第8話「魔物の頂点に立つ王」
その日も、疲れた体を引きずり古びた修道服を身に纏い大聖堂を訪れる。私を迎えてくれた大神官様は、にこりと温かな笑みを浮かべた。
「聖女イザベラ。自らの務めを果たしておられますか?」
「はい、大神官様。私は民の為に有り、民の為にこの身を捧げることこそが喜びでございます」
大神官様はどんな人にも慈悲深く、私にもとても良くしてくださる。幼い頃に母を亡くした私に寝床を与えてくださったのも、聖女のなんたるかを教えてくださったのも、他ならぬ大神官・ラファエル様。
この方がいてくださらなければ、今の私はきっとこの世に存在していないだろう。
神に愛され民に愛され、いつまでも若々しく頼り甲斐のある神秘的な方だ。
「ですが最近、聖女としての務めに身が入っておられないように感じます」
「…そんなことは」
「その胸に手を当てよく考えてみなさい。きっと心当たりがあるはず」
図星を突かれどきりと心臓が高鳴ったけれど、私は感情表現が乏しく表情があまり変わらないから、きっと面には出ていない。
大神官様の仰ることは、全て正しい。今の私の私の心がオーロに惹かれていることは確かだった。
決して務めを疎かになどしていないと、それだけは言えるけれど。大神官様がこう仰るのだから、どこか気がそぞろになってしまっていたのかもしれない。
「大変申し訳ございません、大神官様」
「聖女イザベラ。私は決して貴女を見放したりはしません。神はその深い御心で全てを受け入れてくださるのです」
「大神官様の御慈悲に感謝いたします」
彼は目元に皺を寄せ、まるで親が子に向けるかのように慈愛に溢れた表情で私の肩をぽんと叩いた。
「聖女であるということ、民の力になれるということは誇りなのです。その感謝を忘れることのないようにしましょう、聖女イザベラ」
「そのお言葉、胸に刻みます」
私は聖女としてこの世界に生を受けた。民の為に生きることは当たり前であり、それ以外に私が存在する理由などない。そしてそれはとても尊く、名誉あることなのだ。
「そういえば最近、深林に棲む魔物達が荒ぶっていると聞き及びました。何か良くない兆候なのでしょうか」
王城で耳にした話を大神官様に尋ねると、彼の表情はきゅっと険しくなった。
「貴女は、魔物達を束ねる長をご存知ですか?」
「はい。名前だけは。確か“深淵の魔王”と呼ばれている…」
「そうです。深淵の魔王、アザゼル。非道の限りを尽くす恐ろしい存在です」
私は討伐隊に加わったことがなく、深林に足を踏み入れたことはない。だから魔物に触れたのも、オーロが初めてだった。
深淵の魔王・アザゼル。大神官様によれば、その魔王はこの世界に突然現れ、それまで統率のとれなかった魔物達を力で捩じ伏せ、指揮しているらしい。
定期的に村や街に現れては人々を襲う、その名を下しているのがアザゼルであると。
姿形もそれはそれは恐ろしく、魔物達でさえアザゼルを恐れる。彼自身が人々の元に姿を現したことは一度もないらしいけれど、いつその暴力的な力で民達を痛めつけるか分からない。
王族達もアザゼルの存在を脅威に思っているようだけれど、現状では誰も彼に太刀打ちできなかった。
「その魔王アザゼルが、どうも深林から姿を消しているようなのです」
大神官様の深刻な声色とその言葉に、私の背筋がぞくりと震えた。
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