといっても具体的にどうすればよいか分からないしな」

「普通は二人でお話をして、好きな物とかをさりげなく聞いて贈り物をしたり、一緒に出かけたり同じ遊びをするものなんだよ」

「それは、何を話せばいいのか」

「だからだよ」


 フーリからの叱咤を覚悟でアルドは弱音をこぼした。しかし、フーリの声音は驚くほど優しいものだった。


「今回の提案はさぁ、これをきっかけに陛下にはもっとずっと奥様方と仲良くなって欲しいなあという私なりの心遣いな訳さ」

「すまない、フーリ。俺が間違っていた」


 彼女の言葉に少しでも疑問を抱いた自分自身をアルドは恥じた。目の前に立つ忠臣はいつもアルドのこと、ひいてはエルメのことを第一に考えていたことがよろこばしかった。

 

「構わないよ陛下、これは私のためでもあるからね」

「そうなのか」

「あぁ、陛下と奥様方の関係が安定したら私ももっと自分のことに打ち込めるからね」

「なるほどな……?」


『自分のことに打ち込める』


 その言葉でアルドは少しの違和感を覚えた。

 フーリは元々魔道具の研究開発をする技術を治めており、本人は技術局長に就任したかったようだが、アルドは自分の補佐役につけた。

 彼女の才能を見くびっているのではない。むしろ天才と言っていいほどの天賦を持っているとアルドは思う。エルメの発展には彼女の技術力が大きく関わっているのだから。

 アルドは自分の感性を信じてフーリに問いかける。


「そういえばフーリ」

「どうしたんだい」

「開発は順調に進んでいるか?」


 彼女の趣味は魔道具の開発だ。そして生み出す作品の性能はいつも規格外である、悪い意味で。

 ある時は人工的に雨を降らせる装置を開発し、結果として雨が降ったが、近くのため池が決壊した。しかも使い捨ての装置だった。

 ある時は、井戸水を引くための掘削機を作り出し、岩盤をやたらめったら掘ったため周辺の地面がくるぶしほどの高さ分沈んだ。しかし、結果としてその土地は肥沃になった。

 そういう訳でフーリの魔道具は通りのものは出来ない。そして副次的に現れる効果がよかったり悪かったりする。あまりにもリスクが大きいため、アルドはしばらくの間、開発をしないように命令していたはずだったのだ。


「ああ、今回はとびきりの人工生命体ができそ……いやー、政務に追われてそれどころじゃないねえ」

「また、何かとんでもないものを作ろうとしているな」

「今回は大丈夫大丈夫」

「その手の話を信じて、よかったことなど一度もないんだが」


 何か問題が起きる前に解決しようとアルドは考えた時、不意にフーリから言葉が飛んできた。 


「それよりも陛下、余興はなにするか決まってるんだろうね」

「それは……まだ、なにも。今聞いたばかりだし」

「なら、よかった」

「なにが」


 彼女の言葉の意味を知ろうとしたとき、執務室の扉を叩く音が聞こえた。


「入って構わない」

「失礼します」


 透き通るような声と共に女性が部屋に入る。

 

「フーリさんに頼まれてこちらに伺ったのですがよろしかったでしょうか、陛下」

「ああ、構わない」


 白銀の髪、金と銀の異なる瞳はとても神秘的な印象を受けた。一つ一つの所作が洗練されており、無垢や神聖な雰囲気と言うのが適切に思える美しい容姿をした女性。

 フィレリス神聖国家からエルメに嫁いできた聖女ミレイアその人だった。


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