神様はきっと僕のことが嫌い

らっかせい

神はゴミ

「神様って僕のことが嫌いなのかなぁ?」


 ——これは、まだ幼い東郷零斗とうごうれいとが導き出した結論だ。




 十歳の誕生日前日、零斗のプレゼントを買いに行っていた両親は車の衝突事故によりこの世を去った。


 それが、転換点だった。

 この悲惨な出来事が零斗の人生を大きく狂わせたのだ。


 母方の祖父母に引き取られた零斗は、通っていた小学校には行かなくなり、何に対しても無気力な状態が続いた。


 心を抉る不幸。零斗は自分が世界一不幸な人間だと思った。


 自分よりも大変な人はたくさんいる。そんなことは分かっていた。

 だが、そんなことは関係ない。

 自分が世界で一番不幸だと思い込まなければ、零斗はとても生きていられなかった。


 そんな時、零斗の頭に一つの疑問が湧いた。


「神はこの世界に存在するのだろうか?」


 名だたる天才たちですら証明できなかった超難問。

 だが、幸いにも時間は無限にあった。

 簡単に達成できない目標があれば、色褪せた日常を少しでもマシにできるのではという思いもある。


 ——そして、もし神様がいるならば、


「僕の不幸はみんな神様のせいだ! 神様のせいで僕はこんなにも苦しんでるんだ! きっと、神様は僕のことが嫌いなんだ!」


 全ての罪を、責任を神様に押し付けることができる。


 決して零斗が車で買いに行かないといけないようなプレゼントを両親に頼んだからではない。

 最新のゲーム機が近くの店に売ってなかったから、遠くの店に行くことになったからでは決してない。


 自分は悪くない、と零斗は思い込みたかった。証明したかった。


 仮に神様がいたとして、あの凄惨な事故は神様のせいなのか? なんていうしょうもないことはどうでもいい。


 あんな理不尽を、全知全能であるはずの神様が許してるのがダメなのだ。


 そこから零斗は小学校、中学校には行かず、家に篭り、それからの人生の全てを、神を証明するためだけに捧げた。




 ◆



 

「どうだーーーい、研究の調子は!? いい感じかい!?」


「ぼちぼち」


 ある海外の研究室。赤に染めている髪を束ねている研究仲間のどうでもいい問いに答えたのは、三十歳の誕生日を迎えたばかりの零斗だ。


 一八歳からこの場所で神の存在証明に関する研究を始めたので、もう十二年になる。

 何かに熱中していると、時が経つのは早いものだ。


「そうかい、そうかい、ぼちぼちか。うーーーん、いいことじゃないかーーー!」


 研究仲間はそう言いながら、零斗の答えに満面の笑みを浮かべ、上機嫌な様子で零斗の研究部屋を去っていった。


 ——零斗は独学で勉学に励んだ後、通信制の高校に通い、嫌いだった英語を死ぬ気で勉強して、卒業した後は海外に飛んだ。


 神の存在証明なんていう研究をしている所は、日本では見つからなかったからだ。


 その後は、神の存在証明を専門としてる海外の研究室に研究員として雇ってもらった。


 筆記テストで満点をとり、面接では神の存在証明への意気込みをひたすら熱弁したら、当時十八歳の零斗でも採用してくれた。


 年齢や学歴で弾かないのは好印象だが、なんとも言えない薄気味悪さがある。


 それに、どこから研究資金が出てるのか全くの謎だ。噂によると、幾つかの宗教法人からだとかなんとか。


 まぁ、そんなことは零斗にとって些細なことだ。


 問題は——


「はぁぁぁ、どうしたもんか」


 ——神の存在証明の研究が行き詰まってることだ。誰であっても、神はいるんだと認めさせるように証明しなければならないのだ。


 そうでなければ、神に責任を押し付けられない。世界中の人間がそれを認めてくれない。


「なんか、ビビッとくるようなアイデアが浮かんでくれれば」


 進捗はあった。頭のネジが何本か飛んでるような研究仲間と共に、研究にのめり込んだ甲斐はあった。


 だが、足りない。


 これでは——まだ、不十分なのだ。


「あーーー駄目だ、頭がまわらん」


 ここしばらくまともに寝てないのが良くないのだろうか。


「仮眠ぐらいは取るべきかぁ……」


 零斗は真っ白な天井をしばらく見つめ、何とか寝なくても良いように体を改造できないものかと考え——諦めて目を瞑った。




 ◆




「これは……天啓だ」


 そうとしか、この現象を言葉にできない。


 夢の中で、『何か』が零斗に語りかけてきた。

 その『何か』は、零斗にを教えてくれた。

 

「こんなの、誰も思いつくわけない」


 今の自分は世界の誰よりも真理に近い人間だ、と言い切れる自信が零斗にはあった。


 もはや、この天啓こそ神の存在証明だと断言してしまいたいほどだ。


 いや、焦ることはない。


 道は、示されたのだ。


 後は時間さえかければいける。


 零斗はさっそく、研究仲間に報告をしようとして——やめた。


「俺が、証明をするんだ。俺が、神の理不尽さを世界に見せつけるんだ」


 ——零斗は、秘密裏に研究を始めた。




 ◆




 それから三年後。


 研究室内で首を吊っている零斗が、研究仲間により発見された。


 零斗の研究机に残された遺書には、こう書かれていた。


 ——俺のせいで両親は死んだ——



 

 

 


 


 


 

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神様はきっと僕のことが嫌い らっかせい @nakkasei

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