第33話 実の勘違い
「父上。少しお話が」
「なんだ、忠?」
そこには、兄上と父上が立っていた。
父上は兄上相手だからかいつもとは違い、あからさまに表情がやわらかだ。
それとは対照的に固い表情をした兄上が、への字に結んでいた口を開き、驚きの発言をした。
「実は生田目愛さんの元へと弟子入りをしております」
俺は、空いた口がふさがらなかった。
嘘だろ……?
兄上も、あの場に、いたはずだ。いわないことは暗黙の了解じゃなかったのか?
俺は、なんだか悲しくなってきた。
貢献戦のとき、ひょっとしたら俺は兄上のことを嫌いじゃないのかと思っていた。
だが、それも綺麗すぎる勘違いで兄上は俺のことが嫌いだったんだ。
そんな、今までわかりきっていたことをちゃんと再認識してしまったことで、余計に自分がみじめに思えてくる。
「なんだと?」
「実は、生田目さんの元で誰よりも努力しました。そして、成長討伐記録も残しています」
そのあと、兄上は、いつもより生き生きとした表情になり、いつもよりほんの少し高くいつもより結構大きな声でこういった。
「だからこれ以上実に干渉するな糞爺」
父上は目を見開いていた。だけど、俺の目もそれに負けじと見開かれていると思う。
嘘だろ?
兄上といえば優等生で、一度も親━━特に父上━━には逆らったところを見たことがないし、多分逆らったこともないと思う。
だが、兄上は今、まぎれもなく父上に逆らったのだ。
「忠!!お前とは絶縁だ!」
「はい。喜んで」
そういうと、兄上は目にも止まらぬ早業で、父上の首をついて失神させた。
◻︎▪︎◻︎
今現在、俺と兄上のみがいるここは兄上の部屋。
初めて入れてもらったけれど、なんだかお香でもたいているのかいい香りがする。
そして、なんかよくわからないけれど、黒ベースで雑誌にでも載っていそうな部屋だと思った。
そして、机の上には俺と兄上の幼いころの写真飾られていた。
「実、これまでずっとすみませんでした」
兄上の俺と同じ藍色の瞳がまっすぐと俺を見つめてくる。
兄上から俺へとこんな頭の低い言葉が出てくることへとおどろく。
「俺は、長きにわたってお前に非道い態度をとってきた。本当に許されないことだと思う」
たしかに、俺はずっとひどい態度を取られ続けてきた。
だが、この瞳が嘘をいっているようには見えない。
「もういいですよ。兄上。さっきは俺のために怒ってくれてありがとうございました」
たしかにつらい。今までの態度も信じられない。
……でも、俺は今を生きていきたい。
たとえ、兄上が父上のいいなりになってひどいことをしてきていたとしても、今はこうして見る限り誠意を持って謝っている。
それで、いいじゃないか。
ベンザイテン ひまり @ergot
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