第10話「悲痛な胸の内」

「どうか、女神様のご加護があらんことを」


にこりと微笑み、淡く光を放つ自身の手を胸に当てる。治癒を施した老紳士は、頷きながら去っていった。私が治した彼の足の傷は、下級の魔物につけられたもの。


ここ最近、今までではあり得なかった場所で魔物が出現するようになった。それは、深林の外だ。仮に被害が出たとしても、深林付近の村までだったのに。


「次の方、こちらへ」

「アンタ一体、何をやっているの!」


突然、女性が私に飛びかかってくる。鬼のような形相で髪を掴まれ、思わず眉間に皺が寄った。


「アンタのせいでうちの子は、うちの子は…あぁぁぁっ!!」


ボロボロと涙を流し、ガラガラに枯れた声で叫ぶ。彼女の悲しみを理解した私は、抵抗もせずされるがままに詰られた。


きっと、魔物の被害に遭ったのだ。治癒を求めないということは、手遅れだということ。彼女の悲しみは、永遠に晴れることはなくなったのだ。


「ちょっと落ち着きなさい。どうしたというんだ」

「うちの子が、ちょっと目を離した隙に深林の側まで行っちまったんだ。気付いた頃には魔物の爪に、ズタズタに引き裂かれて死んでたんだよ…」


側にいた老紳士に宥められた彼女は膝から崩れ落ち、わんわんと泣き喚きながらことの顛末を口にする。


誰もが彼女の心の痛みを分かち合い、そして深く同情した。


「最近魔物が深林を出てうろついてるんだろう?そうじゃなきゃ、あの子が死ぬことだってなかったんだ。アンタの聖女の力は一体何の為にあるんだ!私達を守る為にあるんじゃないのかい!」

「仰る通りでございます。聖女とは民の為に…」

「じゃあ何であの子を守ってくれなかったんだこの役立たず!!」


バチン!と乾いた音が辺りに響く。左頬にまるで刃物で引き裂かれたかのような、強烈な痛みが走った。そして間髪入れず、右頬にも同じ衝撃が走る。


「返せ!ウチの子を返せ!!」

「…申し訳ございません。私が至らないばかりに」

「聖女の使命を全うしないアンタに、何の価値があるっていうんだい!」


天高く手を振り上げたまま、涙でぐちゃぐちゃに濡れた瞳は憎悪に満ちている。ドンと強く体を押されて、そのまま地面に倒れ込んだ。


「わあぁぁぁっ!!」

「可哀想に、可哀想に」

「我が子を失うなんて、こんなに悲しいことはないよ」


その場にいた誰もが彼女に寄り添い、先程私をぶったその手を温かく包み込む。


火で炙られたように熱い両頬を、私はひんやりとした土の上に擦り付けた。


「申し訳ございません…申し訳ごさいません…」


鉄の味が広がった口を懸命に動かし、私は何度も何度も懺悔の言葉を口にし続けた。

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