第40話 波乱の幕開けの巻
正午ちょうど。私たちはピッチ内で11×10の隊列で並ばされていた。試験監督が大声を出しながら試験概要を話しているようだ。ルールは単純、前後半併せて40分間の短いゲームを各チームごとに1回行うらしい。偶然にも、私は國岡と同じチームとなった。同じチームになった受験生が喜んでいる中、当事者の彼女は冷静さを崩さない。その冷静さが女帝と呼ばれる所以なのだろうか。
私がそんな風に考察をしていると、隣に立っている少女が声をかけてくる。國岡に異常な発言をしていた女の子、桜庭だ。少しばかりドキドキしながら私は相手の名前を口にしながら「どうしたの?」と返答を返す。
「なぁ、あんた。國岡と一緒になったみたいだが嬉しくないのか?」
「……別に、特段嬉しいとは思わないかなぁ。まぁ友人だから、一緒になれてよかったなとは思うけどね」
それを聞いた桜庭はポカンとした顔つきになった後、ゲラゲラと腹を抱えながら笑い出した。
「ははははっ! 奴の友達か! 面白い冗談だな!!」
「いや、本当だけど」
「ハハハハッ……えっ、マジで?」
「うん」
「……マジか……いや~~~~マジかぁ~~~~~」
それを聞いた桜庭は空を見上げながら悲しそうな表情をみせた。喜怒哀楽が激しい子だと思っていると、瞬時に表情が切り替わる。
「まぁ、うん! いいや! とりあえず私がやることは國岡含めあんたらのチームをぶっ倒すことだけよ! 覚悟しやがれ!!」
桜庭は私の前から去っていった。嵐みたいな激しさを持った少女を見つめていると後ろから肩をたたかれる。振り返った先にいたのは、國岡だ。
「接那。今からフォーメーションについて話し合うからこっちに来て」
「あ、あぁうん。分かった」
私は目元が笑っていない國岡の後ろをゆっくりと歩きながら他メンバーの下へ向かった。
「これで11人そろったね。それではポジションを決めていくとしようか」
國岡はそう言いながら口頭で口にしていく。
「組みたいフォーメーションは4-4-2。GK1人、CB2人、SB2人、DMF1人、CMFが2人、OMFが1人、FWが2人。これで行こうと思っているけど、問題ない?」
それを聞いた私は他選手たちと同じようにこくりとうなずいた。それを確認した後、「ありがとう」と口にしてからポジションを割り振っていく。
「GKは16番の君、CBは15番と14番、SBは13番と16番、DMFは11番の私、CMFは17番と21番、OMFは19番、FWは20番と18番でいいかな?」
つらつらと口にしていくポジションを聞いた私たちは誰も断ることをしなかった。國岡は私たちの様子を確認した後、「それじゃあ、これで行こう」と一言呟いてから試合前のアップを始める。
入念にストレッチを行いながら私は対戦相手のチームを確認する。2~10番、31番と41番で構成されたチームのようだ。なぜ1番の番号がランダムに振り分けられているのだろうかと少しばかり疑問に思っていると、視界に審判が映った。そろそろ試合が開始するのかもしれないと思った私はゆっくり体を起こした。
それと同時に、審判がコートの白線上に並ぶように指示を出す。脛当てや爪の確認をするようだ。勿論、引っかかる人物は誰一人いなかった。とんとん拍子で確認が終わった後、私たちはピッチへ入場することになる。
「これから、第1チーム対第2チームの試合を始めます。礼」
「よろしくお願いしますっ!!」
私たちはそう言いながらピッチに広がっていく。先ほど私に話しかけてきた桜庭は中盤の辺りに陣取っているようだ。それを確認している間に、審判の笛音が鳴った。
観客席からあがる歓声を聞きながら私は相手のCBより少し前に立つ。それと同時に、ボールをもらった國岡がゆっくりとドリブルを開始した。首を振りながら緩やかなリズムで足を進めていると、相手の前線にいる選手がプレスを仕掛けた。右側のパスコースを切りながらプレスを仕掛ける相手に左CMFへパスを出した。
左足でトラップを行った味方選手は左サイドを槍のような鋭さで上がっていく。抉る度、相手選手がそちら側へ寄せていった。相手のフォーメーションが右寄りになっていることが直感的に理解できた。
それを確認した私はあえて寄っている方へ向かっていく。ゴール前にFWがいればCBとSBはつられるからだ。そんな私の予想通り、相手の守備陣は裏抜けできないようにポジショニングを修正する。中盤と後衛に隙間が出来たことを確認してから、少し自陣側へ戻りパスを要求した。
「へいパス!」
私は大きな声をだしながら左手を上げて要求する。足元にボールが入ると同時に下がっていた顔を上に向けた。
刹那――私の右側から一人の選手が体を強く当ててくる。予想だにしない衝撃を受けた私はバランスを崩しながらボールを失った。自陣に戻る味方を見つめながら体を起こし、タックルしてきた相手を確認した。相手は桜庭だった。
「へへへへっ、あんたのチャンスを潰すことで私が受かる機会が上がるってもんだ。何回も潰してやるから覚悟しやがれよ」
桜庭は私に指をさしながら自陣へ戻っていく。チャンスを潰された私は睨みながら元のポジションへ向かう。しかし、相手は私のことをお構いなしにラインを上げた。私は苦しい表情を浮かべながらオフサイドにならないポジションを取る。
この状況は私にとってあまり好ましくない。
「20番! 取ってくれ!!」
そんなことを思っていると味方CBが声を出しながらクリアした。センターサークルとゴール前に落ちたチャンスボールがバウンドする。転々と跳ねるボールに対し、必死に腕と足を動かしながら主導権を握ろうとする。しかし、私が追いつきかけた時には既にボールが存在していなかった。相手CBが確保しSBに渡しているからだ。
私の弱点。それはこの試合に出ている誰よりも身体能力が低いことだ。技術を鍛えたとしても、攻撃のチャンスを作り出せない選手はFWとしては不合格だ。
(でも、それでも、あきらめる理由にはならないっ!!)
私はそう思いながらプレスを仕掛けた。先ほどパスを出したCBとのパスコースを切りながら相手SBに寄せる。私と連動し味方選手がプレスを仕掛けたことで相手にはパスコースがなくなっていた。相手SBは消極的に後ろへパスを出す。私はGKとの間合いを詰めながら首を振った。右CBには味方がマークしており、SBにはCMFがついている。つまり、私がパスコースを切れば相手はパントキックしかない。
ここで奪えばゴールへのチャンスが開かれる。私はそう思いながら、必死にプレスを仕掛けた。しかし、現実は甘くない。GKは私をダブルタッチで冷静に躱し、空いていたCBへパスを出したのだ。誰もプレッシャーがかかっていないCBはしっかりトラップすると、鋭いフィードを前線へ繰り出す。待ち構えていた相手FWはボールを胸でトラップすると、大柄な体躯を用いてキープした。上がってくる相手選手たちによって生み出される数的優位は守備陣の混乱を招く。
誰が仕掛けてくるかわからないという状況の中、FWが一人の選手にパスを出す。それは後ろのポジションに入っていた桜庭だ。桜庭は右足でトラップすると低い姿勢でゴール前へ切り込んでいった。味方CBが必死に対応しながら食いつこうとする。しかし、奴の力は一歩上だった。
桜庭は両足を用いて細かなダブルタッチを仕掛けながらたった一人でCBを躱したのだ。これによってGK含め4-2の形を形成される。普通ならば、ゴールを決められてもおかしくない状況だ。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
桜庭は大声を張り上げながらインステップでボールを蹴りこんだ。鋭い下回転がかかったボールはコースに反応したGKの上へ向かいガコンと音を鳴らす。上がる歓声とともに、一人の少女が喜びを露にした。
「見たかお前らぁ!!!! 私こそ、この学園のエースになる女! 桜庭我王だ!! はぁっ!!!」
桜庭は声がかれてしまうのではないかと思わせるようなシャウトを行いながらゴールパフォーマンスを行った。それを見た観客席の面々は彼女に焦点を当て始める。
「いいじゃないかあの子。まるでFWのような素晴らしいゴールだ」
「他の選手たちに出せば確実ではあるが、あぁいうハングリー性はいいね」
そんな声がざわざわと聞こえてきている。私は俯きながら自陣に下がった。体がいつもより重い。その原因はわかっている。桜庭に決められたゴールだ。守備として入りながらたった一人の個で得点を奪って見せた桜庭に対し、私は何もできなかった。
攻撃する起点を潰されただけでなく、CBをフリーにしたことで簡単にフィードを上げさせてしまった。全ては私のミスだ。
(くそっ、くそおっ!!)
私は眉間に皴を強く寄せながら心の中で叫んだ。ミスしなければ得点に繋がることは無かったはずだ。切り替えろと言われても無理があった。
「よしよしよしよしっ! さらに点を稼ぐぜえっ!!」
そんな私の横をガッツポーズしながら桜庭が通り過ぎて行く。ギザ歯を嬉しそうに見せながら通り過ぎる様子を横目で追っていると、チームメイトが声をかけてきた。
「さっきのプレスはあまり良くなかったと思うから、次からはGKにフィードをけらせるようにして。それと、あのCBにパスが渡らないように常に注意して」
「わ、わ、わかりました」
私が突然もらった指示に驚きながら自陣の後ろを見る。そこには、各々選手たちに考えを伝えている國岡の姿があった。
「さっき相手が仕掛けてきたプレーは基本的に右を切ろう。奴は右足ばかり使っていたから左足はそこまでうまくないからね」
「わかったよ、國岡」
「それと、あのFWは私が対応するから、CBを務めるあなたたちは後ろを取られないようにすることと、ライン管理を気を付けて」
「了解!! クニオっち!」
「……それと、前線はもう少し後ろを信用していいよ。さっき20番がボールを後ろに下がって受けに来ていたけど、それは攻撃枚数減らすだけだから。とにかく、相手に対して負担を高められるようにしよう」
國岡は私たち全員に監督のような指示を出していたのだ。今まで独自に学んで自分だけの力にしてきた私にとって、その光景は衝撃的だった。
そして、私は思ってしまった。
――私のやってきたことに、意味はあったのだろうか、と。
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