第37話 対緑岡高校の巻 ②
得点を決めた私は自陣へと駆け足で戻った。ゴールパフォーマンスは可能であれば行いたいが、それ以前に試合進行を優先する必要があるからだ。軽くハイタッチを交わしながら、自陣に戻る。
相手の選手たちが私を見つめていることから、先ほどよりも警戒が強くなるだろう。こちらもさらに意識を強める必要があるだろう。
「よし、ちょっと様子を見るか」
私は笛が鳴ると同時にチェイスすることはやめた。一度、相手にボールを回させることにしたのである。理由は二つある。一つ目は、相手の選手でだれが一番うまいかを判断するためだ。
見ただけで分かるのかといわれると少し自信はないが、最低限どちらが利き足ぐらいは判別できる。判別できれば、守備を行う上で相手に有利をとれる可能性が高いだろう。
二つ目は、体力回復だ。正直、これが一番の目的といっても過言ではない。フィールドが大きいサッカーでは、試合中にずっとハイプレスすることは基本的にしない。無駄に疲労感をためて、満足なプレーができなくなるからだ。
ただ、あからさまにさぼっていると後ろから野次が飛んでくる可能性もある。最低限、こなしながら見極める必要があるだろう。
そう思いながら、私はパスコースを切るような動きをする。簡単に言えば、出し手をマークしたのである。目の前に相手選手がいる状況でパスを出す阿呆はほとんど存在しない。
当然、相手はハイボールを蹴り上げるわけだ。前線へのフィードボールは私たちには不利だ。当然、保持される。しかし、プレスをかける人数さえ決めていれば簡単に抜かれることはないはずだ。
私はカウンターができるように相手のCB前に立つ。ハイボールが来た時、ワントラップで裏抜けして見せようという気概を持っていた。しかし、私の予想に反して味方はボールをとることができなかった。
単純に、強度の問題だ。うまい人の守備は体全体を使う。腕を使って相手を制止してから体を入れ、ボールを刈り取るのである。それに対し、このチームは足だけでボールを奪いに行っている。なるほど、それではとることはできないだろう。
厄介なことに、ほのみさんの前にいる選手がうまく邪魔している。本来ならばオブストラクションがとられる可能性もあるが、混戦状態となると主審も判断ができないだろう。
そんな風に考えていると、フリーになった相手選手がシュートを放った。右に曲がる回転がかかったシュートは鋭くゴールに向かっていく。GKも頑張って飛びついたが、簡単に抜かれてしまった。
ボールがゴールに突き刺さると同時に、相手チームの歓声が鳴り響く。その声を聴きながら、私は自陣へと戻った。周りの選手たちが下を向いていることに気が付いたほのみさんが声を出しているが、同じように声を出す選手はいない。
チーム内の雰囲気がどこか、寂しい。そんな風に感じる理由は、私の横にいたさりなさんの表情が暗いからなのかもしれない。試合中でなければ事情を聴くことはありだろう。
けど、それがしたくてここに来たわけじゃない。
私は、ただの助っ人だ。下手に深入りしても他者から嫌な風にみられるだけだ。今できることがあるとすれば、とにかく試合に勝つためのプレーをするだけだ。
私はセンターサークルにゆっくりボールを置く。笛が鳴ると同時に、さりなさんが軽く触ったボールを私はトラップした。相手選手は私がボールを保持するや否や対格差を生かしてプレスをかけてきた。
当たり負けすればボールをとられる可能性は大いにある。そうなれば、せっかくのチャンスを失うだろう。大人しくバックパスをすれば、確実にボールを保持できる。
定石に従えば、盤石に勝てる。それは、最近調べたサッカー情報が示していた。情報は、すなわち力である。得れば得るほど、私のプレースタイルは幅が広がり、より良いプレーができるようになる。
私は相手CBの前に陣取りながらいつボールが来ても反応出来るように集中力を確保する。逃してはいけないチャンスを見逃さないように、判断する。
しかし、私にチャンスボールが来ることはなかった。相手チームがポゼッションに時間を割くのではなく、フィジカルを用いたごり押しで攻めてきたからだ。鍛え上げた肉体を持つ男子と女子では、男子の方が勝つのが当然と言えるだろう。
どれだけ良いポジショニングをしようとも、味方が安定してパスを出せなければ攻撃の機会など訪れるわけがなかった。何度もゴールを決められるたびに私は自陣に戻り、キックオフする。
あきらめずに走り続けてチャンスボールが来たときに対応できるようにしても、私にはチャンスが訪れなかった。そして――笛が鳴る。高らかに鳴り響く笛の音を聞きながら、私は自分のふがいなさを悔いていた。
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