第44話 俺の為すべきこと、それはただひとつ

「さ、入るのだタケヒコ」

「うん、おじゃましまーす……」


 魔王城の北館、その6階にゼルティアの自室はある。女子の部屋なんて最初はとても緊張していたものだけど、もうだいぶ慣れてきた。戦略についての講義で頻繁に足を運ぶようにもなっていたし……。


「……あれ?」


 なんだかちょっと、違和感……? なんだろう、なにかいつもと違うような……。


「タケヒコ、どうした? そんなに辺りを見渡して」

「あっ、いや……なんでもないよ」


 本当に、ちょっとした違和感だし……まあいいか。とりあえずいつも通り、俺はソファに腰掛ける。


「さて、それじゃあタケヒコのいまの業務を洗い出していこうではないか」

「はーい」


 というわけでツラツラと挙げていったよ。ゼルティアが紙にまとめていってくれる。1個、2個、3、4、5……。


「……おい、タケヒコ? 終わりか?」

「ええと……あ、あとそれにさっきコクジョウ領地の管理責任が追加されました」

「業務の数が……10を超えてるんだが?」

「……っすね」


 改めて業務を挙げていて気付いた。あれ? 俺めちゃくちゃ抱え込んでね?


「タケヒコっ!」

「うわっ!? はいっ!」

「こんなに仕事ばかりしていては死んでしまうぞっ!」

「そ、そんな死ぬなんて大袈裟な……」


 と言いかけたが……いや? そういえば俺めちゃくちゃ仕事が立て込んだあげくに過労死したんだっけな?


「タケヒコ、とにかく仕事を分担するのだ。これとこれは……私にもできそうではないか? こっちのは秘書の仕事だ。あとこの肉体作業系のものは……あの脳筋ワルキューレにでも割り振っておけばよかろう」

「……ありがとう、ゼルティア」

「何を言う。当然のことだ。タケヒコは私の……大切な恋人なのだから」


 優しく、ゼルティアが微笑んでくれる。


 ……おお、神よ。ありがとうございます、こんな可愛くて優しくて美人な上に最高に男前でデレデレしてくれる彼女を俺にお恵み下さって!


「俺は……幸せ者だなぁ……いい人生だった……」

「こらこら、成仏しようとするな」

「はっ! ごめん、あまりにも幸せいっぱいで……」

「まったく……まあ、ふざける余裕があるなら少し安心はするが、それでも気をつけなければダメだぞ?」


 ゼルティアが少し呆れた様子で小さく息を吐く。


「それと……もし、胸に溜め込んでいることで、私にも話せそうなことがあればちゃんと相談すること」

「……えっ?」

「私が気づいていないとでも? タケヒコ、貴様はあの日から……アトゥムとかいう刺客を倒してからというものの、どこか少し元気がないようだった」

「……」


 ……隠していたつもりなんだけどなぁ。


「ただ、きっとタケヒコが黙っているのにはワケがあるのだと思う。さしてそれはたぶん……私のためではないか?」

「えっと……それは……」

「ふふっ、顔に出やすいヤツめ。軍師のクセに」


 ゼルティアはイタズラっぽく笑う。


「だから、無理に聞き出しはしまい。タケヒコはいつだって私のことを第一に想ってくれる。その気持ちを無駄にしたりはしない。ただ、それでも覚えておいてくれ、タケヒコ。私だって同じくらい、タケヒコの身を案じているのだということを」

「……うん。本当にありがとう、ゼルティア」


 そして、本当に、冗談じゃなく神様に……いや、俺をこの世界に召喚してくれた魔王様に感謝を捧げたい。


 前世でこんなにも誰かに大切な思われたことはあったか? いや、俺にはない。なんて特別で……幸せなことだろう。


「あー、コホン! そ、それでだなタケヒコ。仕事も半分くらい減ったところで、だ」


 なんだか改まった様子でゼルティアが咳払いした。


「やっぱりな? 日々の忙しさでタケヒコは肉体的にだけではなく、あー、その、特に精神的な疲れが溜まっていると思うのだ」

「え、そうかな? そんなことないと──」

「そうだとも! お疲れに決まっているとも! だからな、1度しっかり眠って休むべきだと思う」

「えっ? いや、毎日7時間は寝てるし別に眠くは──」


 俺が返事をし終わるのを待たず、ゼルティアが向かったのは……ベッド。


「お、なんてことだ。ここなはちょうど良くベッドがあるぞ?」

「そりゃ……ゼルティアの自室だもの」

「さあ、タケヒコ。ゆっくり休むがよい」

「え、えぇっ?」


 そんな掛け布団をめくられて「さあどうぞ」みたいに招かれたって……入れるわけないでしょ!? 女子の、ゼルティアの部屋のベッドだぞ? 


「さあ早く。さあタケヒコ。おいで、フカフカのベッドだぞ〜」

「いやいや、おかしいおかしい。何の罠なんだ」

「ええい! いいから早く来い!」

「ぎゃ、ぎゃーっ!」


 俺に拒否権なんて無かった。手を引かれて無理やりベッドへと連れ込まれてしまう。


「さあ、横になれ」

「うん……」

「お布団を掛けるぞ」

「あ、ありがとう……」


 フワリと、ゼルティアの匂いがした。初夏に咲く花のように爽やかで、微かに甘い香り。思わずドキリとしてしまう。


「え? なんだタケヒコ、『ひとりで寝るのは寂しいから添い寝してほしい?』だって? この甘えん坊め……」

「俺なにも言ってませんけどっ!?」


 返答も虚しく、ゼルティアがゴソゴソと俺の隣に入ってくる。


 待て待て、いやいや、さすがにどういうことっ!?


「さ、タケヒコ、もっと近くにこい。肌から伝わる体温は互いの血行を良くしてよりいっそうの疲労回復効果が──」

「屁理屈にしても無理がありすぎるよねっ!? えっ、マジでなんなんだ、どうしたのゼルティア!?」

「うるさい。近くに寄れと言ったら寄るのだ、タケヒコ!」

「ちょおっ!?」


 力、強ぉっ! グイグイと、俺の体は抗いようもなく布団の中で強引に引き寄せられて……最終的には馬乗りになられた。


「……ふ、ふふふ、まったくタケヒコときたら……何の警戒もなく私のベッドに横たわるとは、無防備なヤツめ!」

「ほ、ほとんど無理やり引きずり込まれてるんだけど……?」

「こうなっては覚悟を決めてもらおうか、タケヒコ。貴様にはこれから……私の【女らしさ】を味わってもらう」

「女……らしさ?」


 俺が押し倒されているこの状況、むしろ男女逆転してる気が……なんて言う前に、ゼルティアは──その上着を脱ぎ始めた。


「ゼッ、ゼルティア──っ!?」

「前に、言ったろう……? 私は最強の魔王を目指す途上。ゆえに女らしさを見せる余裕は無い、と……。でも、今日はすでに訓練は終えたし、公務もない。だから……」


 上半身が下着姿になったゼルティアが、その柔らかな体を俺に預けてくる。


「ダメか、タケヒコ……?」

「え、え、えぇっ!? な、なんでこんな突然……!」

「と、突然などではないわっ! あほっ!」


 ゼルティアが涙目で俺を見上げてくる。


「いつまで経ってもタケヒコが何もしてこないからだろうっ! これまで何度も私の部屋に上がってるクセに……いつも戦略についての講義をしたらサラっと帰りおって……!」

「えっ……」


 サラっとは帰ってないと思う。割とイチャついてた気がするんだけどな……。


「最初は私のことを『エロ可愛い』だとか、『発育が良い』だとか言ってたクセに、いざ恋仲になったら触れようともしてこない! やっぱり私には性的魅力に欠けているのでは、と不安になって……うっかり部屋に女の子らしい小物を増やしてみたりしてしまったではないかっ!」

「あ、あぁ……なるほど」


 部屋に入った時に覚えた違和感の正体はソレだったのか。確かに、普段のゼルティアの部屋とは少し雰囲気が違って見えたのだ。


 ──なんて、冷静を気取って考察してる場合じゃないなぁ……?


「……ゼルティア、聞いてほしい」

「なっ、なんだ……」

「俺がゼルティアに触れなかったのは、ゼルティアが女の子らしくなかったからじゃない。ただ、ゼルティアのことが可愛くて大切で……嫌われたくなかったからだよ」

「ばっ、ばかな……なんで私がタケヒコを嫌わなければならないんだ……っ?」

「いや、だってホラ……ちょっとスケベすぎるかな、と」

「……はぁ」


 ゼルティアがものすごく重たいため息を吐いた。


「スケベでいいだろう、別に。だって私たちは恋人なんだから」

「……いっ、いいのか?」

「いいのだ」

「ところかまわずおっぱいとか触るけど……嫌いにならないかっ?」

「とっ、時と場合はわきまえろ! ところかまわず触ったらさすがに引っぱたくぞっ!? あくまで部屋の中に限るっ!」


 そ、そうか……。さすがに公衆の面前とかでするつもりは俺も無かったけど……部屋の中なら、許してくれるのか。


「その……お尻とかも触るかも」

「……許す」

「めっちゃキスするかも」

「許す」

「お腹……」

「ゆ、許す」

「汗とか、舐めるかも」

「…………はぁ、このド変態め。まあでも、ちょ、ちょっとくらいなら……」

 

 マ、マジかよ……! なんでも許してくれるじゃん……!?


「……あのなぁ、タケヒコ」

「あっ、はいっ!」

「私はな、誰にでもこんな風に体を預けるわけじゃないんだぞ……。タケヒコ、お前にだから、いまこうしているのだ」


 ゼルティアが俺に覆いかぶさるようにして、口づけをしてくる。それも、いつにも増して……情熱の込められたやつだ。


「……ぷはっ……タケヒコ、私のことが好きか……? 私にこういうことをされて、嬉しいと思ってくれるか……?」

「ん、うん……それは、もちろん」

「だったら、私はタケヒコのことを好きにする。だからな、タケヒコ。タケヒコも私のことを好きにしていいんだ。私も……タケヒコにそういうことをしてほしいと思っているから」

「……分かった」


 ゼルティアが……そう言ってくれるなら。


「あのさ、ゼルティア……ひとつお願いしてもいい?」

「むっ、なんだ?」

「……俺が上になってもいいかな?」

「っ! うっ、うん……っ!」




 ──そうして、俺とゼルティアはその日の1日を、ベッドの中で共に過ごした。




 そして夜、真夜中。俺はまだ、ゼルティアの自室の中。


「スゥ──」


 穏やかな寝息を立てるゼルティアの肩に手を回して、横になっていた。


 ……これ以上ない、幸せな時間だ。


 充実のその実感と共に、俺は思い至る。


 ……さっきまで俺は、『これから先やることがいっぱいだ』なんて嘆いていたけども、そんなことはない。突き詰めれば単純な話だ。俺がやるべきことは、結局のところただひとつのことに収束する。


 ──ゼルティアを幸せにする。ただ、それだけのこと。


 魔界を守るのも、聖王国とのゴタゴタを片付けるのも、ゼルティアを最強の魔王へと導くのも……すべてはゼルティアを幸せにするという一番の目的のための手段にすぎない。


 だから、俺はゼルティアのことだけを考えて……これからもゼルティアと共に、最高の日々を築いていこう。


「……さて、俺も寝なきゃ……」


 明日も明日でいろいろと仕事が待っているのだ。しっかり休んで体力を回復させておかなければ。


 ゼルティアの柔らかなその体を包み込むようにして抱き、そうして目をつむる。


 ……人肌に疲労回復効果があるってのは、案外ウソじゃないかもな……。


 温かなその感触に心をほだされながら、俺は眠りに就いた。




 * * *


 


 ──これはまだ、100年以上先の未来の話。


 地上とは隔絶された地下世界に広がる、魔界。


 そこには世界最強の魔王が君臨している。


 それぞれが万の兵に匹敵する最強の四天王たちを従えながら、しかしどこにも慢心は無く、あらゆる敵に対し無敗。


 その魔王の前にはどんな力もねじ伏せられ、どんな策謀も通用しない。


 完全無欠、史上最強の魔王と誰もがウワサする──それもそのはず。


 魔王はひとりではなかった。


 その魔王城の最奥にすは、ふたり。


 最強の剣技でもってあらゆる敵を屠る美しき魔王がひとり、ゼルティア。


 最良の知恵でもってあらゆる敵を翻弄ほんろうする非力な魔王がひとり、タケヒコ。


 ひとりひとりでは不完全なその魔王たちだが、しかし、合わさったふたりの力はどこまでも強く、どこまでも慈悲にあふれ、その名をどこまでも轟かせていく。


 やがて、ひとつの戦争もない世界が訪れる。


 その築きあげられたひとつの時代を、人々と魔族はこう呼んだ。


 【英雄不在の千年世界】、と。






~第1部 完~






===============


いったんここまでで物語は終わりです!

お付き合いいただきありがとうございました!


カクヨムコンテストで受賞するか、新しくプロットができるかしたらこの続きのお話を書こうと思います。


もしもここまで読んで少しでも


「おもしろかった!」、「応援したい!」


などご感想をお持ちいただけましたら、

1つからでも☆レビューでの評価をいただければと思います。


(※この☆がいっぱい溜まればカクヨムコンテストで受賞できる可能性が増えるので、そうすれば喜び勇んで続きが書けるんですー!)


とまあ、作者の下心をここに表明しつつ、


改めましてここまでお読みいただきありがとうございました。


またこの作品の続きか、別の作品でもお会いできれば幸いです。


これまでにもいろいろと異世界ファンタジー系の小説は書いているので、もしよければ読んで行っていただけると嬉しいです。


それではっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

魔王軍の落ちこぼれ四天王に転生したので最弱なりに知恵で勇者たちを倒してたら魔王女に惚れられました。他の四天王たちには悪いんだけど多分あと1000年はお前たちの活躍は無いと思う。 忍人参(NinNinzin) @super-yasai-jin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ