第38話 高校選抜試験に挑むの巻
今でも――思い出す。あの時の敗戦の記憶を。何にもできず、ただただ眺める事しかできなかった、中学一年生のころの試合を。あの時の思いが、私を強くした。
動画を見てサッカーについての内容を見ながら、自分なりにプレーを探求した。筋肉をへたにつけて成長が止まってしまうことが発生しないように、細心の注意を払って鍛え上げた。
マネージャーとしての仕事だって、ちゃんとこなした。まぁ、間違える事だって色々とあった。本当は入れる必要があったポカリ系の粉を入れ忘れたことでただの水になったりした。それでも、マネージャーとして活動したことは悪くなかった。
マネージャーと活動していた時間は選手以上に貴重だった。選手目線だけだと、自分のプレーを鍛えるばかりになってしまう。身体能力が突出している選手ならそれで良いかもしれないが、平均的な選手はそれだとダメだ。最も重要なのは、局面ごとに最良の動きを出来る様に考えられる事だ。それを出来るようにする視点を持つことがマネージャーを通して出来るようになったと思う。
何で、こんなに長く語っているのかと言われれば、まぁあれだ。今日が私にとって運命の日だからだ。カレンダーをちらりと見る。そこには私の文字で「運命のセレクション日」と書かれていた。
文字を見るたびに、不思議と力が湧いてくる。時の流れに任せながら自分なりにやってきた中学三年間が、決して間違っていなかったと証明できるだろう。
私はそう思いながら決意を込めた表情を鏡に見せる。少しばかり体型が気になってはいるが、問題ない。最善を尽くせば成就すると私は考えていたからである。そんな中、インターホンが鳴る。誰だろうかと思いながら眺めると、見慣れた人物が二人、画面に映っている。
「おはよう! かなちゃん、暦」
「おはよう、接那!」
「ふっ、我が仲間よ。早く準備するのだ」
親友のかなちゃんと、同じ夢を志している
というか、暦はかなり中二病をこじらせている気がする。中二病になる時期は既に通り越したのに未だ頭おかしい設定を貫いているのは流石というべきだろうか。私はジャージの下に着用しているサッカーウェアが指定した内容と間違っていないか確認を終えた後、練習用のサッカーボールが入ったバッグを手に持った。
「行ってきます」
私は笑顔で見送ってくれた両親に一言告げてから、玄関を出た。まぶしい太陽の光とひんやりとした風が私に洗礼を与えてくる。秋風吹きすさぶ十一月ということを忘れていた私は苦い表情を浮かべた。かなちゃんは私の状況に気が付くと、優しく笑いかけながらカイロを渡してくれた。
「うぅ~~っ……かなちゃんの優しさが染みる」
「ほらほら、接那。泣かないの」
私は右腕で目元を隠しながら涙を見せないようにしていた。カイロごときでなんでだと思う人もいるかもしれないが、これには理由がある。私はこれから、暦と一緒にスポーツ推薦の試験を受けるからだ。仮に合格したら、無茶苦茶気が利く優しいかなちゃんとお別れすることになってしまうのである。
「いやだよぉ……別れたくないよぉ……」
「駄目だよ、接那。サッカー選手になることが夢なんでしょ? 私だって寂しいけど、私は接那が目指す夢を応援したいな」
「かなちゃぁん……うわぁ―――んっ」
「ふっ、惜別の思いだな。尊いものよ。まぁ、我にはおらんがな」
私が加奈ちゃんの胸元で泣いていると、暦がかっこつけながら低音でそう言った。相変わらずかっこつけている暦に私は質問する。
「暦にはいないの?」
「いるわけなかろう。女帝と呼ばれた私は常に一人。サッカーをやる仲間なぞ、ともに戦場を駆け巡る仲間でしかないのだ」
「つまり、ボッチだと」
「ボッチではない。現にお前たちがいるではないか」
「私たちをのぞいたら?」
「……………………きくでないわっ」
暦は目線をそらしながらぶっきらぼうにそう言った。年相応に可愛らしさもあるじゃんと内心思いながら、私たちは駅へと向かった。
朝早い駅構内はあまり人がおらず、空いている。そのため、私たちは三人一緒に席へ座ることが出来たのだ。少しばかり体を休められることにほっとしながら、私は背もたれによりかかる。目的地である大宮駅には数分で到着するようだ。
少しばかり余裕があると思った私は今日向かう目的地である私立帝王三国学園の前情報を思い出す。生徒数八百名のマンモス校であり、スポーツにかなり力を注いでいる。中でもサッカーに関しては有名で、男子女子ともに輝かしい成績を残している。レギュラーになればプロ入り・有名大学への進学が確約同然になると言われる学園に、私は今日受験生として向かうのである。
緊張するかしないかと言われれば、実をいうとしていない。なぜなら私は、サッカーが大好きな人間だからだ。誰よりもサッカーを愛し、一人で戦術を学びながら草サッカーに精を出す人間だ。ちゃんとした大会に出たという実績はほとんどないが思いだけだったら誰にも負けないだろう。
――絶対にプロになってみせる。なんとしてでもだ。
改めて決意を固めていると、電車が停車し音が鳴る。終電というアナウンスが聞こえた私たちは一斉に降りて行った。昇り階段を上がると駅中の店が視界に映った。飯が大好きな私は目をキラキラと輝かせながら「わぁ~~」と口にする。特に目を引いたのは炒飯を置いている中華系の飯屋だ。中から香ってくる匂いが私の腹の虫を鳴らす。少しばかり時間があるし立ち寄ってもいいだろうか、と頭の中の悪魔が囁いた。
「こらこら、接那。今日はセレクションがあるんでしょ?」
「あ、あっ。そうだった。ついついいつものテンションで食いついちゃった」
「プロ選手になったら食生活にも気を使わなきゃいけないって聞いたからさ。私と別れてもちゃんと管理できるように成長してよね」
「アハハ……ごめんごめん」
かなちゃんは私の弱弱しい返事を聞いた後、「分かったならよしっ!」と言いながら一緒に歩き始めていた。妙に静かな暦を眺めつつ、目的地に向かった。
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