第5話 ならばお前が乗れ

「ルインさん!」


 ロープで【ハーモニィクス】から降りたレイドは、軍人の前に立ち塞がる。


「いきなり店馬鹿にしに来て、何やってるんですか、あなたは?」

「ふっ、隊長の友人かなんだか知らねぇけど、たかが従業員がアタシに文句を言う権利はねぇんだよ」

「優れた軍人? ただ素行不良の懲罰兵でしょう? そんな人が乗った所で宝の持ち腐れですよ」

「……ガキが調子に乗るんじゃねぇぞ」

「お、おい、レイド、寄せ。俺は大丈夫だ」


 女性は見下すように顔を少し上へと向いている。

 お前達ごときが自分に勝てるわけがないだろうと言わんばかりに。

 レイドの嫌いなタイプだ。

 整備してくれる人を見下すような態度が気に食わない。


 ――ぶん殴りたい


 抑えてはいるものの、今すぐにでも殴ってやりたい気分だった。

 だが相手は軍人で、もしも変にやらかしてクラウドに迷惑をかけるわけにもいかない。

 幸いなのは、相手の方にそこまでの思考に至っていないことだろう。

 こっちの挑発にすぐに乗っかって拳を作っているのだから。


 まさに一触即発。

 だが、すぐにその空気は一変した。


「――おい、止めろ」


 強く、重みがあり、そしてさっき聞いたような声に、レイドは扉の方へと視線を向ける。

 そこには、バーン・フォンライトが立っていた。

 ついで彼の後ろには、頭を抑えていて呆れた顔をするクラウドの姿があった。


「全く、レイド、お前は何をやってるんだ」

「止めないで下さいクラウドさん。俺、今生まれて初めて怒りって奴を実感してるんです。こんな不誠実そうな人に、俺が動かした【ハーモニィクス】を譲るなんて絶対にできません」

「てめぇ、喧嘩売って――」

「――待て、レイド。動いたのか、アレが? 【ハーモニィクス】が動いたのか!?」


 女性を押し退けて、クラウドはレイドに詰め寄った。


「え……えぇ、動きましたよ。ですよね、ルインさん」

「親方、間違いありませんよ。俺は起動すらしなかったのに、レイドは立っても見せましたしね」


 ルインの言葉に、クラウドは隠れて見えなかった【ハーモニィクス】の方へと振り向いた。


 確かに、立っていた。

 見つけてから十年以上、今まで起動させることすらできなかった【ハーモニィクス】が、立っていたのだ。


「……そうか。思っていた通りだったな」

「クラウドさん? 最後なんて?」


 何かを言っていたようだが、レイドには聞こえなかった。


「おい、スカーレッドとか言ったか、お嬢さん?」

「アァ、だったらどうした?」

「――勝負しないか、そんなにこいつが欲しいなら」

「へぇ?」


 スカーレッドと呼ばれた女は、興味深そうに笑みを浮かべた。

 彼女には自信があった。

 相手は村で働く修理屋であり、軍人である自分とは違うのだ。


 事実、彼女は実力がある。

 素行さえ除けば、彼女の実力はバーンの部隊の中で一、二を争うくらいの能力を持っているのだ。

 操縦者としてのスキルだけでなく、対人戦での能力をあった為に、バーン以外で部隊の中で文句を言う者はいなかった。

 それが余計に、彼女の慢心を助長させることとなってしまっていた。


 そんな彼女の実力を知っていたバーンだからこそ、クラウドに問いかける。


「クラウド、良いのか? お前の宝物なんだろ、あれ」


 クラウドの言葉に驚いたのは、レイドだけではない。

 バーンも同じだ。


 エンシェント・MAGはこの世界にとっては、そこまで珍しいものではない。

 古代の記録から探せば見つかる、そういうものだ。

 故に、発見したとしてもそれを報告する義務はなく、発見者の選択次第では自分の所有物にすることもできる。


 今でも覚えている。

 戦場から立ち去り、工具店をやり始めていた頃のクラウドは、どこか投げやりな雰囲気を持っていた。

 だがある時、エンシェント・MAGを見つけてから変化した。

 そのMAGを復活させようと活気を取り戻していたのだ。


 消沈していた男を蘇らせた。

 酒を飲み交わす時も、最初に出てくる話題はエンシェント・MAGだ。

 それだけ愛着がある筈なのに、奪われるかもしれないのに、どうしてそれを恐れず、そして自信に満ちた瞳を持っているんだろうか。


 そんなバーン心配を他所に、クラウドはどこ吹く風であった。


「ふん、このまま使われず朽ちるより、使ってやった方があのMAGも喜ぶさ」

「で、誰がアタシと戦うんだ。もしかしてあんたかい、ご老人さん?」

「おい、スカーレッド。いい加減にしろ。それ以上言えば」

「良い、バーン。相手なら決めている」


 そう言って、クラウドはレイドの前に立っていた。


 正直な所、クラウドは丁度いい・・・・と思っていた。


操縦者ドライバーは、お前だ――レイド!」

「ッ」


 突然の指名に思わず目を見開く。


 だが、すぐにその意味を理解したレイドは――


「――はいっ!」


 そう力強く、返事したのであった。

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運命戦機ハーモニィクス~記憶喪失の少年は、古代の遺物と共に運命に抗う~ 幻想タカキ @fantasy000

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