第9話「咎められるべき行い」

家に帰り、古びたランプに火を灯す。上等なものではないから、明かりが灯った瞬間獣臭さが部屋の中に漂った。


金色の小さな塊が照らされ、すうっと私の肩に止まる。聖女の力を使い果たし、身体の色んな場所に散ってしまったように感じる私の心が、オーロのおかげで少しずつ元の場所に還ってくる。


この小さな体は、こんなにも温かい。


「ただいま、オーロ」


指でちょいちょいと頬をくすぐれば、オーロはチィと微かに鳴いた。


「あれ。お前、まだパンを食べていないの?」


オーロのバスケットの近くに、食べやすく千切って置いていたパンが減っていない。オーロはパッと飛び立ち、それとは別のパンが置いてある場所にちょこりと体を乗せた。


「まさか…私と一緒に食べようと?」


また、チィと小さく鳴いた。


「…ふふっ。今日はどうしたの?やけに優しいんだから」


いつもは先に食べているのに、大神官様とあんな話をした今日に限ってこんなことをするから、胸がつまる。


いつの間にか私にとって、この小さな魔物の存在が私の中でどんどんと大きくなっていく。大神官様に咎められたばかりだというのに。


「ごめんね。いいものを食べさせてあげられなくて」


せっかく私の側に留まってくれているお客様だというのに、私はこの子に碌な食事をさせてあげられない。花の種や小さな虫を食べようとしないオーロは、もっぱらパサパサのパンか細かく刻んだ野草、それから私の作ったスープを冷ましたもの。


今更だけれど、仮にも魔物がこんな食事で平気なのかしら。小さいといっても、オーロの爪は鋭く尖っているのに。きっと、獲物を狩る為なのだと思う。


私の頭や肩にとまる時にそれをくるりと丸めて、私が傷つかないようにしてくれる。それが堪らなく可愛い。


「本当はダメよね、こんな…」


大神官・ラファエル様はきっと全てご存知でいらっしゃる。私が魔物を囲い、それを心の癒しとしていることも。聖女の力を使っている最中ふとオーロの存在に思いを馳せてしまうことも。


それらは全て、聖女にとっては不要な感情。自らの欲望や私利私欲の為に、気をそぞろにするなんてあってはいけない。


私だって、理解していた筈なのに。この手に、民を救うという使命以外の大切なものを乗せてしまえば、いつかそちらの比重が大きくなってしまうかもしれない。


不測の事態に見舞われた時、私がそのたった一つのものを優先させてしまえば。救える筈だった大勢の命が、塵となって儚く消える。


この私のせいで。


「分かっているわ。私ちゃんと、分かっているから」


小さくちぎったパンを指で摘むと、そっとオーロの嘴に近づける。それを啄むのを眺めながら、私はそっと瞳を閉じた。


スティラトールの女神様。どうか、どうか今だけ。この子が自らの意思で私の元を離れていくそのほんの少しの間だけ。


「私は聖女、私は聖女……」


ガサガサの唇を震わせ、声にならない声で呟く。目を閉じたままテーブルに頬をつけ、オーロの側に頭を預けた。


指についたパン屑がまるで涙のように、古びた木目のテーブルにぽろぽろと溢れた。

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