第41話 私の中で何かが砕けた日の巻

 沸いた悪感情に気が付いた私は首を横に振った。嫉妬していたところで試合状況が好転するわけがない。集中しなければ、試験に落とされるだけだ。


(意識を切り替えろよ、私)


 頬を叩き自身に喝を入れると同時に試合再開の笛が鳴る。私はボールを後ろに下げてから前線へと駆け上がる。私は頭を必死に振りながら客観的に状況を落とし込みつつ、DMFとCBの間にポジションを取る。今の私が出来る最善の選択肢は、味方がクロスを上げたときに反応してゴールを奪う事だけだ。それを実践するには、目の前にいる選手を何とかしなければならない。


「おうおうおう! 元気になったなぁお前さんよぉ」


 私に強烈な衝撃を与えた選手、桜庭だ。奴は私からボールを奪い取るだけでなく、DMFでありながらゴールを奪うという結果も残している。私が学園側なら、桜庭は取られて当然の選手だろう。それ故に――私は勝たねばならないのだ。


「………………」

「無視かよぉ。つれねぇなぁ。まぁいいや。私は私の仕事をさせてもらうぜ」


 桜庭は姿勢を低くしながら両手を広げ前に立った。ボディフェイントを用いて桜庭

を躱そうとしたが、小さい体からは想像出来ない力によって抜くことが出来ない。


「おいおいおい! あめぇぞお前さんよぉ! 勝ちたいんじゃねぇのかぁ?」 

「くっ……」


 私の考えは桜庭によまれていた。クロスボールに反応するには前提として相手に競り勝つという条件が必須だ。それは、裏を返せば相手が必ず競り勝つ条件に置かれたら機能しないということである。


 私は嫌な汗が額から流れるのを感じていた。刻々と時間だけが過ぎていく中、こちらにチャンスが訪れる。自陣の右サイドから相手のDF人を切り崩すことに成功したのだ。ファー側にいた私はチャンスだと思った。スピード勝負なら勝てなかったかもしれないが、高さ勝負なら分があると思ったからだ。


 私は必死に左手を伸ばしながらパスを要求する。クロスを上げる選手はボールを右足で強く蹴り上げた。強烈な横回転がかかったボールはGKの頭上を越し私の元へやってくる。飛んでヘディングで押し込めば入る可能性があるボールだ。私は胸を張りながら必死に上へ飛ぼうとした。


 が、飛べなかった。肩に強い力が加わったせいで上に飛ぶ力が相殺されたのだ。私は前のめりになりながらグラウンドに倒れた。私の前には満面の笑みを浮かべる桜庭の姿があった。桜庭は私に顔を向ける事すらせずにカウンターへ加わっている。私は立ち上がりCBのラインに構える。


 グラウンドの歓声を耳にしながら、私は背中を丸くする。予想以上に、私は何にもできない選手だったことへのショックが、現れているのだと理解した。考えたところで意味がない思考は、私の心を蝕んでいた。


 そんな私に、最後のチャンスが訪れた。


「接那!!!」


 突然、大声で名前が呼ばれたのだ。声の主は國岡だ。顔をゆっくり上にあげると、鋭い縦回転を持ったボールが視界に映った。綺麗な弧を描いたボールは下がるDFの予想とは反し、鋭く落下していく。國岡が得意としているドライブパスだ。


(私なら、取れる)


 私はそのパスを右足裏で正確に止めて見せた。何度も見てきたからこそ、取ることが出来たパスだった。完璧なトラップをした私は素早くゴールの方を見る。CB二人を含め、三人だけ。私が一人で抜き去ることが出来れば、同点に持ち込める局面だ。


(……ありがとう、國岡。私、やってみせるよ)


 私は素晴らしいパスをくれた國岡に感謝しながら単独でドリブルを開始した。単独でドリブルをしながら、私は一人の選手を思い浮かべる。憧れのエースストライカーである荒畑さんだ。


(あの人なら、こんな局面をたった一人で打開できる。あの人みたいになるんだったら、これぐらいの試練は乗り越えられるはずだ!)


 私の目に、強い闘志が宿る。


(相手の動きや重心、一片たりとも見逃すな!!)


 私は必死の形相で腕を振りながら相手の重心を崩すためにボディフェイントを用いる。右、左と体を動かすが、相手は後ろに下がって対処しようとする。

 私はその動作を確認しながら、ちらりと左を見る。サイドから他選手が上がってきていた。私は顔を左側に向けながらパスを出す素振りをする。


(よし! つられた!!)


 CBの一人が左側に重心を向けたことを確認した後、逆足の方へ切り込んでいく。これで一枚、完全に抜き切った。後は、大柄なCBとの対峙だ。大柄なCBは私から目線を決して切ることなくシュートコースを防ぐポジションを取る。股を大きく開いているのは、GKがとりやすくコースを限定するためだろう。


 相手CBから気迫が伝わってくる。決して抜かせないという強い思いは私に臆病になる気持ちをもたらした。ぶっつけ本番でシャペウをするかシュートフェイントか。様々な選択肢が飽和的に生まれる中、後ろから声が聞こえてくる。


「接那! 後ろに下げろ!!」


 私は言われるがまま、ヒールでパスを出した。私が振り返ると、そこには右足を大きく振りかぶる國岡の姿があった。


 國岡が右足をダイレクトで当てる。同時に発生したのは、鈍器で殴ったような鋭い衝撃音だ。次の刹那、國岡が放ったシュートがゴールへと向かっていく。CBやGKが反応できないような速度で移動するボールは様々な方向にぶれたかと思うと――ゴールネットの中に吸い込まれた。


「うううううううううううおっしゃあああああああああああああ!!!」


 審判の笛音と同時に、國岡が吠える。同時に、國岡が味方選手たちからもみくちゃにされていた。それを眺めながら、私はひとつの言葉がわいてきていた。


(何がエースストライカーになるだよ、くそったれ)

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